激怒

「また、盗聴器が仕掛けられているなんて」

 わたしは、コンセントに刺さっていた盗聴器を握りつぶしながらつぶやいた。


 校長経由で総理大臣に妖魔側の要求を記した手紙が届いてから数日。マスメディアは連日、発令された緊急事態宣言のニュースでもちきりだ。政府はひとまず東京の避難指示を出して、それ以上は様子を見るようだ。

 しかし、ニュースはともかく、それ以外のワイドショーなんかでは政府に批判的な論調が強い。国民の権利を守れというならまだわかるけど、妖魔を退治しないのは政府の怠慢だとか、突然避難させられる国民に寄り添えだとか言う識者が毎日何時間もしゃべっている。そのせいで避難が遅れたらどうしてくれようと思う。

 まあ、それはまだいいのだが、面倒なことにどういうわけかマスコミは学園の魔法少女たちを調べているらしく、盗撮、不法侵入、窃盗など、犯罪行為をやってまで情報を嗅ぎまわっているのだ。黒蛇を通して学園内を監視していたわたしは、すでに10人以上の記者を捕まえていた。


「どうして記者さんたちはあんなにモラルがないんだろうね?」

「あやつらはそれが正義だと信じ込んでいるようじゃ。どうも、わらわたちが総理大臣を脅したことが断片的に伝わっておるようじゃな。そして、犯人を見つけ出して晒し上げようとでも考えておるのじゃろう」

 つきみがわたしの疑問に答える。どうやって情報を集めているのかはさっぱりわからないけど、つきみの情報は正確だ。おおかた、首相のSPからでも流出したのだろう。手紙の内容は総理と真木校長しか知らないけど、手紙の存在自体は知っている人もいるのだ。


 そうやって考え込んでいると、つきみがぼそっとつぶやいた。

「それより、今日は紅羽やそらと約束をしておったのではないかの」

「えっ、本当だ!忘れてた!」

 わたしはつきみに指摘されて、慌てて駆け出していった。




 ***




「ごめん!遅くなって」

「たった1分くらいだし、気にしなくてもいいって」

「そうじゃ。気にすることはない」

 わたしはすこし遅れて待ち合わせ場所の駅にたどり着いた。電車の時間が合わなくて、ちょっと時間がかかっちゃったのだ。走ったほうが早く着いたかもしれないけど、まあ、これくらいはご愛敬ということで。しかし、わたしより遅くに出たのに、つきみが間に合っていることは納得いかない。


「みんなそろったことだし、そろそろ行こうかしら」

 今日は、そらの妹の神宮寺うみと別れる前に、みんなで遊ぶ予定だ。緊急事態宣言が出ているからお店は全然やっていないのだけど、それでもちょっと街をぶらついて、それからみんなでゲームをして遊ぶつもりなのである。


 駅から出たわたしたちがしばらくシャッター街と化した路地を歩いていると、うみが照明のついた建物を指さしながら言った。

「あっ、お姉ちゃん!あそこ、ボウリング場が開いてるよ!私、あそこ行ってみたいな!」

「そうね。行ってみましょう」

 そのまま走り出したうみとそれを追うそらの姿はまさしく姉妹のものだったけど、そらが中学生の姿のままだからか、見た目と中身があべこべになっている印象を受けた。


 ボウリング場はとても空いていて、わたしたちのほかには一組のカップルがいるだけだった。もう従業員は一人しかおらず、今日を最後に閉店する予定みたいだ。


「わたし、ボウリング場に来るのは初めてだな。みんなはボウリングで遊んだことがあるの?」

 わたしが尋ねると、紅羽とうみはたまに友達と一緒にやるらしい。そらは失踪する前、小学生のころに遊んだことがあるそうだ。そしてつきみはもちろん未経験だ。


「あたし、結構得意だし、コツを教えてあげようか?」

 わたしは紅羽に言われるがまま、15と書かれたボールを選ぶ。

「思ったより軽いんだね」

「まあ、あんまり重いと投げにくいからね」

 ほかにも投げ方のコツを教えてもらったところで、ゲームが始まった。


「えっ、みなさん、それは重すぎませんか!?」

 うみが1投目を投げ終わったところで、わたしたちのボールを見て驚いたように言った。わたしとしてはむしろ軽すぎて、上手投げしたくなるくらいなのだけど。うみの次はわたしの番だったので、そのままわたしはレーンに立った。


