魔法少女は妖魔を救いたい

@YoshiAlg

入学

「ここが、国立魔法学園……」

 わたしは、三角コーンに書かれたプラ板を目印に、入学式の会場へと向かっていた。


 360度どの方向を見渡しても端が見えないほどの広大な敷地に、いくつもの新しい建物が建ち並ぶ。この学園のことを知らない人が見れば、ここは中学校ではなく大学か何かだと思うだろう。それもそのはず。この学校は、魔法少女たちを育てる学び舎であると同時に、魔法少女のことを調べる研究施設でもあるのだ。魔法少女の能力を十分に測るために広いグラウンドや、研究者たちが使う研究棟があるというわけだ。


 この世界に魔法少女が現れたのは、今から10年ほど前のことらしい。正確に言えば、今から12年前に起こった首都直下の大地震の直後から、この日本に、妖魔ようまと呼ばれる謎の生命体が現れるようになった。妖魔は超科学的な力を持っていて、通常兵器では対処は難しい。そんな状況で、どこからともなく魔法少女が現れて、人々を守るようになったようだ。


 彼女たちが一体何者かだとか、国は魔法少女についてどのくらい知っているのかだとかはほとんど知られていないが、それでも強い妖魔が現れた時には颯爽さっそうと現れ、人々の危機を救ってくれるヒロインたちのファンは多い。きらびやかな衣装に身を包み、超人的な力と魔法で妖魔たちをやっつける姿は、女の子のあこがれだ。


 わたしは水瀬みなせかすみ。選ばれたものしか入学できないこの学校に、今日から入学する一年生だ。どうやら、わたしには魔法少女になる資格があるらしく、国のエージェントみたいな人に、この学園への入学を勧められたのだ。最初は国が魔法少女を育成していたことに驚いたけれど、魔法少女になれるのならば文句はなかった。


 しばらく歩くと、普通の学校に比べて何倍も大きな体育館にたどり着いた。わたしは新入生のために準備されていた椅子に座る。ちょうど前の席には、ひとりの少女が座っていた。彼女はわたしに気が付くと、こちらに話しかけてきた。


「ねえねえ、いつ私たちは魔法少女になれるのかな。入学式なんてつまらないことしてないで、さっさと魔法少女になりたいよ。そう思わない?」

「えっ?そう……だね」

 いきなりポニーテールを揺らしながらまくしたてられても、反応に困る。

「魔法少女になって、あのエアリーホークみたいに、いやもっとドカドカーンと妖魔を倒して、みんなを助けたいな!あっ、もしかしたらエアリーホークと一緒に戦えるかも!それから、正体を知ることができちゃうかもだし……」

「えっと……いきなり言われても、わたしあなたのことよく知らないし……」

「ごめんごめん!興奮しすぎちゃった。私は足立風花。同じクラスになったみたいだし、これから一緒に頑張ろうね!」

「わたしは水瀬かすみ。そうだね、一緒に頑張ろう」

「そこ、すこし静かにしてください」

 うるさくて風花が先生に止められたころには、新入生の椅子はぽつぽつと埋まってきていた。全員がそろうと、体育館のドアが閉められて、保護者のいない入学式が始まった。




 ***




「……皆さんには、とても大変な役割を押し付けることになります。本来ならば我々大人たちが担うべきことであるのに、代わってあげることはできません。ですからその責務の外にある部分については、我々が全力でサポートします。困ったことがあったら、いつでも頼ってください。皆さんのために、先生たちはいます」

 式はすぐに終わった。校長先生――にしては若すぎるが――のありがたいお話を聞くくらいで、わたしたち新入生は寮へと案内されることになった。


「校長の話、長かったねー。私寝ちゃってたよ」

「そうかなぁ。わたしのいた小学校の校長は、もっと話が長かったよ」

 実際、入学式は30分もかかっていない。全員が集まるまでの時間のほうが式本体より長かったくらいだ。特殊な学校なんだし、入学式がなくてもいいんじゃないかって思う。

 ただ、教員の数も来賓の数も多かった。新入生どころか、全生徒の数を合わせても大人のほうが多いのだ。大人たちにとってはなにか意味があるのかもしれない。


 またしばらく先生に連れられて歩いていくと、4階建てのきれいな建物にたどり着いた。二重の自動ドアの入り口は、生体認証によってロックが解除される仕組みになっているようだ。ものすごくハイテクだ。とても中学校の寮とは思えない。


