校外
「クロミ、どうかしたの?」
(あそこ、校長と先生たちがなにか話してる)
わたしは、ベッドの上でクロミとじゃれあっていた。
クロミと変身したあと、わたしはテレパシーのような形で、クロミやつきみと言葉を交わすことができるようになった。クロミとはこれまで話すことができなかったので、とてもうれしい。つきみはもともと話せるけど、周りに聞かれないで話ができるのは便利だ。
「あそこって?」
わたしは部屋の中をきょろきょろするけど、寮の自室に校長がいるはずもない。
(違う。あそこ)
クロミがわたしのほほにすり寄ってくると、なぜか校長室の様子が見えた。確かに校長が先生たちと一緒に、新聞を見つめて頭を抱えている。
「これって……」
わたしは、自分の体がこの校長室にもあるという感覚を覚えた。それだけではない。この学園のいたるところに、わたしは、黒い蛇が擬態した姿で遍在している。
(そうだよ。一緒になったときに流れていった、僕たちの一部だよ)
わたしは、変身していたときにずっと湧き出していた液状の黒蛇たちを思い出す。確かに、変身しているときは、それらがわたしの体の一部だということがはっきりと感じられて、まるで無数の目と指が広がっているような感覚だった。でも、変身を解いたら腕は2本に戻ったから、てっきり消えたのかと思っていた。
(まだ魔力が残っているから、しばらくは消えないよ)
クロミが教えてくれる。自分でも、確かに1年は保つくらいの魔力があることがわかる。わたしは、試しに部屋の物陰に隠れていた黒蛇を動かして、制服のボタンに擬態させる。
「新しく流体の黒蛇を生み出すことはできないけど、その力を使うだけなら変身しなくてもできるのね。クロミ、教えてくれてありがとう」
わたしがクロミの頭をなでてあげると、クロミは嬉しそうに体をくねらせた。
(またなにか見つけたら教えるから、かすみはいつも通りにすればいいよ)
クロミは、わたしが人間らしく生きられるように手伝ってくれるらしい。とてもいい子だ。
「かすみ、そろそろ行かんと遅れるのじゃ」
つきみがわたしを呼んだので、わたしは急いで着替えて教室へと向かったのだった。
***
「明日から、皆さんは先輩方のサポートのもと、妖魔の魔力を感じる訓練をしてもらいます」
小川先生の言葉に、クラスメイト達から喜びの声が上がる。
小川先生の説明によると、わたしたちは3人のグループに分けられて、それぞれのグループにひとりずつ、先輩の優秀な魔法少女がつけられるらしい。その先輩と一緒に街を歩いて、魔力を感じ取ることで妖魔を見つけ出すのだそうだ。
以前は捕獲した妖魔を使って行っていたそうだけど、クロミの襲撃の影響でいきなり実地訓練をせざるを得なくなったらしい。
「やっと魔法少女らしいことができるよ。ずっとランニングと筋トレばっかりで正直つまんなかったしさ」
「同じようなことをしていたら飽きてくるよね」
風花の言葉に、わたしはあいまいに答える。変身できる機会を待ち望んでいる彼女に、すでに2回変身を経験していますだなんて言えない。
「ただし、戦うのは先輩方の仕事です。皆さんはまだ本格的な戦闘訓練を受けたわけではありませんし、戦術の知識も全く足りていません。くれぐれも、出しゃばって先輩方の足を引っ張ることのないように」
小川先生が釘を刺すと、みんなから残念そうな声が聞こえる。
「グループ分けと指導をする先輩の魔法少女は、ここに掲示しておきます。必ず自分の名前を確認するようにしてください」
「はい」
わたしがグループの表をみると、風花とつきみが同じグループの仲間だった。つきみと一緒なのは心強い。
「やった、かすみと一緒だ!早く戦わせてもらえないかな。そうだ、先輩に優秀だって認めてもらえば先生もいいって言ってくれるかも!かすみ、一緒に頑張ろうね!」
「う、うん。頑張ろうね」
風花のすごい押しに、わたしはたじたじだった。
