抗議

 魔力を感じる実戦訓練の日からまた数日が経った。今日は土曜日。紅羽と会う約束をしていたわたしは、朝から張り切っていた。メッセージアプリでやりとりをしているとはいっても、やっぱり直接会いたい気持ちは強いのだ。


「ねえ、かすみ。ひどいと思わない?私、昨日も変身できなかったのよ!」

 食堂でワッフルを食べていると、風花が不機嫌な声で話しかけてくる。最近の話題はいつもこれだ。


 最初に高子先輩と一緒に境界の近くへ行ってから、何度か同じように魔力の感知の訓練を行ったけれど、どれも妖魔が一体も現れなかったせいで、訓練にならなかったのだ。せっかくの初変身の機会が奪われているというわけで、風花は非常に不満を募らせていた。


「でも、ほかのみんなも結構同じことになっているみたいだけど」

 わたしは風花のほうを見ることもなくワッフルを口に運ぶ。メープルシロップがかかったワッフルはプレーンよりさらにおいしい。


「もちろん、妖魔が減ったことはいいことだと思うよ。思うけどさ!」

 風花の言うとおり、ここ数日は妖魔が出現することも減っているらしい。そのせいでクラスの半分以上はまだ妖魔に出会うことができていないのだ。


 そんな感じで風花が嘆いている裏で、つきみはわたしにテレパシーを送ってきた。

(おぬしがあの竜にお願いしたのじゃろ?)

(うん。人間に出会わなかったら、妖魔も退治されないと思って)

(じゃが、それだけでは問題は完全には解決せん)

(どういうこと?)

(それは……いや、今はやめておくのじゃ)


 人間と妖魔が別々に暮らせば、お互いに犠牲者が出ることもなくてハッピーではないか。そう思ってつきみに聞いてみると、なんとも微妙な答えが返ってきたのだった。




 ***





「へー。そんなことが」

 現在、わたしとつきみは喫茶店で紅羽と話をしている。なかなかレトロな雰囲気のお店で、結構お気に入りなのだけど、穴場なのかあんまり人はいなかった。


 そもそもこんな外で妖魔の話(それも、妖魔の味方をするような)をして大丈夫なのかと心配になるかもしれないけど、そこはつきみがなんとかしている。


「ねえ、つきみはあの竜と知り合いだったりするの?」

 大雑把に昨日出会った竜の話をしたわたしは、ふと疑問に思ってつきみに尋ねた。

「そうじゃぞ?わらわは勝手にふるまっておったがゆえ、さほど関わりがあったわけじゃないがの。そのあたりの話はクロミのほうが詳しいじゃろう」

「そうなの?」

「しゅっ」

 クロミにきくと、うんとうなずいた。そしてクロミはちゃんと説明してくれる。


(僕も妖魔たちのリーダーだったんだ。竜と一緒にみんなを統率してた。でも、こっちに来て仲間が捕まってるってわかったら、いてもたってもいられなかった)

 蛇の言葉で言っていたけれど、ここにいる人は全員普通に理解できる。紅羽は、それを聞いて感心したように言った。


「やっぱりすごいね。あたしも出会った子を保護したりはしたんだけど、学園に捕まった妖魔を解放するなんてできなかったからさ。そういえば、かすみたちはその学園にいるんだよね?今騒ぎになっているけど、大丈夫なの?」


 紅羽は新聞や雑誌の切り抜きを取り出す。そこには、学園について、あることないこと書かれていた。国策で秘密裏に魔法少女を育成していたことは事実でも、拉致らちされて学園に入れられたとか、自由がないだとか、憶測ででたらめなことが書かれている。


 紅羽の心配に、つきみは冷静に答える。

「今のところはなにも起こってはおらん。じゃが、じきにマスメディアが調査のために学園に侵入してくるじゃろうな。もっとも、セキュリティーの厳重な学園を調べるのは困難じゃろうが……」


 わたしも、紅羽に知っていることを話す。

「わたし、よく知らなかったけど、たしかに校長が頭を悩ませていたかも」

 わたしは黒蛇を通して見た光景を思い出した。言われてみれば、秘密がいっぱいの学園に記者たちが押し寄せてきたときの対策も考えていた気がする。


「かすみたちなら何が起きてもなんとかできそうだけど、気を付けてね。ウチに取材してきたときも、結構強引な手を使っていたようだし」

 紅羽の忠告に、わたしたちはうなずいた。




 ***




 それから紅羽とたわいもない話をして学園に戻ってきたわたしたちは、校門の前に群がる記者たちの姿を見た。どうやら、わたしたちの前にいる生徒が質問攻めにあっているらしい。


「どこへ行っていたのですか?先生に強要されて妖魔と戦っていたのですか?それとも、街の見回りですか?」

「放してください!わたしはただ買い物に行っていただけです!」

「買い物……一体何を買っていたんですか?あっ、逃げないでください!」

 逃げ出した生徒が学園の中に入っていくのを記者たちが追いかけようとするけれど、門番をしていた警備員たちによって止められていた。


 そんな光景を遠目に見ていれば、記者を避けようとするのは自然なことだ。

「わらわはあれと関わりあいになどなりとうない」

「うん。わたしもあの中に入っていくのはちょっと……」

 つきみが姿を見えなくしてくれたので、校門を飛び越えてわたしたちは寮に戻った。


 わたしの部屋に戻ると、明らかに気を抜いたようにつきみがぶらんとする。もちろんわたしもソファに座ってだらんとしている。

「はあ。紅羽が心配した理由がわかるよ」

「あれはこれからますますひどくなっていくじゃろうな。ほかの子らが気の毒じゃ」

 わたしは今後のことへの不安を、クロミをなでることで紛らしていた。



 ***




「ねえ、なにか聞こえない?」

 週明けの月曜日、訓練の合間の休憩中に校門のほうからなにやら叫ぶ声が聞こえた。拡声器を使っているような感じで、十数人が集まっているようだ。とはいえ、学園の敷地は広いので、何を言っているのかを聞き取るのはちょっと大変だ。


「どうかした?訓練続きで疲れたとか?」

 風花が心配してくる。わたしは首を振って否定しながら、こっそり蛇の目を通じて校門をのぞき見る。


 そこには、プラカードを掲げてデモ活動をしている人たちがいた。「少女たちを解放しろ」だとか「魔法少女に自由を」といった言葉が書かれているのを見れば、学園への抗議のデモであることは明白だ。


(どうしよう、このままだと学園の外に出られなくなるかも)

 わたしはテレパシーでつきみとクロミに相談する。先日の記者たちや今回の活動家たちの影響で、外出禁止令が出されるかもしれない。実際、大人たちはその準備をしていた。


 つきみはやれやれといった声色で返す。

(たしかにそうかもしれんが、そのときは幻覚でわらわとおぬしが学園におると思わせればよいだけじゃろうに)

 言われてみれば、外出を禁止されたからといって、それに従う必要はない。今まで先生の言いつけを破ることがなかったから、その発想がなかった。


(そうだね。ごめん、変なことで悩んでいたみたい。心配することなかったね)

 わたしはつきみにテレパシーで返すと、いぶかしげな風花ににっこり笑う。

「ちょっと悩み事があったんだけど、よく考えたら大したことじゃなかった」

「えー?どんなこと?」

「ひみつ」


 わたしは風花の追及を避けるように、いち早くランニングを再開する。太陽には雲がかかって、休憩場所に影を落としていた。


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