暴露

(校長視点)


「大変です!第二地下基地が襲撃された模様!」

 校長室でいつものように妖魔対策本部とメールのやりとりをしていると、いきなり近藤が部屋に飛び込んできた。彼は自衛隊出身で、学園内部に妖魔が侵入したときに戦闘の指揮を執る役目を負っている。もっとも、前任者は先日の黒蛇の妖魔による襲撃の際に亡くなっていて、まだ学園に慣れていない彼は落ち着きがない。


 私は、近藤に状況を聞き出す。

「襲撃者は誰だ?またあの黒蛇の妖魔か?」

「いえ、それが、桜井という魔法少女のようで」


 桜井亜美。確か、強盗事件を起こして、教師たちの議論の末『契約の指輪』を没収されていた魔法少女だ。変身もできないひとりの少女に、あの第二地下基地の防衛を突破可能なのか?それどころか、入り口の警備員に取り押さえられれば警報すら鳴らずに捕獲されていそうなものだ。


「被害はどうなっている?状況は?」

「それが、彼女は魔法少女のときの武器を用いていて、さらに発砲しても超人的な再生能力により銃創がただちに修復されるとの情報。妖魔ではありませんが、魔法少女の出撃許可をお願いします」

「許可する。だが、可能ならば殺さずに確保してほしい。原因を知りたいし、魔法少女の数を減らしたくはない」


 近藤が急いで部屋を出ていくのを見ながら、わたしは考える。やはり、あの指輪はとても危険な代物だ。指輪の没収は、変身を禁止するどころか暴走させる結果になった。おそらく、桜井の狙いは基地で研究のため保管されている指輪だろう。それがどういうメカニズムなのかは不明だが、ほかに桜井が基地を襲撃する理由がない。


「『指輪はすべて破棄してください』、か。彼女は気づいていたのかもしれない」

 私は鍵付きの引き出しにしまわれている手紙を取り出す。そこには、私が最初に出会った魔法少女の残した言葉が書かれていた。


「ごめんなさい。私は道を間違えていたみたいです。私はもう、妖魔を殺したりしません。どこかに隠れてひっそりと暮らすことにします。先生、妹をお願いします。それから、指輪はすべて破棄してください」

 私はこの手紙のことを誰にも伝えなかった。彼女の妹には私が里親を探したが、それに続く要望を呑める状況ではなかったのだ。彼女の願いとは裏腹に、拡大する妖魔の被害に対処するため、魔法少女は生み出されていった。


「本部にも魔法少女の育成を諦めるよう、言っておくか」

 基地の襲撃のことを考えていても、私にできることなどない。私は、どうすれば指輪の再製造を止められるか考えながら仕事に打ち込むことで、焦る気持ちを紛らせていた。




 ***




「今回の事件について報告します」

 翌朝、私は校長室で近藤から報告を受けた。


 まず、桜井亜美は無事だった。指輪の保管されていた地下9階の金庫室の中で眠っていたそうだ。暴走していたときの記憶がなくなっていたものの、医師の診察では命に別状はないらしい。


「ですが……突入した時、基地にいた人間はほぼ全員石化されていました。魔法少女たちは気配を感じないと言っていましたが、おそらく、あの黒蛇の妖魔がいたかと」

「なんだと!」

 妖魔が学園に侵入したという情報はなかった。桜井亜美が暴れたことで、警戒も強くなっていたはずだ。そんなときに、渦中の場所に入り込んでいただと?


「痕跡は残っていませんでしたが、石化が数時間で回復したことを考えても間違いないかと。ただ、桜井が暴れた影響か、監視カメラの映像はストップしていたため、どのように動いていたのかを知ることはできませんでした」

「奴はなにを考えているんだ?全く奴の目的が読めないのは不気味だ」

「はい。事件後すぐに第二地下基地に現れたであろうことを考えても、この学園の内部あるいは近辺にいる可能性が高いです。校長、ここは徹底的にあの妖魔の根城を洗い出すべきではないでしょうか」


 近藤の提言に、私はすこし考える。いや、無理だ。仮に我々の予測が当たっていたとしても、黒蛇の妖魔に対処できる戦力など存在しない。それに、抵抗されたときの被害が大きすぎる。


 私は、許可を待つ近藤にゆっくりと首を振った。

「却下する。少なくとも石化能力への対抗策がなければ発見者が石化されて逃げられて終わるだろう」

「ですが、有効な対策を見つけ出した途端に、襲撃されて研究成果を消し去られることはなんとしても阻止しなければなりません。今回のことを考えると、地下基地であっても襲撃されれば1時間ももたないでしょう」


 近藤の指摘に、私は頭が痛くなる。あの妖魔への対抗策を練るのは人類にとって急務だ。だが、石化に抵抗できた魔法少女の話では、あの無数の首のうちのひとつでも目が合うと、体が石のように固まってしまうらしい。現状では、石化に抵抗するためには魔力を全力で注ぐしかなく、それが可能なのはほんの数人の魔法少女だけだ。


「……上に奴への対策の研究拠点を、日本各地に設置するように言っておこう。もっとも、体組織の一つも採取できていない状態では研究も難しいだろうが」

「よろしくお願いします。最後に、こちらが第二地下基地の損傷具合と、その修復のための予算です。承認をお願いします」

「わかった。明日渡そう。今日は帰ってゆっくり休め」

「では、校長もご自愛ください。このところ忙しかったので」

 そう言って、近藤は退出していった。私は、山積みの仕事をなんとか終わらせて、家に帰った。




 ***




「魔法少女の真実暴かれる」

 翌朝、新聞に目を通していると、信じられないような記事が一面を飾っていた。


「……政府の極秘資料によると、魔法少女の育成のために魔法学園が秘密裏に設立され、危険性の高い対妖魔戦に少女を運用していたとのこと。表向きは研究施設と中学校の別々の施設として偽装されており、資金の流れにも不透明な部分が大きい。

 未成年の保護の専門家によると、「危険性を承知していながら未成年の少女を戦線に立たせることは、それ自体が重大な人権侵害である」とのことである。

 野党は魔法少女新法との関連も含め、与党を追及する見通し」


 なんということだ。私はすぐに霧島本部長に電話をかけた。

「今朝の新聞、ご覧になりましたか?」

「ああ、学園襲撃の対処でいろいろと資料を移動していたのが狙われたようだ。だが、ここまで大規模に流出すると隠しきるのは不可能だろう。真木、お前は魔法少女たちを守れ」

「承知しています。これ以上戦力を失うわけにはいきませんし、何より彼女たちが好奇の目にさらされることは防がなければなりません」


 私は、大雨の降りそうな天気の中、学園へと急いでいった。



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