測定
「おはようかすみ!おとといは大変だったね」
「えっと……」
風花の何気なく放った言葉に対して、わたしは答えに窮していた。
クロミが学園を襲撃してから2日後。ようやく復興作業が一段落したのか、今日は授業があるようだ。ただし、集合場所は大訓練場である。教室は被害がほとんどなかったそうだけど、大人たちが使っているらしく、今日は一日体育である。
「そうじゃな。なかなか外に出られんで大変じゃったの」
「そうそう!せっかく魔法少女になったのに、変身しちゃダメって先生が言うなんて。そのせいで一晩中閉じ込められる羽目になったんだから」
答えづらい質問に、つきみが助けてくれた。いつ風花たちのいた場所を知ったのかと一瞬思ったけれど、よくよく思い出してみると、確かにそこにいた記憶があった。
「それにしても、魔法少女のいる学園を狙ってくるなんて。その妖魔、絶対に許せないんだから!出会ったら私が倒してみせるんだから!」
風花のその宣言を、わたしは吹き出しそうになるのをぐっとこらえて、黙って聞いていた。
クロミは、今わたしの左手首に巻き付いて、ブレスレットに擬態して隠れているのだ。どうやら小さくなっても体を流体に変える能力は健在のようで、サイズを変えてぴったりジャストフィットしている。
あなたのすぐ近くにいますよと言いたくなる衝動を必死にこらえているうちに、わたしたちは大訓練場にたどり着いた。
大訓練場は、小学校の校庭の10倍以上は大きかった。内側にある土の広いグラウンドを取り囲むように、円周状のランニングコースが作られていた。その隅の部分に、小川先生が道具の入った箱とともに待機していた。
クラス全員が集まって整列したところで、小川先生が説明を始めた。
「これから皆さんの体力測定を行います」
ぶーぶーと不満の声が上がる。魔法少女になって最初の授業が、普通の体力測定だなんて、という声が聞こえてくるようだ。しかし、小川先生は気にせず続けた。
「変身前の体力と変身後の体力の間には、密接な関係があることがわかっています。また、この測定によって皆さんの訓練内容を決定する予定です」
変身しなくていいと言われて、わたしはすこしほっとする。あの姿で体力テストを受けたら、大惨事になる想像しかできない。そう思ってはっとつきみのほうを見る。つきみは、興味なさそうな顔でそっぽ向いていた。
「それでは、まずは握力の測定から」
小川先生は道具箱の中から握力計を取り出して、みんなの握力を計り始めた。
「やった、30kgを超えた!」
風花が喜びの声を上げる。その後も、ちらちら聞こえてくる話によると、結構みんな握力が強いみたいで、平均より運動ができる子が集まっているのかと思った。運動がどちらかというと苦手だったわたしには、ちょっと肩身が狭い。
わたしの番になった。
「ゔーん!……あれ、故障かな?」
握力計の数字を見てみると、60kgを超えた数字が出ていた。いくらなんでも大きすぎる。不思議に思って、わたしは目盛りを見ながらゆっくりと握力計を握って確かめてみた。
すると、まだ握り切っている感覚もないのに、目盛りが30kgを示していた。おかしい。握力計がじゃなくて、わたしが。
「どうしましたか、水瀬さん?」
わたしの態度が不自然だったので、小川先生がこちらへやってきた。このことを言ってしまってもよいのだろうか。絶対になにか問題になる気がする。
わたしがしばらく黙っていると、先生はわたしの握っていた握力計を見て、「35kgですね」と言った。どうやら握力計の見方に困っていると思われたらしい。
先生は握力計を回収して、後の生徒に渡していった。
「なにがあったんじゃ?」
つきみがわたしのところによってきて尋ねた。
「握力が自分の思っていたより強くなってて……」
「いくつだったんじゃ?」
「60kg以上だった。ねえ、わたしの体、どうなっちゃってるの?」
不安になって聞いてみると、つきみはなんでもないように答えた。
「その程度なら人間の
つきみが言うには、魔法少女はあふれ出た魔力や契約した妖魔の妖力の影響で、変身しなくても多少の身体能力の変化があるらしい。そういうわけなので、生活上の不便がないならば特に気にしなくてもいいそうだ。
