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 数日後、わたしはとあるファミレスでそらと再会した。ついでに、紅羽も呼んでみたので、ボックス席はちょうど満席だ。そうして、わたしたちはお互いに自分のパートナーを紹介しあっていた。


「この子がエヌよ。人見知りが激しくて、今までは誰かに会わせるといったこともなかったけど、かすみちゃんのことは気になるみたい」

「なんというか、すごく個性的な姿ですね」

 そらが契約相手の妖魔のエヌを紹介してくれたので、わたしはオブラートに包んだ表現で苦笑しながら答えた。でも、実際は虎や鷲、蜘蛛などさまざまな動物のパッチワークの姿をしていて、ちょっと近寄りがたい。キメラというか、そんな感じで、目や口なんかも体中にあるので、正直に言えば、結構気持ち悪い見た目だ。


 そんなふうに内心思っていると、そらがくすくすと笑いだした。

「はじめは少し引いてしまうのも無理はないわ。私も昔はそうだったもの。でも、こう見えてとてもかわいいのよ」


 そうしてそらは、エヌは喜ぶと何本もあるしっぽをぶんぶんさせるのだとか、口によって食べ物の好みが違うのだとか、うちの子自慢を始めた。それを聞いているうちにだんだんとエヌがかわいく見えてくる。紅羽もそう思ったのか、パートナーのフェニの自慢を始める始末だ。わたしも負けじとクロミのことを自慢する。


「クロミはとっても賢いんですから!そらさんのことに最初に気が付いたのもクロミなんですよ!」

「でも、フェニも料理を作れるくらいには賢いけど?」

「エヌもいろいろと気が利くわよ」

 わたしたちが仲良く自慢しあっていると、つきみが深いため息をついた。

「おぬしら、それくらいにしておくのじゃ。みんな困っておるじゃろう」

 クロミたちが恥ずかしさに困惑しているのを見て、わたしたちはふと我に返った。


 そのとき、とても短い地震のような揺れを感じた。直後、あの境界で感じたような不気味な感覚が肌を襲う。

「まさか!?」

 わたしが立ち上がると同時に、紅羽もそらも立ち上がる。周囲を見渡すと、何体もの妖魔が、このファミレスの中を闊歩していて、人間の客たちはパニックになっていた。彼らは悲鳴を上げて妖魔たちを暴力的に排除しようとするけれど、それに抵抗して妖魔が暴れるので、何人ものけが人が出ている。


「まずい、このままじゃ死人がでちゃう!」

 わたしが席から飛び出そうとしたところで、つきみに腕を押さえられる。

「待つのじゃ。わらわに任せよ」

 つきみは落ち着いて席を立つと、次の瞬間には悲鳴がぱたりと止み、お店の中の人間も妖魔も、ぐっすりと眠っていた。


「すごいわね」

 そらが感心しているのを横目に、わたしはつきみと一緒に眠っている妖魔たちを抱きかかえ、店の外へと連れていく。ひとまずは、妖魔と人間を離すのが先決だ。わたしたちが妖魔を全員外に出し終えたところで、つきみは彼らを起こした。

(ありがとう!)

 目が覚めた妖魔たちは、わたしたちにお礼を言って立ち去っていく。


 ここまでは無我夢中という感じだったけれど、ひとまず目の前の惨状が解決すると、わたしは落ち着きを取り戻していた。

「ええっと、とりあえず出口を探せばいいんだよね」

「そうね。何をするにしても、それが先決だと思うわ」

「あたしもそう思う」

 わたしたちは、この妖魔の領域の外を目指して、無人の街を歩いていった。




 ***




「ねえ、つきみ。いったい何が起きているの?」

 わたしたちは歩くにつれて、壊れたビルや、割れたガラスにいくつも出会った。遠くからは銃声も聞こえる。おそらくは、自衛隊と妖魔の戦闘が行われてしまったのだろう。けど、そもそもなぜ今の状況になったのかがわからない。


 つきみは最初は言い渋ったけれど、わたしがどうしても聞きたいとお願いしたら、やれやれといった顔で答えてくれた。

「もともと、人間の世界と妖魔の世界、二つの世界は表裏の関係で存在していたのじゃ。それぞれの世界で、地理的には同じ位置に人間も妖魔も暮らしておった。かつてはお互いに干渉しあうこともなく、平和に過ごしておったのじゃよ」


 つきみはそこで低い声で続けた。

「今、二つの世界は混ざり合っているのじゃ。それも、わらわが思っていたよりも急激に進んでおる。首都圏全体、いやこの日本全体にこの現象が広がるのも時間の問題じゃろうな」

「えっ!?それって、まずいんじゃないの?」

「そうじゃな。人間も妖魔も、自分の住処に突然見知らぬ、言葉も通じぬ奴が入り込んでくるのじゃ。当然、争いになるの」

「そんな!それじゃあどうしたらいいの!?」

 わたしは壊れた建物を見渡しながら途方に暮れる。このままでは、人間と妖魔の全面戦争が勃発する可能性が極めて高い。でも、どうしたらそれを止められるのかが思いつかない。


