封印

 特殊部隊の装備を備えた男たちが、魔法少女ピンクユニコーンに向かって銃口を向ける。その銃器は、少女に、いや、人間に対して使うには大きすぎる口径で、装填された弾丸は、戦車の厚い装甲をも貫くためのものだ。


「撃て!」

 男たちは、彼らに背中を向けて走るその魔法少女に発砲する。だが、音速より早いその弾丸を、まるで見えているかのように少女は避ける。


「っ!」

 それでも、跳弾に命中して、少女は膝から出血した。だが、次の瞬間、その傷口が淡くピンクに光り、みるみるうちにえていく。


「次は、目標が指輪を入手したタイミングを狙い、一斉射撃を行う」

「了解」

 リーダー格の男の言葉に、ほかの男たちが答える。彼らは、そのままこの部屋に並ぶ金庫の一つに向けて銃を構える。近くの金庫もろとも、少女を殺す算段だ。


 少女は、その手に握る特殊な形状のランスで、乱暴に金庫を破壊して開けると、その中にあった指輪を取り出した。指輪は、ひとりでに少女の指に収まっていく。


「ああ、やっとが戻ってきた」

 我ここにあらずといった感じで虚空につぶやく少女に、男たちの銃が火を噴く。

「撃て!」


 少女は、その瞬間、銃弾を避けようともせず、ただ、立ち止まって一つの言葉を放った。

「エンゲージ」

 銃弾の暴風にいくつもの穴があいた少女の体は、しかし、ピンク色の光に包まれたと思うと、まるで何事もなかったかのように傷のない肉体へと変貌していた。そして、少女の額からは、長い一本の角が生えていた。


「何!?妖魔だと!?撤退だ!」

 男たちのリーダーが叫ぶ。しかし、少女が自らの角と同じ形状のランスからいくつもの光弾を放ち、この部屋をめちゃくちゃに破壊していく。もはや、男たちに逃げ道はない。


「どうして逃げるの!?わたしはずっと囚われていたのに!」

 少女は、無表情だったこれまでと打って変わって怒りをあらわにして、男たちを狙う。まるで鬱憤うっぷんを晴らすように乱暴に振り回されるランスは、この部屋の床や壁を次々に破壊しつつ、男たちをじっくりと追い詰めていく。


「しまった、後ろが!」

 袋小路に追い立てられた男たちに、少女はゆっくりと近づき、そして、その武器を振り下ろした。




 ***




「何が、起きたの……!?」

 ランスを手に持ったまま呆然としている魔法少女ピンクユニコーンのもとに、わたしはこつこつと足音をあえて響かせて悠然と歩いていく。彼女の意識を、こちらに引き付けておくために。


 彼女は、自分の首から下がぴくりとも動かない現状に、ひどく混乱していた。同時に、目の前に追い詰めていた男たちがまるで石のように動かなくなったことに、激しく動揺していた。そんな状況で近寄ってくる足音があれば、その音の主が誰なのか、想像がつくはずだ。


 わたしは、武装した男たちと彼女の戦いを、壁をはさんだ部屋の外からずっと見ていた。つきみが彼女の魔力の状態を調べている間、致命的なことが起きないよう見張っていたのだ。

 わたしの人間の眼をもってすれば、分厚い壁越しであっても、目を合わせることさえなく、あらゆるものを石に変えることができる。その部位も、時間も、その硬ささえ、自由自在に操れるのだ。当然、彼女の首から下だけを、わたしの許す限り固めることだってできる。


「また、わたしをいたぶりにきたの!?ねえ!」

 彼女が首をこちらに向けることもできずに叫んでいるのを聞いていると、つきみがわたしにテレパシーを送ってきた。


(予想していた以上に、あの娘と妖魔の魂が混ざってしまっておるようじゃ。どうにか分離せんと、あの娘も、下手したらあの妖魔も助からんじゃろう)

(つきみはどうにかできるの?)

(いや、今のあの娘は自分の命を削って魔力を生み出している状態じゃ。わらわが無理に精神に働きかければ、抵抗しようとしてそのまま死にかねんのじゃよ)

(えっ!?じゃあ、わたしが固めているのもまずいよね?)

(そうじゃな。わらわはできる限りのことをするから、おぬしはあの娘を説得するのじゃ。娘が妖魔と離れるように、な)

(うう、難しいよ……でも、頑張る)


 わたしは、彼女と男たちの間に割って入って、ゆっくりと彼女の石化を解除していく。彼女は、わたしに対して激しい怒りと憎悪と恐怖の表情をむき出しにして、わめくように叫ぶ。

「どうしてわたしを縛り付けるの!?どうしてわたしに情けをかけるの!?わたしを殺してよ、ねえ!」


 彼女は、ユニコーンのランスを、わたしの体めがけて思いっきり突き刺そうとした。しかし、蛇の鱗のように硬化したわたしの漆黒のコスチュームは硬く、どれだけ彼女が力を込めて刺突しても、逆に反動でランスをはじき返されるだけだ。