「でも、体力測定でおかしな数字が出たら、大人たちに不審がられちゃうよ!」
「なら、手を抜けばよいじゃろう。安心せよ。もしなにか失敗しても、わらわがついておるのじゃ」
つきみは自信満々に言ったけれど、わたしはつきみが暴走する危険性も含めて、不安が増したのだった。
***
疲れた。体力的にではなく、精神的に。
体力テストの各種目で、わたしはなるべく周囲に埋もれるように頑張った。持久走(シャトルランはなかった)では一番大きな集団にずっとペースを合わせていたし、反復横跳びは時間と回数を数えるのが大変だった。ハンドボール投げでは、フォームをわざと崩したのに周りと同じくらいの記録が出てしまった。冗談抜きで体力が倍以上になってるんじゃないかって思うくらい、身体能力は向上していた。
「おつかれー。かすみ、思ってたより運動できるんだね。正直意外」
「あはは……でも風花のほうがすごかったよ。なにかスポーツとかやってたの?」
「バスケをちょっとね。かすみのほうこそ、なにやってたの?」
「わたしは、スポーツはやってなかった。でも施設の小さい子たちとはよく遊んでいたなぁ」
「ほんと?なら、かすみはかなり才能があるのかも!」
風花に笑ってごまかしながら、わたしたちは寮に戻る。わたしの部屋には、いつの間に戻ってきていたつきみがくつろいでいた。わたしは、食堂でもらったお弁当をわたして、一緒に夕食にした。
「おつかれさん。おぬし、なかなか加減がうまかったの」
そういうつきみの記録には、ゼロがいっぱいあった。つまり、数字がきれいすぎた。
「そういうつきみこそ、加減しているよね。本当はどれくらいなの?」
なんとなく気になって聞いてみると、つきみはいたずらな笑顔を浮かべた。次の瞬間、つきみは風のような速さでわたしの耳元に来ると、そっとささやいた。
「この肉体でも、この程度は造作もないのじゃよ」
「……急に脅かさないでよ」
「おぬしがやれと言ったのではないか」
つきみの手には、リボンのように結ばれたスプーンがそっと乗せられていた。
テレビでは、あいかわらず平和なことに与野党の論戦だとか、芸能人が不倫したとか、おいしい店の情報だとかが流れていた。こういう風に、妖魔との争いも忘れて、みんな仲良くなれればいいのにと思いながら、わたしは今日もクロミと一緒に眠るのだった。
***
(校長視点)
「報告します。今年の新入生は、全体的に運動能力が高く、実戦でも活躍が期待できます。士気も十分です。早めに彼女たちに実戦訓練の機会を持たせたいと考えているのですが、いかがでしょうか」
小川先生の報告を聞いて、私は頭を抱える。おとといの事件以降、考えるべきことが多すぎて、頭がパンクしそうになる。
「いや、それはやめたほうがいいだろう。新入生をむやみに変身させるべきではない。『契約の指輪』がなくなった現状では、すこしでも今いる魔法少女を生かす方法を考えるべきだ」
昨日、襲撃の後に残った研究資料を回収したが、マジックアイテム、特に『契約の指輪』に関しては、現物、情報ともにほぼすべてが失われていた。主要な研究者も多くが亡くなっていて、新しく魔法少女を増やすことが困難な状況になっている。
「ですが、真木校長があの指輪を作られたのでしょう?」
「……もう10年以上前のことだ。細かい部分まで再現できるとは思えないし、あの指輪は粗さを許してはくれない」
それに、指輪の改良のために多くの少女たちが犠牲になった。それを繰り返したいとは、とても思えない。
「……わかりました。新入生たちには、座学の時間を増やして対応します。変身させないほうがよいとのことだったので」
「ああ。そうしてもらえると助かる」
一礼をして小川先生が出ていくと、パソコンに一通のメールが届いた。霧島本部長からだった。
「学園の存在が漏れた。不審人物が探る可能性がある。警戒せよ」
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