封殺

「神宮寺そら、お前には先日の首相脅迫に関わった容疑がかけられている。署までご同行願おうか」

 怖い顔をした刑事がそらに言う。しかし、そらはより険しい表情で刑事を睨みつけると、はっきりと断った。


「拒否するわ。無関係なうみの自宅を荒らすような蛮族に、どうして従わなければならないのかしら?」

 その言葉を受けて、刑事たちははっきりと怒りを表す。一触即発の雰囲気の中、そらがひそかにわたしたちに告げた。


「うみをお願い。ベッドで寝かせてあげて」

 その言葉を受けて、つきみがうみを抱きかかえてそっと家の中に入っていく。うみは眠らされていて、刑事たちは幻覚を受けているから、それを見て騒ぐ者はいない。

 うみが安全な場所に移動したところで、そらは怒りを隠さないどすの利いた声で言った。


「今すぐにこの家を元通りに片付けて、今後一切うみには手を出すな。そうすれば、今回の件は許してあげるわ」

「おいおい、俺たちを脅す気か?ずいぶんと警察も舐められたもんだ」


 そらが一歩、一歩と刑事たちに近づいていく。警官たちが拳銃を向けてもそらの歩みは止まらず、うっすら笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩いていく。

 そして極限の緊張の中、刑事はまるで動くタイミングを忘れたかのように微動だにせず、そのままそらによって胸倉をつかまれた。


「私は優しいからもう一度だけチャンスをあげるわ。銃を捨てて、このままこの家から立ち去りなさい」

 そらが拳銃を構えたまま動かない警官たちを見渡しながら告げた。警官たちはぽとり、ぽとりと拳銃を落として、わたしのそばを通って走り去っていく。それを見てそらは刑事を解放した。


「何を逃げようとしているの?あなたは後始末を済ませてから帰りなさい。さもなくば殺すわ」

 そらの言葉にも耳を傾けず、刑事はスマホをでたらめに叩きながらこの家を飛び出して、そのまま正面の塀を乗り越えて、真っ逆さまに落ちていった。地上には赤い血が流れ、米粒のような野次馬が集まっているのが見えた。


「ねえ、やりすぎじゃない?」

 わたしはそらに言った。正直、刑事を殺したのはやりすぎだと思う。そらの力で認識を歪められて、自分から飛び降りるように仕向けるなんて、相当えぐい殺し方だ。いくらあの刑事が聞く耳を持たなかったからといって、あそこまでやる必要はなかったのではないだろうか。


「うみに危害が及んで、私は今はらわたが煮えくり返るような心情なの。残りの警官を逃がしてあげただけでも、理性的だとほめてほしいわ」

 そらのその声は怒りに震えていて、今にも爆発しそうであった。その努めて平静を保とうとしている表情を見たわたしは、そらを責める気にはなれなかった。わたしだって、そらの状況に置かれたら我慢できないだろうから。


 わたしたちが無言で散らかった部屋を片付けていると、つきみが戻ってきた。

「いいニュースと悪いニュースがあるのじゃが、どちらから聞きたいかの?」

 尋ねられたそらは、いいニュースのほうから聞きたいと答えた。それに対してつきみが述べる。


「まず、この部屋以外はきっちり片付けておいたのじゃ。盗まれていたものは、といってもこの日記くらいじゃが、すべて取り返したのじゃ。うみはこの騒動を覚えてはおらんじゃろうから、元通りの生活を送れるじゃろう」

 それを聞いてひとまずほっと息を吐いたそらだったが、日記が押収されたという言葉に警戒感を見せた。


「日記?どうしてそんなものを持って行こうとしたのかしら?」

「おぬしのことをきやつらは調べておったようじゃ。どうも、きやつらはおぬしが、妖魔出現の黒幕だと考えておるようじゃな。そして悪いニュースじゃが、その日記の内容がすでにマスコミに流出しておるようなのじゃ」


 つきみの説明を聞いて慌ててネットを調べてみると、どうやらネット版の大手新聞社の記事として、「真木博士を唆した魔法少女の正体!」といった感じの見出しが並んでいた。これはまだ速報版で大した情報は載っていないものの、これからあることないこと書かれ、そらの妹であるうみに記者が詰め寄せることは火を見るよりも明らかだろう。

 当然、そらもそう思ったようで、スマホを持つ手が震えていた。ぐっと顔を上げて、ベランダのほうへとずんずん歩いていく。


「私、やっぱり抑えられそうにないわ。うみに群がる下衆どもを見て見ぬふりなんてできないもの。エヌ、行くわよ」

「ちょっと待って!警察官とか、記者さんとか、皆殺しにするつもりなの!?それはダメだよ!」

「安心して、かすみちゃん。牙を抜いてくるだけよ。二度と私たちにみついてくることがないように、ね」


 高層階のベランダには強い風が吹いていて、夕日はビル街の奥へ沈もうとしていた。空にはちぎったようないびつな形の雲が紫色の領域を広げていて、オレンジ色の空を覆いつくそうとしていた。


「エンゲージ」

 そらの言葉に、飛んできたキメラの妖魔のエヌの体が虹色の光となって、そらと一体化していく。そして、光の中から現れたそらの姿は、11年前の写真に残るそれとは大きく異なっていた。

 明るいピンク色だったコスチュームは、暗い青紫色へと変わり、そして新たに歪な形の片翼が加わっていた。しかし、もっとも大きな違いは、そらの姿を覆い隠すようにブロック状のノイズが発生し、それが伝染するようにそらの周りに広がっていることである。まるで、そこだけがサイバー空間に変貌したように、とても異質な空間が生み出されていた。


 変身したそらは、片方しかない翼でこの街の空を滑空し、テレビ局の本社ビルに向けて、ブロックノイズの塊を放った。すると、ビルはみるみるうちにノイズの中に飲み込まれ、中にいた人間はみな個性のないノイズの塊へと変貌していた。


「ええっ!?あれ、大丈夫なの!?」

 そらを追いかけていたわたしと紅羽は、その光景を見て不安になった。しかしつきみはなんともないという顔で説明してくれる。


「あれはそうとう溜めこんでおったな。なに、ちょっぴり記事の内容が理解できなくなるのと、あやつらが人間扱いされなくなるだけじゃろう。死ぬことはない」

 それは大丈夫ではないと思う。詳しく説明してくれたことによると、あのノイズに飲み込まれたものは情報が攪乱かくらんされ、中身を理解できなくなるそうだ。わたしたちは魔法少女だからあのノイズが見えているけれど、普通の人間にはそれさえ見えないようだ。

 実際、ノイズまみれののっぺらぼう記者が通行人に話しかけているけれど、まるで犬が吠えているだけかのようにスルーされていた。わかっているわたしには奇妙な光景だけど、通行人は誰ひとりとして疑問を持たない。


「そらさんってすごいんだね」

 わたしが感心していると、紅羽にツッコまれた。

「いや、かすみのほうがヤバいから」




 ***




 結局、そらはマスメディア、警察、公安なんかをノイズの海に沈めて、ついでにうみの家に彼らがやってこないように魔法で細工をしていた。結果として、学園に侵入してくる記者もいなくなった。どうやら、学園内にいるだけで犯罪者扱いされるようになったみたいだ。


「まあ、結果だけ見れば大成功なんだろうけど……」

 しかし、代償としてテレビの半分以上がブロックノイズに隠されるようになってしまった。今日はついに国会中継にまでノイズが現れる始末だ。


「テレビが見れないのは困るね」

 マスメディアが機能不全に陥る中、約束の1週間が経過していた。



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