破滅
それから数日が経過した。東京は完全に妖魔の領域に変わり、妖魔による社会生活が行われるようになった。といっても、姿形が違うだけで人間の暮らしと本質的な違いはない。普通に経済は回っているし、娯楽もある。昨日もわたしはサーカスを見て楽しんだ。
妖魔たちの生活は本当に日常という感じで、ずっと昔からこの風景はあったのだと自然に思えた。学校には子供の妖魔たちが集まり、今日も元気に遊んでいる。
「意外と妖魔の世界も文化的なんだね」
「当たり前じゃ。数でこそ人間に劣るものの、社会の高度さにおいては人間に
そんなわけで、わたしはただひとり人間としてこの妖魔の街に暮らしているのだけど、特に困ったことはない。むしろ、この光景を守れたことへの誇らしさが日に日に増している。
結局、ほかの魔法少女は近くの人間の街まで移動させた。現在も人間の領域と妖魔の領域の境界線ではにらみ合いがあるみたいだけど、わたしの分身たる黒蛇が監視しているので、衝突は回避できている。
「今夜は何を食べようかな?」
わたしが妖魔の市場で見たことのない食材を漁っていると、つきみが突然慌てたように叫んだ。
「伏せるのじゃ!」
その声に従って頭を下げると、次の瞬間、目が焼けるような閃光が視界を覆った。ビルの窓ガラスが一気に割れる。強い衝撃が走る。わたしはとっさに黒蛇を集めて溶かし、タールのような液体の中に身を潜めた。
その直後、鉄を溶かすような高温の爆風が流れ込み、鉄筋コンクリートのビルが次々に崩壊していった。何も見えない真っ黒な液体の中で、わたしはひとつ、またひとつ落ちてくる瓦礫の感覚を感じていた。
爆風が過ぎ去ると、残っていたのは更地になった東京の街であった。超高層ビルの立ち並ぶ街並みの面影は残っておらず、だだっ広い廃墟があるだけだった。わたしの作り出した液体の防壁の中にいた者は助かったけれど、それ以外の者は、少なくとも半径1km圏内は全滅だろう。
「ひどい……」
その惨状に、わたしの中でふつふつと怒りが込み上げてきた。妖魔たちはただ普通に暮らしたいだけなのに、どうして殺されなければならないのか。ミサイルを撃ち込んで無垢な妖魔たちを殺すなんて、人間のほうがよっぽど邪悪だ。
わたしはいてもたってもいられずに走り出そうとする。それをつきみが止めた。
「放してよ、つきみ」
「別におぬしを止めるつもりはない。じゃが、おぬし一人で背負うことでもなかろう。少し落ち着くのじゃ」
そう言うつきみの瞳も、これまで見たことのないほど憤怒に満ちていた。瓦礫の向こうの海を睨みながら、静かに怒りを募らせていた。
「そうだね。つきみも一緒だよね。この惨劇をもたらした人間が許せないのは」
「ああ、そうじゃ。やつらに報復して、一泡吹かせてやるのじゃ」
わたしはつきみと手をつないだ。とても心強くて、どんなことでもできそうな気がする。
「エンゲージ」
わたしが一歩進むたびに、白い光がわたしを包み込み、わたしの姿を変えていく。純白のコスチュームがひらひらと風にたなびき、狐の耳と複数のしっぽが、つきみの感じる世界を伝えてくれる。そんなわたしたちを歓迎するように、空には虹がかかり、雨が降り注いでいた。
恵みの雨は、壊れたビルの瓦礫を跡形もなく消し去り、同時に傷ついた妖魔たちを癒していく。それを聞き届けたわたしは、優雅に、しかし風のように速く、海の上を歩いていった。
***
太平洋を渡り、北米大陸を横断するのにさほど時間はかからなかった。雲のない空から流れ落ちる雨は、この地に住む人間の意識を奪っていく。
ミサイルを発射した犯人のいる白い家に入ったわたしは、この国の大統領と対面した。
「あなたが妖魔たちを殺した黒幕だよね?」
大統領はわたしを見ただけで気絶して、何も答えてはくれない。わたしはそんな大統領の額をちょんと突くと、気を失ったまま彼は絶叫した。建物の外でも、無数の絶叫が共鳴していた。
「突然命を奪われた妖魔たちの苦しみを味わってよ、ねえ。人間のエゴイズムに殺された、平凡な妖魔たちの悲劇を」
本当はもっと苦しめてやりたい。でも、復讐は何も生まないとわかっているし、どれだけ愚かで我儘で自分勝手な人間であっても、守るべき人間だ。だからこそ、わたしは魔法の紙を取り出した。
「もう二度と妖魔を傷つけないで」
わたしが魔法の紙を差し出すと、大統領は叫びながら自らの血で署名をした。わたしによって五感もなにもかも支配された状態なので、国を売るような契約であっても逆らうことはできない。
サインが終わった紙が光り、その契約が効果を発揮する。これで、この国に住む人間は妖魔を傷つけることができなくなったし、永続的にわたしの命令に従うことになった。もう二度と、妖魔と敵対することはできない。
すべてが終わったところで、わたしは再び海の上を歩いていく。今回はこの国が攻撃してきたけれど、次は別の国かもしれない。そうなる前に、戦闘能力を奪っておくのだ。
わたしを常に歓迎して回っているこの天気雨は、暴風を伴って大嵐に変わっていた。
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