渇望
(桜井亜美/ピンクユニコーン視点)
「ああ、わたしはどうして……」
中の基盤ごと折れ曲がったスマートフォンが散らばる自室で、わたしはひとり
***
すべての始まりはあの日だった。黒蛇の妖魔が、わたしたちの学園を襲ってきたあの日。あの日、わたしたちは、どこか楽観的な気分で、友達と笑いあいながら出撃していった。
あの日は学園の外にいた魔法少女も少なかったから、100人を超える大部隊で出撃した。それまでの経験から、わたし一人でも妖魔に負ける気はしなかったし、三人なら、妖魔に無傷で勝つことだってできた。これだけいれば、負けるはずがないと思っていたのだ。万が一誰かが大けがを負うようなことがあっても、わたしの力で回復することができる。あのときは、本気でそう信じていた。
しかし、わたしたちが配置につき、攻撃を始めようとした瞬間、あの黒蛇の妖魔は、うねる無数の首を、取り囲んでいた魔法少女全員に向けた。たったそれだけで、みんな石のように固まって、ピクリとも動かなくなった。
幸いにもわたしは、全身に全力で魔力を流して、どうにか体を動かすことができたけれど、それだけだった。石になった仲間はわたしの力では治せなかったし、かろうじて動けた数人の仲間は、一人ずつ完膚なきまでに叩きのめされ、石像に変えられてしまった。最後に残ったわたしも、目に見えないスピードで飛んできた岩によって手足を地面に固定されて、あっという間に意識を失った。
あの黒蛇の妖魔の最も大きな首は、最後の最後までわたしを見ることはなかった。屈辱的だった。まるで、人間も魔法少女も、道端に転がっている石と同じだと思っているかのようだった。
そのあと、医療棟で目を覚ましたわたしだったが、わたしに助かったことを喜ぶ気持ちはなく、ただわたしを生かしたあの黒蛇の妖魔への屈辱感が増していくだけだった。
数日後、ずっと死んだように何もせず生きていたわたしは、友達から来たチャットの返事をしようとして、スマホをどこかにぶつけてしまった。その割れてしまった画面を見て、わたしは少しだけすっきりしてしまった。
そのときは、どうしてそう思ったのかわからなかったけれど、翌日、ぎゅっと握ったスマホの画面のひびが増えたのを見て、わたしは理解した。
わたしの握力は、増えていた。わたしは思いっきりスマホを握り、画面をぴきぴきと割っていく。その瞬間だけは、わたしは誰よりも強いという全能感を味わえた。けれど、スマホが完全に壊れてしまうと、壮絶な虚無感に襲われた。
その翌日、なんとなく街に出ていたわたしは、ふと、スマホショップを見つけた。そこに陳列されていたスマホを見ると、前日の記憶が鮮明に思い出されて、気づけばわたしは変身して、スマホを盗んでいた。けれど、そのあと魔法少女らしき子に追いかけられて、我に返った。なんとか隠れて変身を解いたから捕まらずに済んだけど、危なかった。
そのあと、わたしは盗んできたスマホを一つずつ手で壊して、気持ちを落ち着かせていた。けれど、強盗のことが先生にばれて、スマホを取り上げられた。それが嫌でまたスマホを盗み返したら、こんどは指輪を没収されてしまった。
***
本当は、わたしのしたことは間違っているとわかっている。わたしは魔法少女の力を自分の欲を満たすために使った、どうしようもなく悪い人間だ。わかっていても、自分の中にあるこの屈辱的な無力感は埋められない。力がほしい。もっと、もっと。
わたしは、自分の指を見て、そこにあるべき指輪がないことを確認して、とても落ち着かなくなった。まるで、体の一部が欠損したような感覚。わたしは、いてもたってもいられなくなって、部屋の扉を開けて飛び出した。
***
「おい、君、ここは立ち入り禁止だ」
警備員に腕をつかまれる。わたしは、なにも答えないで、つかまれた腕を乱暴に引きはがした。
「待て、待ちなさい!」
そのままわたしは入り口のガラスを割り、建物の中に侵入する。この中に、わたしの求めるものがあるのだ。誰にも邪魔はさせない。
ジリリリリリリとサイレンが鳴る。鉄の隔壁が下りて、侵入者を締め出そうとする。わたしは閉まった隔壁を蹴るけれど、重い鉄製の隔壁はびくともしない。
「入れて、入れてよ!ねえ!返してよ、泥棒!」
ガンガンと音を立てて隔壁を殴るけれど、やはり中には入れない。後ろからは、警備員たちが追ってくる。また、なにもできないなんて。そんなのは、絶対嫌だ。
わたしの願いにこたえて、腕になにかが集まっていく感覚。この感覚には覚えがある。これは、魔力が動く感覚だ。わたしは、必死にその魔力を集めて、その腕をシャッターにぶつけた。
「なんだ!?」
バンとひときわ大きな音が響き、隔壁に、わたしが通れるくらいの穴が空く。わたしの手には、ピンクユニコーンのランス、わたしの武器が握られていた。
「うわっ!?」
わたしは邪魔な警備員たちを乱暴に投げ飛ばして、そのまま空けた穴を潜り抜け、建物の奥へと進んでいく。わたしの一部が、この下で待っている。
わたしは、立ちふさがる人々を蹴散らし、壁をぶち壊して、この建物の地下へと進む。そこに、わたしの求めるものがあるから。
「待ってて、わたし」
研究者たちの悲鳴と警戒音の響く廊下を、わたしは駆け抜けていった。
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