「はーい、ここがみなさんの寮です。一人一部屋、割り当てられていますから、皆さんは場所を確認してくださいね。注意事項ですけど……」

 これから担任になるらしい小川先生によると、2階から上が生徒の個室になっていて、1階は大浴場や食堂、アリーナにゲームセンターまであるそうだ。しかも、食堂もゲームも全部タダらしい。なんだか至れり尽くせりである。


「かすみ!はやく部屋を見に行こうよ!」

 先生の説明が終わるや否や、風花がわたしの手をつかんでエレベーターに飛び込んだ。そのままわたしの部屋まで連れていかれてしまった。

「風花にも自分の部屋があるよね?」

 たしか風花の部屋は一階下にあったはずだ。

「でも私今日はかすみの部屋に泊まるつもりだし」

「えー?いつそう決めたの?」

「さっき」

 押しの強い風花に急かされながらも、わたしは部屋のロックを生体認証で解除して中に入る。


 わたしの部屋は、小学校の教室よりも広かった。大きなリビングに、ソファーやテレビが置いてあり、なんと寝室が別にあった。テーブルの上に置いてあった荷物を入れた段ボール箱が、ひどく不似合いに見えた。


「思ったよりすごいね!ここなら泊っていっても大丈夫だよね」

「いや、でもベッドは一台しかないよ?」

「大丈夫、大丈夫!私、寝袋を持ってくるから!」

「えー?」

 それとなく断ろうとしたら失敗した。無念だ。せっかくの一人部屋なのに、一人で寝れないなんて。




 ***




「それじゃあ、私の友達も呼んでくるから!」

 私の部屋を一通り物色して満足した風花は、廊下を駆け出して行ってしまった。荷物の整理も終わって手持無沙汰なわたしは、ぼーっとテレビを眺めていた。


「いわゆる『魔法少女新法』が、今国会で成立する見通しです。野党はこれに反発して内閣不信任決議案を提出する見込みです」

「『魔法少女を追う!』今日も、視聴者の皆さんから送られてきたとっておきの魔法少女の映像を見ていこう!」

「強力水圧洗浄で、頑固な汚れもピカピカに!水圧洗浄機『ハイドロパワー』は、税抜き19,800円!しかも、今ならなんと……」

「明日の天気です。明日は快晴で、絶好の花見日和になるでしょう」

 しかし、ニュースやら通販番組やら再放送やら、つまらない番組ばかりだ。チャンネルをくるくる回していたけれど、さすがに飽きてきた。


「はぁ。面白いのやってないな……」

 わたしは、ポケットの中にある指輪を取り出した。


 この指輪は、わたしの両親の結婚指輪だったらしい。小ぶりのダイヤモンドがついていて、内側には「MINASE」と刻まれている。

 わたしの両親は、12年前の大震災で亡くなった。家が崩れて、私だけが助け出されたのだそうだ。引き取ってくれる親族もいなかったわたしは、施設で育った。だから、わたしの家族とのつながりは、この指輪だけだ。


「お父さん、お母さん。わたし、頑張るからね。魔法少女として、みんなを笑顔にするんだ」

 わたしが感傷に浸っていると、呼び鈴がジリリリとやかましく鳴った。

「かすみ!開けてよ」

「はいはい」

 風花は、二人の友達を連れて戻ってきた。いつの間に買ってきたのか、コンビニの弁当も準備してあった。


「今日は夜までパーティーをしよう!とりあえず、トランプを持ってきたからババ抜きをやろう」

「えー!うち、神経衰弱やりたい!」

 ぞろぞろと押しかけてきた彼女たちは、部屋主のわたしを差し置いてくつろぎ始めた。あと、結局ゲームは大富豪になった。


 ポテチをつまみながらトランプで遊ぶわたしたち4人。

「明日が楽しみだねー。どんなことを学ぶのかな」

「早く魔法少女になりたいわ」

「でも勉強はいや~」

 よくもまあ同じような話題で場が持つものだと思うものだが、風花たちのおしゃべりが尽きることはない。

「でも、これだけよくしてくれてるんだから、私たち、頑張らなきゃね」

 風花のつぶやきに、わたしは無言でうなずいた。




 ***




 気づいたら日が沈んでいた。それから何時間もいろいろ遊んだわたしたちは、最後には寮監に見つかり、風花たちはあっけなく連行されていった。よかった。

「明日から、どんな生活が待っているんだろう。楽しみだなぁ」

 新生活への期待と不安を胸に、大きなベッドの中でわたしは眠った。


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