 そうして歩いていると、いくつかのけがをした妖魔たちが、路地の奥のほうでうずくまっているのが見えた。おそらく、人間に襲われたのだろう。そのケガを見た紅羽は、一歩前に出ると、自分の手の上に炎を出現させた。


「あたしが治すから、頑張って」

 そのまま紅羽は妖魔たちの傷口めがけて炎を投げつけていく。わたしは思わずあっという声を上げて止めようとしたけれど、つきみが押さえてくれた。

 炎に包まれた妖魔たちは、しかし熱くはないようで、暴れることもなくじっとしていた。すると、みるみるうちに傷が塞がり、自由に動き回れるようになった。わたしは感心して声を上げる。


「紅羽さん、すごい!こんなこともできるなんて!」

 わたしは紅羽をほめたつもりだったのに、なぜかみんなわたしを呆れた目で見ていたのだった。



 ケガが治った妖魔たちは、ついてこいというように前足を振って、わたしたちの向かう方向とは別の方向へと走っていく。

「ついてこい、ってことかな」

 わたしたちがその後を追っていくと、とあるビルの中に入った。その中は、見たことのない商品が並び、たくさんの妖魔が歩き回っているデパートであった。妖魔たちは買い物をしているように見えて、ここが妖魔の街であることは明らかだった。


「こんなところがあったなんて……」

 わたしは思わずつぶやいた。ここにある商品は、食べ物も服も本も、全部見慣れないながらも大型百貨店の商品として文句のないもので、文明を感じさせた。


「フェニたちの世界はこんな感じなんだね。初めて来たよ」

「本当に、いいところね」

 紅羽もそらも妖魔の街に来るのは初めてらしく、見たことのない品々に興味津々だ。


「なんなら、少し買い物をしてみるか?ここでは魔力で支払うことができるから、おぬしらならば好きなものを手に入れられるじゃろう」

 わたしたちがそわそわしているのに気づいて、つきみが教えてくれた。そういうわけでわたしたちはここまで連れてきてくれた妖魔たちに案内されながら、このデパートを回っていった。


「このなんとか焼き、よくわからないけどおいしいね!」

 わたしはフードコートのような場所でいくつか


 しばらく時間を忘れてデパートでショッピングを楽しんだわたしたちだったが、はっと現状を思い出して、名残惜しくもこの妖魔のデパートを去ることにした。ビルの入り口から出たところで、空から以前も出会った青い竜が降りてきた。


「わっ!」

 わたしたちが驚いて固まっていると、竜がわたしたちに話しかけてきた。もちろん、人間の言葉ではないけど、ここにいる人は全員理解できるから問題ない。

(由々しき事態だ。予想以上に境界の拡大が早い。来たるべき戦争に備えるためにも、早急に王を立てなければなるまい)

「そうじゃな。じゃが、妖魔をまとめ上げるだけでは被害は免れん。人間たちにも干渉していく必要があるじゃろう。わらわとしても計算外じゃ」

 つきみはわかったような顔をしてうなずいているけど、わたしにはさっぱりだ。わたしが尋ねると、つきみはわたしの目をじっと見つめて、とんでもないお願いをしてきた。


「かすみ、おぬしが妖魔と人間を統べる王になってはくれんか」

「いやいやいや!なんでいきなりそうなるの!?ほら、校長だって頑張ってくれてるんだよ!?」

 わたしはこの急展開についていけなくてなんとか拒否しようとしたけど、つきみは優しく諭してくる。

「できれば穏便にゆっくり人間側の戦意を失わせる予定じゃったが、それでは間に合わんのじゃ。こうなっては多少手荒な手段を用いてでも、人間を支配して戦争を回避させるべきじゃ。住んでいた場所から追い出すのは少々心苦しいが、これが一番犠牲を減らせる」


 今、すっごく不穏なワードが聞こえたんだけど。つまり、偉い人を脅して、強制的に妖魔と人間のすみ分けを行おうということらしい。確かにそうすれば戦争は回避できるかもしれないけど、それをわたしにやらせるなんて無謀ではないか。


「だったらどうしてわたしなの!?つきみでも、そらさんでもいいでしょ!?」

 わたしは必死に反論しようとしたけど、つきみだけでなく、周囲の妖魔たち、さらにはそら、紅羽、クロミまで、とても驚いた顔をした。

「かすみちゃんをよりも王にふさわしい人なんていないわ」

「あたしもそう思う」

(かすみ、僕がついているから、大丈夫だよ)


 こうして、わたしはほとんど押し付けられる形で、妖魔たちの王になってしまった。

「なに、わらわも手伝うからの。おぬしは大きく構えていればいいんじゃよ」

 つきみはそう言ってくれたけれど、わたしは今後の不安でいっぱいだった。


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