没収

 スマホショップの事件から数日が経った。わたしとつきみは、新しく買ったスマホに夢中だった。


「このゲーム、おもしろい!クロミもやってみる?」

「しゅ」

 わたしは、空いた時間にはいつもスマホゲームをやっていた。今日も、新しくダウンロードしたゲームを遊んでいる。


「しかし、この前の事件はかなり話題になっておるようじゃの。今日もトレンド1位なのじゃ」

 一方でつきみは、SNSやらなんやらを覚え、あっという間にはまり込んでいた。本人曰く、情報を集めるのが楽になったらしい。それはよかった。


「この前の事件って、先週末のあれ?ネットではどう言われてるの?」

「いろいろあるな。どうもあの娘はネットでは『ピンクユニコーン』と呼ばれて、それなりに知られていたようじゃ。そんな彼女に失望する声、彼女の更生を望む声、それから、ほかの魔法少女も同じようなことをするのではないかという不安の声なんかがあったのじゃ。じゃが、情報工作が行われておって、全体的にはほかの魔法少女には頑張ってほしいとする意見が主流みたいじゃな」

 いつの間に、ネットの情報工作を見破れるようになったのだろうか。それはともかく、あの事件のせいで魔法少女全体の評判が落ちることにはなっていないらしい。


「そうなんだ。テレビだと下火になっていたから、知らなかった」

「テレビにもある程度の情報工作がなされておるのじゃろう。それに、報道するにも取材する場所がないからの」

 確かに、犯人が魔法少女では、家族や身近な人へのインタビューもできないだろう。それに、おそらく未成年の犯行だから、正体を探ると実名報道になりかねない。


「まあ、さほど気にすることではあるまい。『ピンクユニコーン』はこの学園の生徒じゃ。教師らがあの娘をきちっと指導するはずじゃよ」

 やっぱり、つきみは彼女の正体に気づいていたようだ。そのつきみが大丈夫だというのなら、問題ないのだろう。わたしはすこし安心した。


「それより、さっさとゲームをやめんか。もう夕食の時間じゃ」

「はーい」

 わたしはつきみの言葉にゲームをやめて、食堂に夕食を食べに行った。




 ***




「今日から、実技訓練を始めます」

 わたしたちは、小川先生に連れられて訓練場の一つに来ていた。クロミの襲撃のごたごたがようやく落ち着いてきたので、訓練の時間が増えるということだった。


「せっかくの訓練なのに、変身しちゃダメだなんて!」

「まあまあ」

 風花は、あいかわらず変身できないことにご機嫌斜めだ。まあ、訓練といっても、ランニングや筋力トレーニングなどの、普通のことしかやらされていないので、しょうがないのかもしれない。


 今日は、最初に筋トレをした後、ひたすら走らされた。1時間ぶっ続けで走らされて、クラスのみんなはへとへとになっていたけれど、わたしは不思議なほどに疲れていない。それでも、不審に思われたらいやなので、わたしも一緒に地面に倒れていた。


「あれ?」

 なんとなく、つきみの様子がおかしい気がした。もちろん、疲れていないという意味では周囲と比べておかしいのだけど、そうではなくて、何か重大なことに気づいたように見えた。


「つきみ、どうしたの?」

「……後で話すのじゃ」

 つきみがなにか事情ありげに話すのと同時に、小川先生の集合の合図がかかった。




 ***




 訓練が終わった後、寮に戻ったわたしは、つきみに事情を聞き出した。

「それで、なにがあったの?いつになく暗い顔して」

「……この間の事件を起こした娘が、指輪を没収されたようなのじゃ」

 そういえば、今日の訓練中にも抜け出してどこかへ行っていた。そのときに知ったのだろうか。


「指輪を失うと、なにがまずいの?」

「おぬしや紅羽のように、相手と対等以上の関係で契約している場合は特に問題はない。勝手に戻ってくるだけじゃからな。じゃが……」

 言われてみれば、わたしの指輪は、外してもいつの間にかまたもとの指にはまっていた。最初は指輪を二つ持っているのを隠そうとして外していたけど、意味がなかったのだ。


 わたしがうなずくと、つきみは続けた。

「下僕として契約しているなら話は別じゃ。指輪を失えば、それだけ妖魔の干渉に抗うすべを失う。妖魔による内なる命令に、逆らえなくなるのじゃ」

「下僕?最初、わたしにしようとしていたこと?なんでほかの魔法少女が、下僕になっているの?」

 意味が分からない。つきみのような強大な妖魔ならともかく、普通の妖魔が人間を下僕にできるのか。


 わたしが聞くと、つきみは困った顔で答える。

「魔法少女の契約は、その、魂の大きさのようなものに差がありすぎると、大きいほうに有利なように結ばれてしまうものなんじゃ。ちょうど、おぬしがわらわに命令できるように」

「ええっ!わたしのほうが、その魂の大きさっていうのが大きいの!?」

「そうじゃ。だから驚いたんじゃぞ?まさかわらわよりはるかに魂の大きな人間がいるとは思いもよらんかったからの」

 衝撃の事実だ。まさか、わたしにつきみより上回る部分があったなんて。というか、その理屈でいけば、わたしの魂はクロミのよりも大きいのか。全くそんな気がしない。


 わたしが驚きに意識を飛ばしていると、つきみにポンと肩を叩かれた。

「とにかくじゃ。あの娘は近々妖魔の意志に逆らえんようになる。言い換えるなら、契約した妖魔があの娘の肉体を得るようなものじゃ。そうなった後どうなるかは、わらわにもようわからんがの」

 わかった後で話を聞くと、結構まずい状況だということが理解できた。彼女と契約した妖魔がわたしみたいにほとんど命令をしないのならいいけれど、そうでなかったら彼女がどうなるかわからない。


 わたしは、つきみに彼女を救う方法を尋ねる。

「じゃあ、助けないと。どうやったら助けられるの?」

「一度結ばれた契約を破棄することは不可能じゃ。魂の大きさも、簡単には変わらん。できるとしたら、魔力のつながりを封印することくらいじゃ」

「封印?」

「指輪につながりを封印する魔力回路を書き込めば、妖魔は人間に干渉することができなくなる。人間も変身能力やらを失うがの。ただ、魔力回路を書き換えるのは大きな危険が伴う。すこしでも魔力が動けば、命にかかわるじゃろう」

「つまり、どうすればいいの?」

「まずは指輪がないとなにも始まらん。指輪があっても、妖魔とあの娘、どちらかの意識がわずかでも残っている状態ではうまくいかんじゃろう。じゃが、それほど深い眠りに落とすとなると、それだけで命を落としかねんぞ」

 どうやら、一筋縄ではいかないらしい。それでも、できることがある。なら、そうするだけだ。


「とりあえず、指輪を手に入れよう。時間があんまり経っていなかったら、指輪をその子に返してあげれば、なんとかなるんだよね?」

「まあ、ひとまずは妖魔の干渉に抵抗できるようになるじゃろうな」

「それなら早く行こう。指輪の場所はわかってるんだよね?」

「もちろんじゃ」

 日が沈みかけている中、わたしたちは学園の中を走る。紺青に塗りつぶされていく空に、月は出ていなかった。




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