休日

 その翌日からは、教室での授業が始まった。内容は主に妖魔との戦いのことについてで、それに加えて法律や道徳を学ぶ。訓練は、いろいろと落ち着いてからということらしい。みんな不満そうにしていた。

 クラスメイト達は不満でも、わたしに不満はない。むしろ、突然上がった身体能力に翻弄されないという点でありがたいくらいだ。それに、わたしには戦闘能力より、どうやったらこの争いを止められるのかということを考えるための知識が必要なのだ。


 そうこうしているうちに週末がやってきた。上級生は自主的に訓練をしているらしいけれど、下級生は自由らしい。


「かすみー。遊びにいこう」

 わたしは、風花とその友人たちに誘われて、街に出かけていくことになった。なぜかつきみも一緒だ。


 校門を出て歩き出したわたしたちの会話は、風花の愚痴ぐちから始まった。

「せっかく魔法少女になれたのに、変身しちゃダメってひどいって思わない?」

「まあ、大人の事情があるんじゃない?しょうがないよ」

「私は納得いかない!そこで、今日は妖魔が出てきそうな場所を回ってみようと思うの」

「えーなんで?危険だよ」

「だからだって。もし本当に妖魔が出てきたら、私たちは変身して戦わざるを得ない。そう、これは不可抗力だから!」


 風花がガッツポーズして力説しているのを横目に、わたしはつきみに目を向ける。つきみはやれやれといった顔で、わたしに小声で話しかけてきた。

「おぬしはこやつに付き合っていてもよいのか?嫌なら、わらわがなんとかするぞ」

「そんな怖いこと言わないでよ。いいよ。もし本当に妖魔が出てきたら、そのときはお願いね」

 そんな会話が交わされているとは露とも知らずに、風花たちは最近妖魔が現れたという駅前へと突進していった。




 ***




「なんで私たちがいる日に限って、妖魔が出てこないのかな!?」

 不満げな風花をよそに、わたしは駅前ショッピングを楽しんでいた。


 わたしたちは魔法少女になったということで、口座になんと10万円も振り込まれていた。妖魔と戦うことに対する手当ということで、これから毎月振り込まれるらしい。まだ実戦に出してももらえないのに、太っ腹だ。

 そのお金で、わたしは学園の外で着るための私服を買いに来たのだ。施設では基本的に着古したおさがりしかなかったから、ちょっとワクワクする。


「これ、どうかな。いい感じじゃない?」

 春らしい若緑のワンピースを試着したわたしは、その場でくるりと回ると、スカートのすそがひらりと舞った。なかなかかわいらしくていい感じだ。

「おお、なかなか似合うておるな」

「しゅー!」

 クロミも、かなり満足そうにしている。


「じゃあ、次はつきみの服を選ぶからね」

「わらわの服はいらん。幻覚で作り出せば……」

「いいからいいから!ほら、これとかどう?」

 わたしが渡したのは、薄い藤色のスカートに、真っ白なブラウスだ。しぶしぶ試着してくれたつきみだったが、中学生の体格ながら大人っぽい印象もあって、やっぱりとても似合っている。


「やっぱり、つきみには白が似合うって」

「そうかの。それなら、おぬしに甘えて買うことにするのじゃ」

 そんなこんなでほかにもいくつかの服を買って、売り場を出ようとしたところで、スーツを着た女の人に話しかけられた。


「あなたたち、このあたりの中学生かしら?」

「はい、そうですけど」

 なんだろうと身構える。風花たちも、探るような目で女の人を見る。


「申し遅れたわね。私は朝日文子。ジャーナリストをしているわ」

 そう言って朝日さんはわたしたちに名刺を渡す。どうやら、有名新聞社の記者さんらしい。そんな人がわたしたちになんの用だろう。


 朝日さんは、そのままわたしたちに尋ねる。

「単刀直入に聞くわね。あなたたち、ひょっとして魔法少女なのかしら?」


 わたしも風花もその友人たちも、予想外の質問にみんな目を見開いて固まってしまう。慌てて取り繕ってごまかそうとしたけれど、手遅れだ。

「あは、あはは……私たちが魔法少女?そんなわけないじゃないですかやだー」

「そ、そうやー。うちらがそんなすごい女子中学生に見えたん?」


 朝日さんは、ギラリと目を光らせると、矢継ぎ早にわたしたちに質問を投げかけてきた。

「まあ、そんなわけないわよね。悪かったわ、変な質問をして。ところで、あなたたちの通っている中学校はどこ?どんなところなのかしら?同級生とはもう仲良くなった?先輩とは……」

