救出

(ねえ、どういうこと?わたし、変身したせいで寿命が削れちゃったの?)

 校長によって明かされた真実を知ったわたしは、たまらずつきみにテレパシーを飛ばした。つきみは、わたしを安心させるようにゆっくりと説明する。


(いや、おぬしには関係のない話じゃよ。あのユニコーンの娘の指輪を見たときから、予想はついていたがの)

 学園の地下で暴れて、最終的に指輪に封印を施された、魔法少女ピンクユニコーン。彼女の一件で、つきみはあることに気が付いたらしい。


(そもそも、魔法少女の指輪は契約の際に、魔力を安定させるために生み出されるものじゃ。当然、その魔力回路は個人に合わせたものになる。じゃからおぬしや紅羽は変身によって体に負担がかかることはない。逆に寿命が延びることはあってもの)

(わたしや紅羽は大丈夫なら、なんでほかの魔法少女たち、風見先輩や風花はダメなの?)

 つきみの理論は感覚的にも正しいと思えるけど、それだけでは校長の言葉の説明がつかない。


(じゃが、すでに魔力回路の刻まれた指輪を使って契約を結ぶ場合は別じゃ。いびつな形で結ばれた契約は、双方にとって大きな負担となる。妖魔は指輪の外にほとんど干渉することができんし、魔法少女は身の丈に合わんほどの魔力を必要とするのじゃよ)

 確かに、学園で配られた『契約の指輪』には模様が刻んであった。わたしの分はクロミと契約したときに上書きされたけど、ほかのみんなの分はあの模様のまま使われているということか。だから、みんなは契約した妖魔と会話したり、遊んだりすることができないのかと、いまさらながら腑に落ちた。


(魔力が足りんのならば、妖魔か人間か、どちらかが身を削るしかあるまい。そして学園にかき集められた小娘たちより、妖魔のほうが優位なのは道理じゃろう)

 亜美先輩は、ユニコーンの妖魔に体を乗っ取られそうになっていた。さすがにそこまではいかなくとも、魔力の負担を弱いほう、人間側に押し付けることはできる。


 原理がわかったところで、わたしは対処法をつきみに尋ねる。

(それじゃあ、どうしたらいいの?早死にしちゃうなんて、かわいそうだよ)

(なに、力を使わんかったらいいだけじゃ。あの校長も理解しておったから、気にすることはなかろう。それに、一日二日で影響が見えるくらいに寿命が減るわけでもないのじゃ)

(そっか。それならよかった)


 つきみのおかげで心配が薄れたわたしは、ビルが減ってすこし開けた場所にある小さな教会に入っていった。




 ***




「誰もいないね」

「しゅっ」

 一人くらいは礼拝に来た人がいてもいいと思っていたけど、教会の中は無人だった。2階のほうには鍵がかかっていたので、わたしは礼拝室を見回っていた。


「そういえば、つきみと会った場所はこんな感じだったね」

 つきみと初めて出会ったころのわたしは、わけもなく妖魔のことを敵視していて、つきみのちょっとしたいたずらにも恐怖を覚えていた。そのことを思い出して、ちょっと恥ずかしくなる。


 わたしは、なんとなくあのときのように、ベンチに花の幻を作ってみる。つきみならもっとうまくできるのだろうけど、わたしの力では細部があやふやになっていた。


「はあ、やっぱりつきみはすごいね」

 精神すらも支配するような幻覚の力だけではない。知識も、行動力も、わたしとは大違いだ。つきみから借りた力で同じようにしようとしても、わたしではうまくいかない。


(かすみだってすごいよ)

 わたしが悲観していると、クロミがわたしを励ましてくれる。ちろちろと舌を出して、わたしのほっぺを舐めまわしてくる。それがとてもくすぐったくて、悩みが頭から吹き飛んだ。元気づけてくれたお礼に、わたしはクロミの頭から背中まで、丁寧になでてあげた。


