真相
「頭を冷やしてください、そらさん!」
わたしは水弾を魔法で撃ち、そらが校長を殺そうとしていたのを止める。そらの気持ちがわからないわけではないけど、殺人はダメだ。
「邪魔しないでくれるかしら?これは私と先生の問題よ」
そらは真っ赤な火の玉を放ってくる。わたしはそれを避けながら、そらを説得する。
「ダメです!真木先生は無知だっただけでしょう!?説明すれば、きっとわかってくれます!」
わたしはそらと校長のいる客間に跳び、そらに石化の魔法をかける。しかし、さすがというべきか、そらは石化の魔力に抗った。わたしとそらの間で、にらみ合いが起こる。
「あのっ、かすみさん、これはいったい……」
うみが、庭で目を覚ます。その姿を見たそらが目を見開き、放っていた殺気が薄れる。
「そらさん、妹さんの前で、人を殺したりなんかしないでください」
わたしのダメ押しに、そらは完全に落ち着きを取り戻す。
「……お茶を用意するわ。その部屋で待っていてちょうだい」
わたしはうみを連れて、校長とそらが話をしていた部屋に入る。割れた湯呑を片付けながら、わたしはそらが戻るのを待っていた。
***
校長が目を覚まし、つきみも入れて五人で話が始まる。重苦しい雰囲気の中最初に口を開いたのは、そらだった。
「単刀直入に言うわね。いますぐ妖魔を殺すのをやめなさい。過去のことは仕方がないにしても、未来のことは止められるわよね?」
そらは校長と目を合わせて言う。校長は、やはり理解できないように聞き返す。
「妖魔を殺さなければ、人間が殺されるだろう。そらはどうしろと言いたいんだ?」
「それで滅ぶなら、人間なんて滅べばいいのよ」
そらの極論の返答に、校長の顔が険しくなる。うみもわけがわからなくてあたふたしている。わたしはあわてて二人を止めた。
「そらさん、それは言い過ぎですよ!校長も、ちゃんと理由を聞いてください!」
「水瀬さん、あなたも妖魔の側につくのですか?一体どうして」
校長の意識がこっちに向く。そらはこれ幸いとわたしに説明を押し付けてくる。わたしはどう説明したものかと思いながら、ゆっくりと口を開いた。
「わたし、妖魔の言葉がわかるんです。たぶんそらさんも。だからわかるんですよ。妖魔たちだって、ただ殺されたくないだけなんです」
「……にわかには信じがたい。学園の魔法少女には、これまでそのような子はいなかった。それに、12年前、そらはそんな話をしたことはなかった」
「失踪したころにわかるようになったからだと思います。そうですよね、そらさん」
わたしが話を振ると、そらは苦い過去を思い出すように答えた。
「あの頃は、何も知らないまま妖魔を殺して、それが人のためになるだなんてうぬぼれていたのよ。でも、エヌの声が聞こえるようになって、それが間違いだったとわかったわ。
真実を理解した時は気が狂いそうになったわ。だって、私はすでに何十人もの妖魔を殺していたのだもの。耐え切れなくなって、どこかへ逃げてしまいたくなったのよ。それで雲隠れすることにしたの。
あのときは唯一の魔法少女だった私がいなくなれば、なんて思っていたけど、まさか先生に裏切られるなんてね」
当時中学生だった少女に、その事実は重すぎたのだろう。それはそうだ。彼女にとっては、人殺しを続けていた感覚に近いのだから。しかも、それを告白できる相手もいなかった。普通の人間なら、自殺を考えてもおかしくない。
話を聞いた校長は、しばらく天を仰いで、それからじっと目をつぶってから言った。
「……なるほど。筋は通っているし、主張は理解した。だが、妖魔が人間を襲うのならば、やはり何らかの対策は必要だ。無抵抗に殺されるべきだとは思わない」
わたしは、これ幸いと校長に提案する。
「それなら、わたしが穏便に解決します。妖魔のほうにも、人間側の方針を伝えて、なるべく争わないように言います。だから、人間が妖魔に危害を加えないように、校長は本部の人たちを説得してください。これならどうですか?」