「このままだと死んじゃうよ!早く変身を解いて!」

 わたしは彼女に訴えかけると同時に、指から黒いムチを生成して、彼女の腕を拘束する。彼女は、必死にもがいたけれど、ムチはぴんと張ることさえないのに、彼女を離さない。


「放して、放してよ!わたしを解放してよ!」

 彼女の目に、涙が浮かぶ。それでも反抗の意志を止めない彼女の首を、わたしはムチを操って絞める。息苦しくても、すぐには死なないくらいにはゆるく。


「おとなしく抵抗をやめて、力を捨てて!そうしたら殺したりなんかしないから」

 わたしは彼女を脅迫する。本当はやりたくないけれど、時間がない。それに、これはだけで実際には死なない程度に手加減している。


 けれど、首を絞められてなお、彼女は変身を解こうとはしなかった。彼女は、ただじっとわたしを睨む。その目が二つの色に光って見えるのは、妖魔の目と混ざっているからだろうか。


「死んだらおしまいだよ!わかってるんでしょ!?自分の命を削ってるってことに!」

 わたしがいくら説得しても、彼女は態度を覆さない。何か、何かないのか。そう思って彼女を観察すると、その表情に、どこか諦念のようなものが感じられた。まるで、どうでもいいやと投げ出しているような、そんな感情。わたしは、一途の望みをかけて、彼女に訴えかける。答え次第では、このまま首を落とす覚悟で。

「あなたは本気で死にたいと望んでいるの!?ねえ、桜井亜美!」


 わたしが亜美の名前を叫んだ瞬間、亜美は、はっと目が覚めたように揺れる。わたしが首にかけたムチを離すと、亜美は大粒の涙を流して言う。

「わたしだって、まだ生きていたいよ!」

 そして、亜美は「リリース」と言って変身を解除すると、次の瞬間、まぶたが落ちて深い眠りについたのだった。




 ***




「大丈夫じゃ。つながりはかなり薄くなっておる。これなら、封印してもこの娘が死ぬことにはならんじゃろう」

 亜美の指から指輪を抜き取ったつきみが言った。よかった。亜美が助かりそうで。これでもう手遅れだと言われたら、さすがにつらすぎる。


 亜美を眠らせたのはつきみだ。つきみはちょっと離れた場所で待ち構えて、亜美と妖魔の精神が分離するよう妖力で手助けしてくれていたらしい。気づかれないよう弱い精神誘導くらいしかできなかったと本人は言うけれど、わたしはとても助かった。


 つきみは壊れた金庫の一つを机代わりにして真剣に指輪を見つめながら、わたしに指示を出した。

「この娘と、この指輪の中で眠る一角獣の妖魔を、おぬしの力で石に固めてほしいのじゃ。それから、できれば指輪に文字を刻むペンを作ってくれんか。そのほうがより細かく封印の魔力回路を書き込めるのじゃ」

 わたしは、言われた通り亜美と指輪を見つめてどっちもがっちりと固めると、指をくるくるっと回して、ムチを黒い金属光沢をもつペンへと変形させた。


「これでいい?」

「十分以上じゃ。おぬしの魔力で作られたこのペンなら、指輪の回路を上書きすることもできるじゃろう」

「それなら、魔法少女の契約も解消できるの?」

「いや、契約に関しては指輪は安定させておるだけじゃ。じゃからその部分をいじると、逆にこの娘が危険になるじゃろう。じゃが、この指輪には人間が書き加えた魔力回路がある。それを無効化すれば、この妖魔を指輪の檻から解放して、自由にしてやることができるのじゃ」


 つきみの説明はよくわかんないけど、亜美と契約した妖魔を自由にできそうだということで、つきみは嬉しそうにしている。ちなみに、わたしと一体化しているクロミは、今の説明でだいたいわかったって言っている。


「始めるぞ」

 つきみが慎重に指輪の模様を書き換えていく。すると、指輪が光を放ち、そこから徐々に淡いピンク色の体色のユニコーンの肉体が形成されていく。その体はやや小ぶりで、普通の馬と比べてふたまわりくらい小さかった。そのユニコーンは、自分の足が自由に動くことに気づくやいなや、部屋中を駆け回って喜んでいた。


 しばらく集中していたつきみが、ようやく顔を上げた。

「ふう。うまくいったのじゃ。これなら、契約前とほとんど変わらん状態じゃろう」

 安心して一息つくつきみに、わたしは話しかける。


「おつかれ。うまくいってよかったよ。これで亜美さんもあのユニコーンさんも助かったんだね。つきみ、ありがとう」

「おぬしのこのペンのおかげじゃよ。これがなければ、ここまで強く封印することは叶わんかったじゃろう」

 わたしが感謝を伝えると、つきみは珍しく照れるように笑った。


 わたしは、地面の揺れや残していった黒蛇たちの感覚を伝える。

「ところで話は変わるけど、地上のほうでは魔法少女たちが集められて、突入の準備をしているみたい。鉢合わせたら面倒だし、早く帰ったほうがいいよね?」

「そうじゃな。そうするとするか……ほれ!おぬし、ここにいたらまた捕まってしまうぞ」

 つきみがユニコーンに言うと、ユニコーンはびくっとしてつきみについてくる。わたしたちは、来た道をユニコーンと一緒に、ゆっくり戻っていった。




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