 そうして歩いていると、わたしはカーペットの外に足を踏みだした。そのとき、ちょっとだけ、足音がおかしかったように聞こえた。

「あれ?」


 わたしは音を確かめるように床を叩く。やっぱり、響き方が普通じゃない。

「地下室?でも、地下への階段なんてなかったよね?」

 わたしが不審に思っていると、クロミがわたしをひとつのベンチのところに連れていく。調べてみると、ベンチの裏側に、地下へと続く隠し扉がついていた。


「ここって……」

 わたしは、おそるおそるその隠し扉から地下への階段を降りていく。電気はついていなくて、入り口から差し込む光も届かない、真っ暗闇の中を、わたしは進む。

 階段を降り切った先には、鋼鉄の扉が固く閉ざされていて、侵入者を妨げていた。わたしは、クロミとわたしの分身たる黒い液体の蛇を扉に這わせて、その扉を溶かしていく。


 鉄の扉の先にあった地下室は、木製の扉を挟んでいくつかの小部屋に繋がっていた。そのうちの一つは開いていて、明かりはついていないけれど、その中に何丁もの銃が保管されているのが見えた。


「何か、聞こえる」

 その小部屋の一つから、わたしはくぐもった声をかすかに感じ取った。注意深く聞いてみると、誰かのうめき声のようにも聞こえる。一体この秘密の地下室で何が行われているのか。わたしは、その声のする扉をゆっくりと開ける。


(えっ!)

 その部屋を覗き込むと、銃を持った男たちに囲まれて、何人もの人が縛られているのが見えた。縛られた被害者たちは目隠しと足かせをつけられていて、さらに手錠で壁に繋がれていた。被害者の多くは子供で、半分ほどは意識がないように見える。誰がどう見ても、組織的誘拐事件の現場だ。


 わたしは、スマホから警察に通報しようとしたけど、この場所は圏外だった。

(どうしよう……)

 いったんここから離れようと一歩動いた瞬間、足元にあった小さな石ころを蹴飛ばしてしまう。運の悪いことに、その石ころは扉に当たって、こつんと音を立てた。




 ***




「誰だ!」

 部屋の中にいた誘拐犯の男が声を上げる。わたしが驚いて固まっているうちに、その男は扉を開けて、わたしに銃弾を発砲してきた。わたしは放たれた弾丸を避けるように部屋の中へと走る。このまま逃げれば、あの人たちはきっと殺されちゃう。


「動くな!こいつがどうなってもいいのか?」

 しかし、誘拐犯の一人が誘拐された少女に銃を向けた。その脅迫に、わたしは立ち止まらざるを得なかった。その直後、わたしは誘拐犯たちに囲まれ、銃口が一斉にこちらを向いた。


「ふん、学園から送り込まれた魔法少女か。だが、変身もしていないとは油断しすぎだな」

 誘拐犯のリーダー格の男が、わたしを見下して言う。その後ろでは、二人の男が人質の少女に銃を向けている。


「お前にここを調べさせたのは誰だ?答えなければ、あの子の命はない」

 わたしは、敵意がないことを示すがごとく両手を上げながら、ゆっくりと答える。

「わたしが、個人的に調べていたことです。学園は関係ありません」

 その答えに意表を突かれたのか、リーダーの男は一瞬、わたしから気をそらした。


(今!)

 作り出した水の弾丸が、少女に向けられた二丁の銃を撃ち落とす。その瞬間、誘拐犯たちのすべての視線が、わたしに集まってくる。


 わたしは自分の瞳に力を込めて、じっとリーダーの男を睨む。銃口をわたしに向けようとしていた動きが、ぴたっと止まる。周囲では、ほかの誘拐犯たちも、同じように固まっていた。




 ***




(クロミ、ありがとう)

 誘拐犯たちをみんな固めたところで、わたしは腕輪に擬態していたクロミをなでてあげた。今回の功労者はクロミだ。わたしがリーダーの男一人を石に変えている間に、残りの男たちを石化してくれたのだから。


 実際のところ、わたしは銃を向けられたところで、自分でもびっくりするくらい怖くなかった。わたしが恐れていたのは、人質の女の子が殺されちゃうことだけだった。

 だから、わたしは一瞬の隙をついて、人質に向けられていた銃を、魔法の水弾で狙ったのだ。人質さえ無事なら、わたしのほうはどうにでもできる自信があった。


 わたしは、念のため石と化した誘拐犯たちの手から銃を回収して、それから誘拐された人々の手錠を魔法の水刃で切断した。そして、彼らの目隠しを外す。すると、人質になっていた少女が、土下座してわたしに感謝を示した。


「あっ、あのっ!助けてくれて、ありがとうございました!本当に、怖かった……!」

 顔を上げた彼女が石化した誘拐犯に表情を引きつらせるのを見て、わたしはちょっぴり失敗したなと思った。




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