***
魔力の感知の訓練当日。わたしたちは、いかにもお嬢様といった感じの、非常に所作の整った先輩に出会った。
「わたくしは風見高子と言います。ネットではエアリーホークと呼ばれていますわ。あなたたちが新入生の子たちですわね?」
高子先輩の自己紹介に、真っ先に食いついたのは風花だった。
「えっ、あのエアリーホークですか!?風に乗って縦横無尽に妖魔を翻弄するっていう、あの!?感激です!」
どうやら、風花が語りだしたことによると、高子先輩は風の魔法を使いこなし、その空を飛ぶような身軽な動きで戦うらしい。風花は、高子先輩の手を握って握手しながら自己紹介している。
わたしとつきみも軽く自己紹介をすると、つきみが言った。
「わらわもネットで見たぞ。あの鋭い爪の攻撃を食らえば、妖魔はひとたまりもないじゃろう。それと機動力の高さは相性抜群じゃ」
つきみもエアリーホークのことをネットで調べていたらしい。ただ、ほめているように聞こえるが、つきみの目はじっと高子先輩を見定めるように睨んでいる。
そのつきみの視線を気にせず、高子先輩は言う。
「わたくしがいるからには、みなさんに傷一つつけさせませんわ。ですからみなさんは安心して課題に取り組んでくださいませ」
そうして高子先輩は、今日の課題を言う。
「今日は実際に妖魔と出会い、その魔力の感覚を覚えてもらいますわ。そのために境界があると予測されている地点に移動しますわね」
「あの、境界とは何ですか?」
わたしが聞くと、高子先輩が答えてくれる。
「まだ授業でやってらっしゃらないのかしら?境界というのは、妖魔が棲んでいると言われる異世界への入り口ですわ。目に見えるものではなく、ただ魔力によって感じることしかできませんの。それゆえ迷い込んでしまえば普通の人では帰れませんわ。
妖魔は境界を通ってわたくしたちの世界にやってくると言われていますから、境界の近くには妖魔が多くいるのですわ」
「そこで妖魔を探すんですね」
「ええ、そうですわ。けれど、妖魔を探すのはわたくしの仕事ですわ。みなさんはわたくしが妖魔の近くに案内した後で、変身して妖魔の魔力を覚えてくださいませ」
高子先輩の説明に、風花がわくわくした顔で聞く。
「魔力の感覚を覚えたら戦っていいんですよね?」
「ダメですわ。まだ力の使い方もわかっていない段階では危険すぎますもの。わたくしが戦うのを見て、今後の参考にしてくださいませ」
しかし、当然のように高子先輩に否定され、風花はしょぼんと落ち込んだ。
「質問はないかしら?ないならば移動しますわよ」
わたしたちは、高子先輩に連れられて移動していった。
***
(ねえ、このままだと高子先輩に妖魔が殺されちゃうよ。どうやったら助けられるんだろう)
高子先輩に連れられながら、わたしはこっそりつきみに相談した。クロミと契約したあの日から、わたしは妖魔に対しての敵意なんてない。むしろ、妖魔に対して親しい感情が芽生えているのだ。
つきみはすでに考えがあったのか、わたしを安心させるような笑顔で答えた。
(あやつに見つかる前に保護するか、逃がすかできれば一番じゃな。じゃが、仮にあやつに見つかっても、わらわが幻覚を見せてなんとかするつもりじゃ)
(そうなんだ。ありがとう、つきみ)
(なに、わらわの望むところじゃよ。ところで、おぬしもやってみんか?なに、妖魔を探して、すこし話をするだけじゃ。なにも難しいところなぞない)
つきみは、わたしも妖魔を助ける手伝いをしないかと提案してくれた。わたしにできることがあれば、やってみたい。
(うん、頑張ってみる。つきみ、クロミ、なにか困ったら手伝ってね)
(もちろんじゃ)
(まかせて)
わたしたちがテレパシーで会話を重ねるうちに、立ち入り禁止の簡単なバリケードで阻まれた場所に到着した。「妖魔頻出のため通行止め」と記されたその場所には、銃を携えた自衛官らしき人が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます