指輪

「おはよう、かすみ!」

 朝起きて部屋を出ると、風花がすでに待っていた。


 わたしたちは寮の食堂で朝食を食べて、寮のすぐ隣にある校舎へと向かった。校舎は寮と同じくらい新しくて、高学年の生徒らしき人も見かけた。

 わたしたちは1年生だから、1階の教室を使うらしい。昨日小川先生が言っていた。


「ワッフルメーカーなんて初めて見たよ!あれが毎日食べられるなんて!」

「おいしかったよね、あれ」

 教室に入ってからも、わたしたちの会話の話題はもっぱら朝ごはんのワッフルのことだ。あれはとてもおいしかった。なんと、自分でワッフルを作れちゃう、素敵な機械があったのだ。生地を流し込んでぎゅっと挟み、一回ひっくりかえしたらできあがり。こんな素晴らしいものがあるなんて、わたしは知らなかった。出来上がったワッフルにメープルシロップをかけて食べると、絶品だった。


 あのワッフルの味を思い出していると、小川先生がやってきた。チャイムが鳴り、授業?が始まる。


「おはようございます。今日は、午前中はこれからのことについての説明、それが終わったら、皆さんに魔法少女になるための指輪を配ります」

「「やったー!」」

 風花たちクラスの半分くらいが、すぐに魔法少女になれると聞いて立ち上がって喜んだ。

「ですが、大きな力を持つということは、それだけ責任があるということです。もし、素行に問題ありとされた場合には、指輪を没収されることになります。つまり、魔法少女ではなくなるということです」

「「えっ!」」

「魔法の力を振るうにふさわしい人間になるためにも、先生たちの話は真剣に聞いてください。いいですね?」

「「はい」」


 それから小川先生がしてくれた説明によると、どうやら一日の半分は妖魔の特性であったり、社会の仕組みであったりといったことのお勉強になるようだ。昨日わたしの部屋に来ていた風花の友達ががっくりしていた。一方で、身体訓練の時間も一日の半分取られるらしい。普通の中学生と比べてはるかに厳しい生活に、妖魔との戦いの余裕のなさを感じる。


「半年後、できればそれより前に、先輩の魔法少女とともに実戦に向かえるようになることが望まれています。つらいかもしれませんが、頑張ってください」

 先生の話が終わり、昼休みのチャイムが鳴った。




 ***




 食堂で買ったお弁当を昨日のみんなと一緒に食べていると、風花が話しかけてきた。

「いよいよだね!魔法少女に変身するって、どんな感じなのかな」

「楽しみだね」

「勉強、せなあかんのかあ……」

「勉強しないと、魔法少女の指輪を没収されちゃうかもよ?」

「それは嫌やー!」

 ワクワクとドキドキの時間はあっという間に過ぎて、気づいた時には小川先生が、男の先生を二人連れて、大きな箱を持ってきていた。


「これから配るのは、先生たちが『契約の指輪』と呼んでいるものです。これから、皆さんにはこの指輪を使って、妖魔と契約を結んでもらいます」

「妖魔と契約!?」

「はい。魔法少女というのは、妖魔と契約を結ぶことで、妖魔のもつ魔法の力を使えるようになった少女のことを指すのです」

 教室に沈黙が流れる。まさか、敵である妖魔の力を借りて戦うのだとは考えていなかったのだろう。わたしも、驚いて目を見開いていた。

「でも、契約しに行って襲われたら……」

「それは心配する必要はありません。皆さんが契約する妖魔は、先輩の魔法少女によって捕らえられたもので、こちらを攻撃することなんてできませんから」


 誰も一言も言葉を発しない重い空気の中で、先生についてきていた男の人たちが一人ずつ、指輪を配っていく。透明な宝石がついた貴金属製のその指輪には、恐ろしく精巧な紋様が刻まれていた。これが、魔法少女の証。そう思うと、指輪を触る指が震える。


「それが『契約の指輪』です。常に肌身離さず身に着けていてください。それから、先生に指示されたとき以外は決して変身しないこと。いいですね?」

「どうしてですか!?」

「魔法の力は、正しく扱われなければならないのです。皆さんのような子供では、善悪の判断ができないからです」

 未熟だと言われて、風花は怒りを抑えきれなかったようだ。

「先生に何がわかるの!?私だって、いいことと悪いことの区別くらいつくよ!」

「本当にそうですか?足立さんは、あなたの家族や友人と、あなたの嫌いな人や犯罪者とを同じように守れますか?」

「なんで犯罪者を守らなきゃならないの!?」

「犯罪を犯したとしても、一人の人間だからです。えり好みは許されないのです。それが理解できないのならば、おとなしく指示に従ってください」


 小川先生の言葉に、みんなは黙り込んだ。自分がなろうとしているものが、「正義の味方」なんかじゃないと嫌でも納得させられた。魔法少女は、キラキラしている部分だけじゃない。ドロドロとした生の現実とも向き合わなければならないのだと理解させられた。


 しばらくうつむいていた風花は、はっきりと顔を上げて、宣言した。

「それでも、私は魔法少女になる。みんなを守りたいから」

 ほかのクラスメイト達も、なんとか先生の言葉を飲み込めたようだ。それを確認した小川先生は、教室の扉を開けて言った。

「納得できましたか。それでは、みなさんついてきてください」

 わたしたちは、この学園の端のほうにある建物へと案内されていった。




 ***




 その建物は、ほかの建物と比べてやや小さかった。そのうえ、大きく違うのが、周りを金属の柵で囲われていて、警備員が唯一の入り口を守っているということだ。物々しい雰囲気に、クラスメイト達が息をのむ。

「ここは、妖魔を収容している建物です。この学園の中でも、特に警備が厳しい場所になっています」

 わたしたちは、一人一人生体認証の装置で身元を確認されてから、建物の中へと案内された。


「安全のため、契約を結ぶのは一人ずつです。足立さん、こちらへ。ほかのみなさんはこちらで待機してください」

 風花が最初に契約に向かったあと、わたしたちは大広間に待機していた。みんな緊張した表情で、それを紛らすために口数が多くなっている。

「妖魔と契約なんて大丈夫かな……失敗したらどうしよう……」

「大丈夫だって!……たぶん」


「安藤さん」

次の人が呼ばれても、風花はこの部屋には戻ってこなかった。聞くと、契約が終わった生徒は、体に異常がないか、しばらく医者のもとでチェックされるそうだ。


 話しかけてくる風花もいないし、出席番号が後ろのほうのわたしは何もすることがないので、てきとうにぷらぷらと歩いていた。すると、広間の扉が少し開いていることに気が付いた。なんとなく顔を出してみると、足元に真っ白な子狐が座っていた。

「あっ、待って」

 子狐は、わたしを見るや否や駆け出して行ってしまう。それを追いかけていくと、明かりのついていない非常階段を下っていくのが見えた。

(あれ?この建物に地下があったの?)

 ふと疑問に思ったけれど、子狐を見失いそうになると、慌ててわたしは階段を降りていく。一段一段と下るごとに、あたりは暗く、色がわからなくなる。


「なに、これ……」

 階段を降り切った先には、巨大な白い扉があった。とても豪華な装飾がなされたその扉は、無機質なコンクリートの壁と対比されて、非現実的に、とても浮いて見えた。

「この中に、あの子は入っていったの?」

 わたしは、そのままその扉を、ゆっくりと開けた。すでに、引き返すという選択肢はなかった。



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