 わたしはボールを持って、立ったままそっとボールを転がす。紅羽曰く、パワーよりもコントロールが重要らしい。一番前のピンに斜めに当てる感じにするといいんだって。カーブをかける場合はともかく、初心者のうちはスピードを意識しないほうがいいそうだ。

 わたしの1投目は見事狙った場所に命中し、ピンを10本全部倒すことに成功した。ストライクだ。

 次はそらの投げる番である。そらが助走をつけて投げようとしたところで、紅羽が慌てた様子で止めに入った。


「あっ、そんな勢いつけないで!」

 しかし、時すでに遅し。高速で放たれたボールは、めちゃくちゃにピンをはね飛ばし、反射してレーンの上までピンが吹っ飛んできた。紅羽はパートナーの鳥の妖魔、フェニに頼んでピンを回収させていた。


「スピードをつけすぎるとああなっちゃうんだよ。あたしもやらかしたからわかるんだ」

「昔を思い出しながらやっていたのだけど、それでは加減を間違えてしまうのね」

 紅羽の指摘の内容は、要するに魔法少女のパワーでスピードをつけるとやりすぎになっちゃうということだった。なるほど。道理で紅羽は勢いは不要だと口を酸っぱくして言っていたわけだ。多分そらも本気を出していたわけじゃないからこの程度で済んだだけで、下手したらお店に迷惑がかかるところだった。


「お姉ちゃん、やっぱり魔法少女ってずるい!」

 不満そうにほほを膨らませたうみをそらがなだめて、ボウリングのゲームは続いたのだった。




 ***




 結局、なんだかんだ言って経験の差もあって、5人とも同じくらいの得点に落ち着いた。優勝したのはわたしだったけど、2位はうみである。ただ、紅羽はあえてピンを難しい形に残して、それを攻略するという手加減をしていたようで、スプリットとスペアの回数が一番多かった。

 帰る前にエアホッケーもやってみたけれど、これはうみが勝負にならないみたいで、1ゲーム遊んだところでやめた。


「何のゲームをやるつもり?」

「運要素が強いゲームのほうがいいと思うわ。ボードゲームやTRPGなんかもいいかもしれないわね」

 わたしたちはうみの住むマンションに向かいながら、自分のやりたいゲームについて話し合っていた。


 到着したマンションは、都心のセキュリティがしっかりしたところで、高校生が一人で住むにはすこし高級すぎる住居だった。うみを引き取った養親はいわゆる官僚で、仕事の関係で今は職場の近くに移住しているけれど、学校の都合でうみ一人が残ったのだそうだ。

 エントランスのロックを開け、エレベーターで昇り、玄関の扉を開けた。わたしは一歩入ったところで、うっと立ちすくんだ。


「誰がこんなことを……」

 部屋という部屋はひっくり返され、めちゃくちゃに荒らされていた。箪笥たんすはすべて開けられ、本棚の中身は床に散らばっていた。一目泥棒が入ったと思えるほどだが、割られた貯金箱が放置されているのを見れば、これが金銭目的でないことは明らかだった。

 みんなが目を見開く中、かつかつと足音が聞こえた。すると、いかつい顔をしたコートの男と、何人かの制服警官が家の中から現れた。


「一体どのような権限があってこのような狼藉を働いたのかしら?」

「お姉ちゃん……」

 そらはその容姿に反してずっしりと重く低い声で、刑事たちに凄んだ。そのこぶしは固く握られていて、その眼光はとても鋭い。しかし、刑事は微動だにせずに述べた。

「お前が神宮寺そらだな。署まで来てもらおうか」



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