終末

「わたし、やりすぎちゃったかな!?」

「まあ、世界は平和になったのじゃ。悪いことではなかろう」

 結局、わたしは世界の大半の国々に乗り込み、服従させてしまった。半日もかからなかった。おかげで、我に返ったときには自分のしでかしたことの重大さに頭を抱えることになってしまった。


「いや、法律とか、感情とか、いろいろ無視してわたしの命令に従っちゃうんだよ?明らかに釣り合ってないよね!?」

「おぬしは妖魔の王であり、人間の王になっただけじゃ。何も問題ないじゃろう」

 つきみは大したことがないようにいうけれど、実態は世界征服である。わたしは徳治政治を行う王ではなく、力で言うことを聞かせる魔王だ。いずれ勇者が現れて倒されるような悪者ではないか。

 わたしが不満げにほほを膨らませていると、つきみが諭すように言った。


「なに、統治など他人に任せればよかろう。おぬしはただこの平和を維持すればよいのじゃ。人間を従える力など、そのための手段にすぎぬ」

 そう言われてみると、ちょっと気が楽になった。確かに、わたしがやらかしたおかげで世界から戦争がなくなった。この状態を維持するためだけに使うのならば、この権力もそこまでひどいものではないのかもしれない。


 そうしていると、ベランダから変身した紅羽が入ってきた。紅羽は真っ赤な装束に身を包み、大きな羽を生やした姿で、めらめらと炎を伴った髪を携えていた。彼女の体温は暖炉のように温かく、とても癒される感覚があった。

「なんとか妖魔たちの受けた傷は全員分回復できたよ。爆心地の近くをかすみやつきみが守ってくれたから、予想以上に被害は少なかったみたい」


 紅羽は魔法少女としての能力で、瀕死の妖魔たちの命を救ってくれていたようだ。妖魔は人間と比べれば耐久力が高い。壊れたビルの数に比べて死者が少ないと聞いて、わたしはちょっと安堵した。


「よかった。思ってたよりも助かったんだね」

「でも、家がかなり壊れちゃったから、再建するのは大変だろうね」

「そうだね。わたし、手伝いに行くよ」

 わたしはささっと駆け出して、爆発の被害を受けた場所へと向かっていく。空を飛んでいた紅羽と同じくらいの時間で、わたしは妖魔たちが集まっている建築現場に到着した。


「おお、かすみ様!」

 わたしの姿を見るや否や、工事監督の妖魔が目を輝かせてわたしに頭を下げた。まるで神様か何かを見たような態度だ。でも、わたしにはこの様子に心当たりがある。

 わたしがつきみとの変身を解いた際、体にたまっていた膨大な魔力が逆流してくるような感覚がはっきりと感じられた。おかげでわたしは乗り物よりも速い身体能力を得てしまったし、出会った相手の心を勝手に覗けるようになったのだ。多分寿命もなくなったと思う。


「あの、何か助けになれることはありませんか?」

 わたしが頭を下げたまま動かない妖魔に尋ねると、彼はとても畏れ多いと固辞した。それがあまりにもかたくななので、わたしはどうしていいかわからず戸惑ってしまう。


「えっと、ビルの形だけでも作ったりしたら迷惑ですか?」

「とんでもございません!かすみ様のなすことが迷惑になどなりえません」

 わたしが提案しても、妖魔はこんな調子で具体的な答えを返してはくれない。そんな様子を見るに見かねて、紅羽が助けてくれた。


「かすみ、あたしはぎりぎり抵抗できているけれど、かすみを見ると雲の上の存在に思えてしまう感じで、心を明け渡したくなって仕方がなくなるんだ。だから相手に求めることがあるなら、命令してあげなよ」

「えっ、じゃあ、わたしに復興の手伝いをさせなさい!」

 わたしが思い切って命令してみると、今度は妖魔のほうから申し出てくれた。

「実は、建築用の資材が不足しているのです。かすみ様、よろしければ、建材を確保してはいただけませんか?」

「黒蛇を変形させれば、今すぐにでも準備できますね」


 わたしはクロミと変身して、真っ黒なコスチュームに身を包んだ。すると、更地になった場所の地面が黒く波打ち、そこから無数の黒い蛇が湧き出してくる。蛇たちは建設中のビルの壁を這い上がり、次の瞬間には爆弾が落とされる前のような街並みが復活していた。


 街が再生する過程で、わたしはちょうど教会の中に立っていて、まだガラスのはまっていない窓から差し込む光が、真っ黒な装束を着たわたしを神々しく照らしていた。


「ねえ、やっぱりわたし、一線を越えてしまったんじゃないかな。もう、普通に人間としては暮らせないよ」

 わたしは虚空に向かってつぶやく。すると、真っ白な狐耳のつきみが窓から飛び込んできて、そのつぶやきに答えた。


「おぬしは妖魔の領域で過ごすことにしたのじゃから、人間の暮らしができずとも構わぬじゃろうて」

「そうだけどさ、妖魔の暮らしもできないんだよ?」

「何を言っておるのじゃ。わらわと一緒には暮らせぬというのか?」

 つきみはからかうような口調でそう言ったあと、わたしのほっぺたに軽く口づけをした。突然の行動に、わたしのほほが熱くなるのを感じる。


「わらわとて妖魔じゃ。そのわらわが愛する者が、同じ屋根の下で暮らすことになんの不都合があるのじゃ?有象無象の反応なぞ関係なかろう」

 つきみが大真面目にそう告げたのに対して、わたしは羞恥で顔を覆った。でも、そのおかげで、なんだか吹っ切れた。

 そうだ。つきみもクロミもいるじゃないか。みんなが平和に過ごせて、わたしはつきみとクロミと一緒にいられて、何が問題なのだろう。そう思うと、なんだかおかしくなって笑ってしまった。


「ねえ、つきみ。わたしを愛してるってその言葉、本当?」

 わたしはすっかり落ち着いて、つきみに意地悪そうに尋ねた。

「もちろんじゃよ」

「なら、病めるときも健やかなるときも、永遠の愛を誓える?」

「おぬしが不老となったのと同じく、わらわも不滅の存在となった。じゃから、死が二人を分かつことなぞない。文字通りの永遠を誓おう」


 つきみのその言葉を聞いて、わたしはちゅっとつきみのくちびるにキスをした。突然だったので、今度はつきみが顔を赤くしてうろたえた。

「ふふっ、これは仕返し。これからもずっとよろしくね、つきみ」

 わたしはつきみの手を握って、太陽のまぶしい東京の街に駆け出していった。



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魔法少女は妖魔を救いたい @YoshiAlg

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