勧誘
「ねえ、かすみ!外出禁止なんてひどいよね!私、まだ妖魔に出会ってないから変身もできてないのに!」
風花は、わたしの部屋にやってきてまで
案の定、外出禁止令が出された。連日、学園の前で抗議デモが繰り返され、大人たちは出勤の妨害を受けていたし、つきみによれば校長なんかは自宅にマスコミが押し寄せていたというから、さもありなんという感じである。当然、大人たちも今は学園で寝泊まりしている。
とはいえ、生徒たちにとっては寝耳に水だったみたいで、混乱のあまり今日の授業は半日で終了せざるを得なかった。訓練の時間がなくなったのは普通にうれしいので、わたしも驚いたふりをしていたのだ。
「何回あそこに行っても、別の場所に行ってみても妖魔が出てこないなんて、運が悪すぎるよ!いっそのこと、変身して訓練できたらいいのに!」
「まあまあ、きっと先生たちにも事情があるんだよ」
今日の風花はかなり機嫌が悪い。なだめるこっちはとても大変だ。
そんなとき、わたしの携帯が鳴った。風見先輩からだった。これから訓練場に来てほしいとのことで、わたしと風花は顔を見合わせる。
「今日は風見先輩の指導の日じゃないよね?」
「きっと外出禁止令のせいで時間ができたんだって。それで、まだ魔力を感じる訓練ができていない私たちを見てくれるんだよ、たぶん」
先生からそんな話は聞いていないけれど、とりあえずわたしはつきみと一緒に行ってみることにした。
「急に呼び出して申し訳ないですわ。けれど、今日しかありませんでしたの」
訓練場に到着したわたしたちは、真剣な表情の風見先輩に迎えられた。
「これから話すことは、先生方には黙っておいてくださいませ」
風見先輩は口止めをしたうえで、ゆっくりと語りだした。
「先生方は、わたくしたちを兵器にするつもりなのですわ。先生の許可がなければ変身することもできないなんて、みなさんはおかしいと思いませんでしたの?
彼らは、わたくしたちの力を恐れているのですわ。わたくしたちを逆らえなくするために、変身を最小限にするように指示して、抵抗の手段を奪おうとしたに違いありませんの。
それに、この学園を卒業した魔法少女たちが何をしているか、それは、きっと秘密部隊として編成されているのですわ。
ですから、今からわたくしはみなさんを救い出すのですわ。学園の高い塀を超えて、協力者の方々と合流しますの。これ以上この学園の好きにはさせないのですわ」
風花は完全に信じ込んでいるけれど、わたしはその話をちょっと疑問に思った。果たして、あの先生たちがそんなことをするだろうか。外出はもともと全く制限されていなかったし、給料まで払われているのに、逃げ出す必要があるほど学園がひどいとは思えない。
ただ、だからといってこのまま寮に帰る気にもなれなかった。風花を説得するのは難しそうだし、それになにより風見先輩の協力者というのが気になる。
わたしはつきみに確認すると、つきみも軽く頷く。そこに風見先輩の声がかかる。
「みなさん、変身してくださいませ。指輪を掲げて、『エンゲージ』と叫ぶのですわ」
風花はとてもわくわくした顔で答える。
「いいんですね!?やっと変身できる!……エンゲージ!」
風見先輩と風花の二人は、指輪から飛び出した光の粒に包まれて、魔法少女の姿へと変わる。わたしとつきみも同じように変身したかのように見えるけど、実際はつきみの見せる幻覚だ。わたしにはちゃんとわかっている。
しかし、変身していてもつきみの幻覚を破ることはできないようで、風見先輩は不審に思うこともなく言った。
「変身できましたわね。それでは、わたくしについてきてくださいませ」
そのまま学園の塀に向かって走り出した風見先輩の後にわたしたちも続く。
「体が軽い!これが魔法少女の力なんだ!すごい!」
初めて変身した風花は、とてもテンションが上がっている。それは人間を超越したスピードで走っている姿を見れば明らかだ。そしてその勢いのまま、身長の倍以上ある高い塀をひょいと飛び越える。
そんな風花と風見先輩を追いかけるのは、変身していないわたしにはすこし大変かなと思っていたけど、別にそんなことはなかった。むしろ、いつもの訓練のときの物足りなさを吹き飛ばすように、気持ちよく走ることができた。クロミと変身してから、以前よりさらに身体能力が上がっているのだ。