その言葉に驚いた表情をした校長は、少し考え込んだあと、決断の表情で答える。
「学園のほうはその方針で動かすし、妖魔対策本部の人たちも可能な限り説得しよう。だが、反発も予想される。妖魔側にはそのように伝えてくれ」
そらもつきみも、その方針に異議を唱えない。わたしは了承の意を伝える。平和への道のりが、また一歩進められた。
最も緊迫する話題が終わって、場の雰囲気が和らいだところで、それまで黙っていたうみが声を上げた。
「あの、お姉ちゃんはどこにいるんですか?その人は誰ですか?」
***
うみは、そらのことを認識できていなかった。いや、正確には、”ここにいる中学生の見た目の少女が神宮寺そらであるということ”に関する認識がゆがめられていたというのが正しい。
わたしもよくはわからないけど、そらは対象の正体にたどり着けなくするような力を持っている。魔力のあるわたしには対抗できるけど、そうではない校長やうみにはどうしようもない。この力があるからこそ、校長たちはそらの居場所について一切の情報を得られなかったのだろう。
わたしは、みるにみかねてそらにお願いする。
「そらさん、うみさんとちゃんと話をしてあげてください。逃げずに、全部を」
「私にうみと話す資格なんてないわ。それに、あの子が本当の私の姿を見て、平気でいられると思う?」
「だからこそ、です。うみさんはそらさんがどうしていなくなったのか、その理由を知りたがってましたから」
そらはよくわからないという顔でこちらを見ているうみと、真剣に様子をうかがっている校長を見て、諦めがついたようにため息をついた。
そらが、かかっていた魔法を解く。その瞬間、うみと校長の目が大きく見開かれる。
「そらお姉ちゃん!?えっ!?嘘、なんで!?」
うみが声を上げて大混乱している一方で、校長は静かに驚愕している。そらの姿が全く成長していないことにも、それに気づくことができなかったことにも。
そらは、自分の口ではっきりと説明をした。
「驚いたわよね。私、魔法少女の力の影響で、成長が止まってしまったのよ。だからうみ、もうあなたの姉として暮らすことなんてできないわ。ごめんね」
それを聞いたうみは、大粒の涙をぽろぽろこぼしながらそらに抱き着いた。
「そんなの関係ない!お姉ちゃん、わたし、本当に心配してたんだよ!死んじゃったんじゃないかとか、嫌な想像ばっかり浮かんで……ねえ、これからは会えるんだよね?一緒に暮らすのは無理でも、たまに会うくらいはいいよね!?」
「こんなダメな姉でいいのなら、いくらでも会うわよ。いつでもこの神社に遊びに来ていいわ。だから、泣かないで」
そらは、自分より身長が大きくなった妹のうみの頭をよしよしとなでた。見た目は逆転していても、それは間違いなく姉妹の光景だった。
***
それからそらとうみは11年ぶりに姉妹で話をして、再会の喜びを分かち合っていた。そうしているとあっというまに夕方になったので、わたしたちは帰り支度を始める。
わたしは、見送りの準備をしているそらを見かけて、そっと話しかけた。
「そらさん、あなたが自分を責めることはないですって。だって、両親を妖魔に殺されたんでしょ?恨んで当然だと思います。だから、不幸なすれ違いが積み重なっただけですよ」
わたしは、そらを励まそうと言葉を紡ぐ。そらはわたしの心遣いを感じ取ったのか、下手な笑顔で答える。
「エヌと同じことを言うのね。あの子も私は悪くないって。ふふ、ねえ、かすみちゃん、今度また会いたいわ。そのときはエヌも紹介するわね」
「ぜひお願いします。わたしの契約相手も紹介しますから」
こうして、そらとの再会の約束をしたわたしは、彼女の生まれ育った神社の鳥居をくぐり、学園へと戻っていったのだった。
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