「帰れ、無礼者」


 その声のしたほうを見ると、つきみが怒りをあらわにして朝日さんをにらみつけていた。そして突然、朝日さんが話をやめて立ち上がったと思うと、そのままふらふらとどこかへ行ってしまった。


「ありがとうね、助けてくれて。あっ、でも……」

 つきみに礼を言おうとしたわたしは、この場に風花たちが居合わせていることを思い出して気まずくなる。しかし、風花たちは状況に合っていない発言をした。

「ふう、何とかごまかせたね」

「ほんま、ひやひやしたわ」

 それに驚いてじっとつきみを見つめると、つきみはさっきの表情が嘘みたいな優しい笑顔で言った。

「あれしきのことで、わらわに感謝される筋合いなどないのじゃ」

 その表情が心強くて、わたしはつきみが傍にいてくれてよかったと心から安心した。




 ***




「はあ、どこも空振り。ついてないな。でも、最後のはとっておきだよ!人知れず妖魔を集めているといううわさの中華食堂!きっと店主が悪いことを企んでいるに違いない!」

「それ、信頼性のある情報なの?」

 今日一日中、妖魔に出会うべく街を歩き回っていた風花に振り回されてきたわたしとしては、どうにも信用ならない。まあ、その店の料理はおいしいらしいので、別に行くのは構わないんだけど。


「SNSで、店に入っていく妖魔を見たって書き込みがいくつかあったんだって!本当に!ほら、見て!」

 確かに風花の見せてくれたスマホの画面には、そういうことをつぶやいている人が何人かいた。でも、それだけで決めつけるのはどうかと思う。


 本当かなあとじろっと風花を睨んでいると、つきみが小声で聞いてきた。

「なあ、あの光る板はどこで手に入るのじゃ?探してもようわからんくて」

「ああ、スマホのこと?それなら携帯ショップに行けばいいんじゃないかな。わたしも持ってないからよくわかんないや」

「スマホというのがあれのことなんじゃな。なら、明日買いに行こうぞ」

「うーん、でもスマホって高いらしいよ?」


 わたしとつきみがスマホを買おうかどうかという話をしていると、その例の中華料理店「鳳凰楼ほうおうろう」にたどり着いた。すこし裏路地に入ったところのビルの地下にあるお店で、結構人気のあるお店なのか、テーブルは結構埋まっていた。


 そして店内に入ったわたしたちは、看板娘らしき茶髪の少女に出迎えられた。

「いらっしゃいませ!えっと、こちらへどうぞ!」

 その看板娘の子を見たとき、なんだか妙な感覚があった。彼女のほうもわたしを見て驚いた顔をして、それからつきみとわたしの顔を交互に見ていた。すぐにはっとして接客モードに切り替えたみたいだけど、それでもわたしたちのことが気になるのか、こちらのほうをちらちら見ていた。


「ご注文は何にしますか?」

 そう聞かれてメニューを見てみると、見事に辛い料理しかない。辛いのがあんまり得意じゃないわたしはちょっと困った。


「おすすめはなんですか?」

 風花が尋ねると、看板娘は答える。

担々麺タンタンメン回鍋肉ホイコーローはかなり人気ですね。ほかにも宮保鶏丁ゴンバオジーディンっていう、ピーナッツと鶏を一緒に痛めたものなんかはリピート客が多いです。ちなみにあたしのおすすめは、この激辛麻婆マーボー豆腐です」

「えっと、辛さが控えめな料理はありますか?」

「このお店は辛さが売りなんですが……花椒ホアジャオや唐辛子を減らすことはできます」

「そうですか」


 結局、わたしたちはおすすめされた料理を一通り全部と、わたしのために辛さを抑えた担々麺を追加して、ほかにももうちょっと注文した。看板娘の子が厨房のほうへ行くと、風花たちはひそひそと話し出した。


「妖魔、いーひんなあ」

「……あの中学生くらいの看板娘がいるのに、妖魔を集めるなんてしているわけがないかー。はー、全部はずれだったなー」

「外れてよかったじゃないですか」


 そうこうしているうちに、注文した料理がやってくる。ちょっと分けてもらった料理はどれもとてもからかったけれど、とてもおいしかった。ただ、辛さ控えめの担々麺は若干物足りない感じがした。


「ごちそうさまでした」

 会計を終わらせて外に出ようとすると、つきみにこんこんと背中を叩かれた。

「どうしたの?もう外も暗いし、早く帰らないと」

「いや、あやつと話があるのじゃ」

 そう言って看板娘のほうを見ると、彼女は

「ついてきてください」

 と言って、黙って店の奥のほうへと入っていった。

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