再会
(校長視点)
「彼女の居場所を見つけたというのは、本当ですか」
私は校長室で、生徒である水瀬かすみの報告を聞いた。
正直なところ、彼女、神宮寺そらがまだ東京にとどまっていたというのが驚きだった。なぜこれまで誰にも発見されずに過ごせたのか、それは謎だが、とにかくこの機会を逃すわけにはいかない。
早速私は週末の予定を空けて、彼女の妹である神宮寺うみとともに彼女の隠れ家に向かうことにした。場所さえ教えてくれれば構わないと言ったけれど、水瀬かすみとその友人の白金つきみは自分が案内すると言って譲らなかった。
なんとも不可解だが、とにかく、ようやくつかんだ手がかりだ。11年前に何があったのか、私は確かめなければならない。彼女が、どのような結末をたどったのかを。そして、あの手紙の意味を。
***
「こんなところに、本当に彼女が住んでいるのですか?」
来たる日、水瀬たちに案内されたのは、東京郊外の山奥であった。確かに多少道は整備されているものの、それでも山の中だ。東京で暮らしていた女子中学生が、このような場所で生活できるのだろうか。現に同行している彼女の妹、神宮寺うみは、山道を辛そうに歩いている。
私が質問しても、水瀬たちは「行けばわかる」としか答えない。生徒をむやみに疑うのは信条に反するが、それでも何か
しばらく歩いていると、石で作られた階段が見えてきた。それも、一段飛ばしができないくらいに幅が大きいものが、向きを変えつつ延々と続いている。
「えっと、うみさん。つらかったらわたしが背負いますよ?」
水瀬かすみは疲れ切った様子のうみを軽々と背負い、この急な石の階段を軽快に登っていく。自分より身長の高い相手を乗せながら、この生徒は苦もなく先々へ進んでいる。小川先生から聞いていたが、水瀬は想像以上に体力があるようだ。白金も水瀬のペースについていけているから、律速は私だ。
途中、休憩をはさみながら階段を登っていくと、曲がり角を曲がったところで2本の足で水平な2本の棒を支えるような構造の建築物が立っていた。門の一種かと思うが、それにしては通行の妨げになっていない。宗教的な意味合いがあるのだろうか?
その建築物はもともとは朱色に塗られていたようで、塗料の痕跡が残っていた。そして水平な棒の中央部分には板のようなものがあり、何やら解読不能な文字が記されていた。意味は分からないが、それを見ていると背筋が凍るような感触を覚えた。
「これは危険です。これが何かはわかりませんが、精神的な影響を及ぼしているように思われます。水瀬さん、本当にこの場所に神宮寺そらがいるのですか?」
私は水瀬かすみに尋ねる。しかし、水瀬は平坦な声で答えた。
「彼女はここにいますよ。間違いありません」
よく見ると、彼女が背負っていたうみは眠っていた。やはり、何らかの魔力的影響があると考えるのが妥当だ。そう思っていると、白金が私に
「ところで、おぬしにはあれが何に見えたのかの?」
私は、自分の持っている情報から導き出される仮説を答えた。
「あの建築物は、おそらくこの付近にいる妖魔を
「さすがじゃの」
私の考察に、白金が小さくつぶやく。だが、白金に引き返す意志はないようだ。
そこに、水瀬が建造物をくぐった先から呼びかけてくる。
「つきみ、あんまり校長をからかっちゃダメ。校長先生、早く行きましょう」
私が逡巡していると、白金が私の手を握って、階段の上へと引っ張っていった。
そこからしばらく登っていくと、再びあの二本足の宗教的モニュメントが立っていた。それをくぐりぬけた先には、やはり予測どおり祭祀場があった。
木材の骨組みを組み、その上に瓦が並んでいるその構造物は、一体どのような用途なのか。
ふと、正面から外れた方向の建物を見ると、細い木組みに紙が貼りつけられたような壁が動き、私の見知った、一人の少女の姿が見えるようになった。私の記憶のとおりの姿の、神宮寺そら、その人であった。彼女は特にケガなどもなく、健康なようで安心する。
「そら、会いたかったよ」
私が声をかけると、彼女は信じられないものを見たように驚いて、それから平静な表情に戻り、私を案内した。
「先生、久しぶりね」
***
そらは建物の雨風が防がれる部分に私を連れていくと、ちゃぶ台の上に、緑茶を
「元気そうでよかった。正直、そらがあの世に行ってしまったんじゃないかと心配していたんだ」
私が彼女の無事を喜ぶと、彼女も私に尋ねてくる。
「先生も健康でなによりね。うみは、元気にやっているかしら?」
「ああ。今は里親のもとで高校に通っている。そらは知らない人だろうけど、いい人たちだ」
「そう、それならよかったわ。あの子のことだけは気がかりだったの」
陶器の湯呑でお茶をすする彼女の姿は、どこか超然とした態度で、かつて一人で戦うことに苦しんでいた少女とは、見た目は同じなのに別人に見えた。
私は、うみの話に続いて、手紙にあったもう一つの事柄について彼女に話した。
「すまないが、『契約の指輪』を処分することはできなかった。そらがどういう意図でそうするように言ったのかはわからないが、妖魔に対抗する手段を確保するためには仕方なかった。許してくれ」
私が言い終わるのとほぼ同時に、カシャンと陶器が割れる音がした。そらが、持っていた湯呑を握りつぶしたのだと、わかったときには遅かった。
「魔法少女に、妖魔を殺させたとでも言うのかしら?」
彼女は、凄みのある低い声で言った。私は彼女に対して得体のしれない恐怖を覚えつつも、必死に弁解する。
「仕方ないだろう!そうしなければ、街に大きな被害を出すのは避けられない。あの頃必死に妖魔と戦っていたそらなら、それはわかっているだろう!?」
しかし、私が口を開くたびに、彼女の表情は険しくなっていく。
「この場所も、作り出した魔法少女に言って調べさせたのね」
「どうしてそれを……!?」
彼女が私を睨んだかと思うと、次の瞬間には、私は地面に押し倒されていた。女子中学生の体格なのに、片腕で押さえつけられただけで私は起き上がれなくなった。彼女は、私の首元に、そのきれいな爪を押し当てる。
「こんなことになるのなら、先生を、いえ、先生の研究に関わった人すべて、殺しておくんだったわ。私が情けをかけたせいで、何千もの妖魔が犠牲になっていたなんて、失敗よね」
彼女は
「頭を冷やしてください、そらさん!」
突然、冷たい水がかかったかと思うと、水瀬かすみが水の塊をいくつも浮かべているのが見えた。
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