要求
あれから何事もなく学園の寮に帰ってきたわたしは、テレビの国会中継を眺めていた。
「総理、この度の通信途絶事件について説明を求めます」
「状況は依然として不明です。現在、調査を行っているところであります」
「事件のあった地域の周辺では、妖魔の目撃情報が急増しています。しかし、対応する魔法少女の目撃回数は激減しました(フリップでデータを見せる)。これはいったいどういう理由なのか、説明を要求します」
「その件につきましては、現在調整中であります」
「魔法少女を秘密裏に育成していた魔法学園では、妖魔を飼育していたことが判明しています。これは魔法少女が、戦争のための兵器として運用されている証拠じゃないですか!?」
「回答を控えさせていただきます」
総理は全然悪くないと思うのだけど、野党議員に詰められていてすごくかわいそうな感じになっている。もともとこの魔法学園に関する追及が厳しかったところに、突然多くの人が行方不明になったのだ。ニュースは批判一辺倒である。陰謀論じみた言説も飛び交う始末だ。
「ねえ、つきみ。本当にこの状況で総理大臣に要求するの?東京に住んでいる人間を別の地域に移動させろって」
わたしはつきみに尋ねる。正直、脅して要求するだけならできないことはないけれど、今の状況では反発が大きそうだ。内閣支持率もものすごく低いので、民衆による暴動で妖魔たちが被害を受けかねない。かといって、意思疎通が難しいので、人間と妖魔が共生するという未来は難しいから、ほかに手段もない。
「しょうがないじゃろう。民衆全員を脅すよりは、おぬしも気分が楽なのじゃろう?」
つきみが答える。それはそうなんだけど、せめてもう少し待ったほうがいいとも思うのだが。時間がないというのは実に面倒くさいものである。
「じゃあ、総理に渡す手紙の文面はつきみが書いてよ」
「もちろんじゃ。おぬしでは威厳が足りぬからの」
「ひどい!」
わたしたちは総理大臣に宛てて妖魔に対する戦闘行動の禁止、および妖魔との棲み分けに関する要求の手紙を書いて、校長経由で送った。話を聞いた校長はとても顔色が悪くなっていたけれど、そらへの負い目があるからか、ちゃんと引き受けてくれた。
***
(校長視点)
とんでもないことを考えるのだな、と思う。私は都内の高級レストランでの会談に向かうタクシーの中で、ポケットの中にあるこの手紙を受け取った時のことを思い出していた。
***
ただでさえ対妖魔の方針の大転換のため、非常に混乱していた学園だが、そこに今回の境界の大拡張が起こった。私は勝手に出撃しようとする魔法少女をどうにか抑えながら、囚われてしまった人々を救出する方法を考えていた。
そこに、水瀬かすみがやってきたのだから、最初はこちら側にやってきた妖魔が暴れないように対処するという話だと思った。しかし、私の予想は大きく裏切られた。
「校長、これを総理大臣に届けてください」
そういって水瀬は一通の手紙を渡してきた。これはなんだと尋ねたら、政府への要求書だと言った。
「……内容を知らずに、総理に渡すわけにはいかない」
私がその内容を教えてほしいと言ったら、水瀬は後ろめたいように目を伏せて言った。
「脅迫状です。妖魔に対する敵対行動をやめること、それから、こちらが指定した地域の住人たちを移住させること。この二つを一週間以内に決定するように要求しています」
日本の主権を脅かすような、あまりにも非常識な要求だった。私は断ろうと席を立ったところで、水瀬の隣に座っていた白金つきみが私を睨んでいるのが目に入った。その瞬間、自分も脅されているのだと、理解した。
私は、彼女たちのいいなりになるしかないことを察したうえで、じっと尋ねた。
「悪いが、君たちが急に態度を変えた理由だけは聞いてもいいか?」
「時間が足りないんです。わたしが対処可能なうちに、衝突を回避しないと」
確かに、最悪の想定だと、一か月もしないうちに日本は境界に呑まれる。妖魔の領域は現在も加速度的に膨張を続けていて、この東京が呑み込まれるまでの猶予を考えると、一週間でもぎりぎりだろう。
それらを考えたうえで、私は水瀬たちに結論を伝える。
「わかった。明日、首相との会談が予定されている。そこで要求書を渡すことになるが、構わないか」
「はい、それでお願いします」
幸か不幸か、境界付近に妖魔が多数現れていることから、私と首相との会談が予定されていた。私が妖魔退治をやめるよう、根回しをしていた影響だ。私はその会談の場で捕まることも覚悟しながら、手紙を受け取った。
***
「真木先生、なぜ魔法少女の出撃停止などという判断を下したのか、説明していただけますでしょうか」
予想通り、会談の内容は魔法少女による妖魔の退治を求めるものだった。私はシャンパンを一口含むと、首相にゆっくりと語った。
「必要ないと判断したからです。これから境界が拡大し、人類と妖魔が共存する世界へと変わっていく状況で、妖魔の殲滅など無意味ですから」
「しかしながら、この度の事件において、多数の死者、行方不明者がでております。私は総理大臣として、国民の生命を守る義務があります」
「でしたら、私は東京都民の避難を提案します。妖魔との衝突そのものを避ける以外に、死者を減らす方法などありません」
「国民に強制移住させるなど、断じて許されることではありません!」
そこで首相の言葉を遮り、私は手紙をすっと差し出す。
「これは、妖魔側からの脅迫です。受け入れるか、それとも拒否して多数の死人を出すのかは首相にお任せします」
首相のSPの一人がその手紙を開け、中身を確認する。その瞬間、SPの手から手紙が滑り落ち、風に舞ってテーブルの上に乗った。まるで、意志を持っているかのように、手紙はその文面を首相に
「国の領土の半分を手放せ……!?」
首相は、あまりにも一方的な要求に目を見開いて固まっていた。手紙を見たSPたちも、驚愕の顔で固まっていた。だが、私に恐怖をもたらしたのは、手紙の文面そのものではなかった。
「黒蛇……」
手紙にサインのように記された黒いインクが、立体的に膨れ上がって、動き回る黒蛇の妖魔の形をとった。全長10cmほどの大きさながら、その石化の力は健在で、銃を手に取る間もなくSPたちの動きは止まった。この場で意思を持って残っているのは、私と首相の二人だけだった。
「な、なにが起こっているのでありますか!?」
首相は、目の前で行われた超常的な制圧に理解の限界を超え、右も左もわからない状態に陥っていた。私はそんな首相に対して、できるだけ冷静に、ゆっくりと述べた。
「この手紙の最後には、『一週間後までに実行できなければ、実力行使に出ることになる』とあります。この手紙と同種のものが拡散されるだけでも、国民の被害は甚大になるでしょう。つまり、この要求には国民の命がかかっているのです」
私も内心は激しく動揺していた。まさか、水瀬かすみがあの黒蛇の妖魔を従えていたとは。魔法少女たちが束になっても敵わなかった相手が、彼女たちの側にいるのだ。
「暴力に我が国が屈服するわけにはいきません。真木先生、どうにかしてこの妖魔への対抗策を見つけなさい!」
首相がそう私に命じた瞬間、その体が石のように固まった。そして、テーブルの上を自由に這いまわっていた黒蛇が、くるりと向きを変え、私のほうを向く。
点のような小さな赤い眼が、私の目と合わされた。
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