夕焼けの街を駆け抜けて、路地裏にあるビルに入る。中には何人かの魔法少女と、60代くらいの男性がひとり、立っていた。その男性の
風見先輩はその男性に話しかける。遠慮がないところを見るに、初対面ではないのだろう。
「わたくしが指導していた魔法少女の子たちを連れてきましたわ。本当はもう少し多く助け出したかったのですけれど、時間がありませんでしたの」
男性は、ちらりとわたしたちのほうを見て、それから風見先輩の頭をなでて言った。
「よくやった。これで学園に協力させられたかわいそうな魔法少女が3人救えたんだ。高子、お前が誇らしいよ」
しかし、その目にはわたしたちのことは映っていない。本当に魔法少女のためを思って活動している人なのか、わたしはちょっと疑問に思った。
風見先輩と男性との会話が終わると、先輩はわたしたちを建物の奥のほうへと案内した。わたしたちは変身を解いて、そのままついていく。
「今日はここのシェルターに泊まってくださいな。この場所は学園の方々には露見していないはずですから、安心してくださいませ」
風見先輩はそう言うけれど、わたしはどうするか決めかねていた。
通り道には、魔法少女らしき女子中学生や、今朝も見た活動家の姿があった。どうやら、ここは学園から魔法少女を解放するという目的の市民団体が、拠点にしている場所のようだ。ただ、漏れ聞こえてくる話では、やっぱり学園が敵視されすぎているような気がする。
風見先輩に案内される間、つきみがわたしにテレパシーでこっそりと話してきた。
(どうやらあやつらは学園を倒すつもりのようじゃな。もっとも、わらわにとってはさほど関係ないがの。おぬしはどうするつもりじゃ?)
(うーん、わたし、そこまで学園が悪いと思えないんだよね)
(ならば、このまま寮に戻るのか?幻覚でごまかせば、わらわたちのことは不審に思われんじゃろう)
(ううん、今日はこのままここに泊まろうと思う。ここの人たちはきっと学園の隠している何かを知ってるかもしれないから。でも、それがわかったら、できれば寮に帰りたいかな)
わたしは普通の生徒と比べると学園の大人たちの事情を知っているとは思うけど、完全に把握しているわけではない。その秘密を暴きたいという好奇心は、わたしにもあるのだ。けれど、この団体のことを信用しているわけでもない。ぱっと見聞きした範囲では悪質な団体ではなさそうだけど、実際のところはわからない。
だからとりあえず、この拠点を調べてみようと思った。それならば寮に戻る意味は薄い。そういう考えをつきみに伝えると、つきみは小さく頷いてくれた。
わたしとつきみが今後の動きを決めたころに、風見先輩は小さな部屋の扉を開けた。そこには布団が3枚敷いてあって、それだけでスペースが埋まりそうなくらいの六畳間であった。小さい窓からは、となりのビルくらいしか見えない。
「ここがみなさんの部屋ですわ」
わたしは腰を下ろしたけど、本当に物がない殺風景な部屋だ。それでも風花はそんなに気にしていない様子で、わたしに話しかけてくる。
「ここなら寮監に止められることもないし、一緒に寝られるね!かすみ!」
「確かにそうだけど……」
「どうした?私たちは自由なんだよ?もう大人たちの言うことを聞く必要なんてないって思うとうれしくなっちゃう」
わたしはそのまま風花に振り回されるようにほかの魔法少女たちに紹介されて、そのまま晩ごはんのカップ麺を一緒に食べた。それからはトランプゲームをずっと遊んでいた。あっという間に12時を過ぎたので、わたしは部屋に戻る。
「今ならわかる。学園の大人たちが私たちを管理しようとしていたって。絶対に学園の思い通りにはさせないんだから」
風花はここに集まった少女たちに感化されて、学園への反感を強めている。だけど、わたしはまだスタンスを決められていない。
「今日はもう遅いから、寝るね。おやすみ、風花」
「おやすみ、かすみ。明日から頑張ろうね」
わたしは部屋の真ん中の布団に入る。寝返りを打った風花の腕が当たるたび、部屋の狭さを感じていた。
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