同類

 中華料理店「鳳凰楼」の看板娘に連れられて店の奥に入ったわたしとつきみは、店の自宅部分と思われる場所のリビングのテーブルに座った。


「あの、まずは自己紹介から。あたしは不知火しらぬい紅羽くれは。こう見えるけど18歳です」

 紅羽の年齢を聞いて、わたしはとても驚いた。背丈はわたしよりすこし大きいくらいで、とても成人しているようには見えない。


「えっと、水瀬かすみです。中学1年生です」

「わらわは白金つきみじゃ。今はこの姿をしておるが、本来の姿は狐の妖魔じゃよ」

 さらっと言われた言葉に、紅羽が驚いて目を見開いた。わたしもそんな重要なことをつきみがペラペラしゃべるとは思わなくてびっくりした。


「えっ、妖魔、なんですか?魔法少女じゃなくて?」

「それほどかしこまらなくてもよい。そうじゃ、わらわは妖魔じゃ。もっとも、今はかすみと契約しておるから、妖力はほとんど感じられんじゃろうがの」

「かすみさんと??あたし、てっきりかすみさんの相手はその蛇の妖魔かと……」

 紅羽とつきみがなにやら話しているが、わたしにはよくわからない。わかるのは、紅羽さんも魔法少女に関係があるということだけだ。


「あの、紅羽さんも、魔法少女なんですか?」

「ん?そうだけど?えーっと、フェニ?」

「わっ!」


 紅羽は鳥を止めるように右手をだすと、その指先から小さな炎が上がる。その炎が鳥のように形を変えて、火の鳥の妖魔の姿へと変わった。


 その一部始終を驚きをあらわにしてみていたわたしに、紅羽は逆に驚いた顔になる。

「そこまで驚かれるとは思わなかったな。だって、かすみさんも魔法少女なんでしょう?それより、その左腕の蛇の子を紹介してくれない?ずっと気になっているんだ」

「クロミのこと?クロミはわたしがお世話している妖魔だよ。わたしと契約しているの。クロミ、出ておいで」

 わたしがクロミを呼ぶと、クロミは腕輪から蛇の姿へと形を変え、わたしの腕を伝ってもぞもぞと這い出してきた。


「こんばんは、クロミ」

「しゅ」

「ねえ、クロミのことをなでてもいい?」

 紅羽が尋ねたけど、わたしに聞かれても困る。

「わたしは構わないけど……」

「しゅーっ、しっしゅーしゅっ」

「ええっ、その鱗、毒なんだ……じゃあやめておくよ」

「しゅ」


 当然のようにクロミと意思疎通する紅羽。驚くのはこれで何回目だろう。そして紅羽が驚き返すのも何回目だろう。なんだかわたしが常識外れみたいで落ち着かない。わたしは、思い切って聞いてみることにした。

「紅羽さん、それからつきみ、わたし、まだ魔法少女のことについて、全然わかってなくて、だから説明してくれる?」

「説明してって言われてもな……」

 紅羽も頭を抱えたのを見て、つきみがあきれたように声を出した。


「感じられんのならいくら説明しても無駄じゃろう。かすみ、おぬしは気づいておらんかもやしれんが、わらわとおぬしは変身しておらんでも多少はつながっておる。じゃから人の身のままでも、多少はわらわの力を使えるはずなのじゃ」

「そうなの?」

「もっとも、変身しておった時間が短いから、つながりが薄いのかもしれんがな。そうじゃ、クロミとも『エンゲージ』してみればどうじゃ?そうすれば、多少は感覚が身につくじゃろう」


 そう言われて、わたしは腕に巻き付いているクロミを見つめる。確かに、クロミと変身すれば、つきみと変身したときとは違った感じになるかもしれない。でも、なにもないのに変身するというのは、先生にダメって言われているし、風花たちにも申し訳ない。


「……機会があったら、そうする」

「それでよいじゃろう。焦ることもないのじゃからな」

 つきみが肯定してくれたことで、わたしの所在なさはかなり落ち着いた。


「もう夜も遅いし、今日は帰ったほうがいいんじゃない?明日は予定ある?」

 リビングの時計を見た紅羽が言った。わたしは答える。

「明日はわたしとつきみのスマホを買いに行くつもりなの。小学校のときは持ってなかったから」

「じゃあ、あたしもついていくから。一応成人しているし、初めてだと困ることもあるだろうし」

「いいの?それなら助かるよ」


 明日駅で待ち合わせをする約束をして、わたしたちは外に出る。つきみは最初に出会った時の狐の姿に戻り、わたしをお姫様抱っこしてくれる。

「そうじゃ、おぬしにこれを渡しておこう」

 つきみがしっぽを揺らすと、紅羽の出した腕の上に、白くて薄い布のようなものがふわっと現れた。


「いいのか?こんなものもらっちゃって」

「なに、わらわの同胞たちを匿ってくれているお礼じゃよ。おぬしの力では大変じゃったじゃろうに」

「助かるな。ならお言葉に甘えて」


 話が終わると、つきみはぱっと飛び上がって高層ビルの上に降り立ったかと思うと、そのまま学園のほうまで、屋上伝いに一直線で向かっていく。景色はあっという間に過ぎていくのに、つきみの腕に抱えられた体はまったく揺れない。その腕の中はとっても温かくて、わたしは寮に着く前に眠ってしまったのだった。




