失踪
「つきみ、この機会に本格的にこれからのことを考えたいの」
わたしは、寮の自室でつきみにまじめな話をしていた。
現在、学園は一週間の休校中である。どうしてそうなったかといえば、あの教会での事件が大いに関係している。あの誘拐犯たちの目的は、学園関係者を脅して機密情報を奪うことだったのだ。彼らの組織は巨大で、今も捜査は続いている。
そんな状況で、新たに人質を作らないようにするのは当然だ。外出禁止はさらに厳しくなり、風見先輩たち逃げていた生徒も全員が連れ戻された。今は寮にも監視の警備員が常駐している。これではさすがにこっそりと抜け出すのも気が引ける。
そんなわけで何か活動できるわけでもないわたしは、これまで後回しにしてきたこと、すなわち、どうやったら妖魔と人間との戦争を止められるか、を相談することにしたのだ。
つきみは、わたしの話を聞いて、じっと考えて答えてくれる。
「おぬしが焦るほど、状況は悪くなってはおらん。最近は妖魔と人間の接触も減っておるし、わずかな手負いの妖魔も保護できておる。おぬしが竜に伝えてくれたおかげで、むやみに人間を襲うようなこともないはずじゃ」
つきみが言うには、現状は、どちらにもほとんど被害が出ていないらしい。それを聞いてすこし安堵したところで、つきみが続ける。
「じゃが、これからのことを考えると、人間たちのリーダーに働きかける必要がありそうじゃ。おぬしには議員やら大臣やらの知り合いはおらんのか?」
「ふつういないよ、そんなの」
反射的に答えてしまったけど、わたしは知っている人を一人一人思い浮かべる。とはいえ、わたしは施設育ちなので、普通の人以上に交流関係が少ない。
「朝日記者、はダメでしょ?協力できる気がしないし。紅羽はお客さんとしてそういう偉い人に会っているかもしれないけど、そのつながりだと難しいよね。あとは……校長?」
よくよく考えてみると、校長はかなり立派な地位にいそうだ。というか、妖魔対策本部に出入りしていた気がする。それなら、人間の対妖魔政策に関して発言権があってもおかしくない。
「あの校長か。悪くないの。なら、早速篭絡するとしょうかの」
「わたしのときみたいにやりすぎたりしないでよ!?」
楽しそうに部屋を出ていくつきみを、わたしはやれやれという顔で追いかけた。
***
「それで、用件は何でしょうか」
校長室にアポなし訪問をしたわたしたちは、追い返されることもなく、丁寧にもてなされた。備え付けの紅茶をふるまわれて、客人扱いだ。
「これからの、妖魔との戦いはどうなるのか、気になったんです」
わたしは、建前として戦いに不安を感じる1年生という体で話をする。実際、クラスメイトの間でも、変身が命を削ると聞いて怖気づいている人は多い。この切り口なら、いきなり警戒されることはないはずだ。
「有志の魔法少女で対処できれば一番ですが……無理強いをするつもりはありません。場合によっては、自衛隊の通常兵器による対応をすることになるでしょう」
校長が言うには、妖魔であっても、対戦車兵器を用いれば殺すことは可能だそうだ。もっとも、市街地でそんなものを使えば、周囲への被害は大きいけれど。つきみにテレパシーで聞いてみると、嘘ではないらしい。
「被害がないときは、避難誘導を優先したほうがいいんじゃないでしょうか」
わたしが校長を説得しようとしたとき、校長室にひとりの少女が入室してきた。高校生くらいの見た目のその少女には見覚えがある。先日、教会の地下室で人質にされていた人だ。
「真木先生、お姉ちゃんはまだ見つかってないんですか?」
「うみ、少し待ってください。お客さんが来ていますから」
うみと呼ばれたその少女は、はっとわたしのほうを見て、そしてきらきらと尊敬のまなざしで言った。
「この前は助けてくれて、本当にありがとうございます!あっ、お話の最中でしたよね!ごめんなさい、邪魔しちゃいました」
わたしは、そのままいったん部屋を立ち去ろうとしたうみを引き留める。姉が行方不明と聞いて、黙ってはいられなかったのだ。
「わたしにも話を聞かせてくれませんか?その、お姉さんについて」
うみが説明してくれた話の概要はこうだ。11年前、うみの姉である神宮寺そらという少女が、突然行方をくらませた。当時学校で教育実習生をしていた真木先生(今の真木校長)に妹のうみを託して、失踪してしまったらしい。警察も必死に調べたそうだが、痕跡ひとつ見つけられなかったそうだ。
「わたし、誘拐されて初めて思い至ったんです。もしかして、お姉ちゃんは誰かに誘拐されたんじゃないかって」
うみは校長に必死に訴えかけるが、校長は「それはない」とあっさり否定した。
「どうしてそう言い切れるんですか!?」
うみが校長を詰めると、校長は当たり前の顔で答えた。
「彼女は、神宮寺そらは魔法少女だからですよ」
***
「結局、引き受けちゃったけど、どうやって探そう……」
わたしは、うみの姉である神宮寺そらの写真を手に、寮でつきみと悩んでいた。
校長によると、そらは本当にある日突然いなくなったそうで、手がかりになりそうなものがひとつもない。失踪直後は写真つきのポスターを使って広い範囲を調べたけど、目撃情報はなかったそうだ。下手したら海外にいるのではないか、というのが校長の弁だ。
「なに、魔法少女なら、魔力を調べれば見つけられるじゃろうて。変身すればすぐじゃよ」
「人探しで変身するのはなんか嫌だよ」
つきみの提案は奥の手として取っておきたい。さすがに変身して調べて行けば、この地球上のどこに隠れようとも見つけることはできるだろうけど、かわりに甚大な被害が出かねない。それに、もしそらが死んでしまっていたら、どんな手段を使っても見つからないかもしれない。
「ひとまずは東京近辺を探してみよう。それで見つからなかったら、またそのとき考えよう」
わたしは何の解決にもなっていない計画を立てて、今日は早めに寝ることにした。
***
それからすぐに、学園の外出禁止令は解かれた。あの誘拐犯たちの仲間は全員捕まったようで一安心だけど、彼らが情報を売っていた相手は証拠不十分で捕まえられなかったらしい。そのせいで、例の市民団体なんかは今も活動を続けている。
この長い休校期間で、学園のシステムも大きく変わった。もともとの魔法少女の戦闘訓練所としての役割は大きく失われ、普通の中学校と同じような教育が行われることになった。さすがに、魔法少女の戦意が大きく損なわれた現状で元のカリキュラムを行うのは無理だし、それに対外的にも中学生としての教育を行う必要があったようだ。
その大改革によって、半分ほどの生徒は寮を離れて自宅に戻った。だけど、わたしの生活はほとんど変わらない。そもそも1年生でいろいろと例外的だったからで、上級生はカリキュラムの変更の影響を受けているみたいだ。
「かすみ。変身したら寿命が縮むって、校長が言ってた。そんなの聞いてないよ!それじゃあ、どうやって妖魔と戦ったらいいの!?」
「戦わなかったらいいんじゃない?校長先生も、無理に戦わせたりはしないって言ってたよ」
教室で、風花がわたしにすがるように言ってきたので、わたしは戦う気がなくなるように答えた。この調子で、魔法少女が妖魔を殺さないようになってくれたらうれしい。
わたしの答えに風花がぶつぶつ文句を言っているのを聞いていると、クロミの声が聞こえた。
(あの子、探していた子だよね?)
拡張された視界には、学園の中に入っていく少女の姿が映っていた。その姿は、写真で見た、11年前の神宮寺そらのものと同じだった。
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