 ***




「かすみさん!おはようございます!」

 翌日、約束通りに駅で紅羽と出会ったわたしたちは、彼女のおすすめだというスマホショップを訪れた。


「このスマホはここで買ったんだけど、店員さんの対応がよくてさ」

 どうやら紅羽は昨夜予約を入れてくれていたらしく、わたしたちはほとんど待たされることなく店員さんのところに案内された。


「やっぱり、結構高いね……」

 あんまり相場を知らなかったわたしは、1台10万円を超える値札を見て、軽くめまいがした。これでは予算が足りないのではと。でも、紅羽が型落ちの廉価品にできることを教えてくれて、安心した。


 途中、必要書類がなくてヒヤッとしたけど、つきみのおかげで特に何も言われることなく、スマホの契約はあっさりと終わった。


「ふむ、これがスマホか。なかなか興味深いのじゃ」

「わたしも初めて触るから、ちょっとわくわくするね」


 わたしたちがスマホショップを出ようとしたとき、店内に、一人の少女が入ってきた。彼女はピンク色の髪を長くたなびかせ、その胸には大きなリボンをつけていた。その姿は、普通の人間のものではなく、魔法少女のものだ。そして、その顔を隠すように、覆面をつけていた。


「いらっしゃいませ……はい?」

「えっ?」

 彼女は、ユニコーンの角のような形のランスを手に取ったかと思うと、いきなり、天井に向けて突き刺した。天井が崩落し、店内がパニックに陥る。わたしたちのいた場所と出口との間には落ちた天井の破片が山のようになっていて、この場を離れることも難しい。


(どうしよう……)

 わたしは、左手にある二つの指輪を見る。薬指のつきみとの指輪と、中指のクロミとの指輪。この力があれば、彼女を止められるだろう。でも、そう簡単に変身できない。わたしのせいで、もっとひどいことになるかもしれないから。


 わたしが悩んでいると、つきみがそっとわたしの前に出てくれた。

「おぬしはどうしたいのじゃ?身を守るだけなら、なにも心配いらんぞ」

 紅羽は、スマホショップにあるスマホを片っ端から奪っているピンク髪の魔法少女を見て困惑しているけれど、取り乱している様子はない。


「あれ、止めたほうがいい?人を襲っているわけじゃないし、ここでは戦いたくないんだけど」

「いや、気づかれんほうがよいじゃろうな。おぬしの言う通りここで戦うのは得策ではない。目立つのも面倒じゃしな」

 冷静なつきみと紅羽が様子を見ていると、ピンク髪の魔法少女は、ショップから出ていき、逃げ出そうとする。それを見て、紅羽はがれきをぴょんと飛び越すと、彼女を追いかけて飛び出していく。その動きは、プロの陸上選手にも劣らない。


「紅羽さん!?どうしよう、追いかけなきゃ!」

「しょうがないのう」

 わたしが気を急いてがれきに足を引っかけると、つきみがわたしの体をひょいと抱え、そのまま紅羽たちのほうまで連れて行ってくれた。


 追いついたところでは、強盗の魔法少女が、そのユニコーンの角のランスを地面に突き立てると、地面を抉り返し、大きなバリケードを作っていた。

 紅羽は、右手に火の玉を生じさせると、そのままバリケードに投げつけて、その一部を吹き飛ばした。その向こうには、誰の姿もなかった。


「逃げられちゃった」

 立ち止まった紅羽に、わたしはあわてて寄った。

「逃げられたって……それより、あの火の玉、どうやったの?変身もしてないのに」

「あれくらいなら変身しなくてもできるんだ。でも、あっちも変身を解いたから、気配がわからなくなっちゃった」

 紅羽が説明してくれる。しかし、取り逃がしたというのに、このままで大丈夫なのだろうか。そう心配すると、紅羽は笑って答えてくれた。


「変身すれば、あたしでもかすみさんでも、あの子を捕まえることはできると思うよ。でも、普通は泥棒を捕まえるのは、警察の仕事だからね」

「でも、あの子は魔法少女なんだよ?警察に捕まえられるの?」

「つきみみたいな力をもってでもいない限り、警察の捜査に障害はないんじゃないかな。それに、正体がわかっちゃったら、逃げるのも難しくなるし」

「そっか。確かに警察に任せればいいよね」


 紅羽の言い分に納得したわたしは、つきみのほうを見る。わたしに危害がないようにしてくれたのはわかっているけど、今回のつきみの対応は、ちょっとわたしにとっては不満だった。

「つきみ、どうして彼女を止めなかったの?つきみなら被害を出さずに捕まえられたんじゃないの?」

「なぜわらわがあやつを止めねばならんのじゃ?おぬしに害がないなら、別に関係ないじゃろ?」

「それでも、目の前で悪いことが行われているのに、見て見ぬふりをするのは気分が悪いよ」

「そうか。それは悪かったの」


 つきみが納得してくれたところで、わたしたちはそのまま近くのファミレスでお昼ご飯を食べて、解散した。学園に戻ったわたしは、先生に今日の強盗のことを伝えて、寮に戻った。










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