本部
(校長視点)
私は真木英俊。33歳。形式的に国立魔法学園の校長をしている。
なぜ私がこの若さでこの役職についているのかと言えば、この学園の創立以前は私だけが魔法少女と面識があった研究者だったからだ。
11年前、教育実習先の中学校で、私は彼女に出会った。彼女は、自分が魔法少女だと私に告げた。一人で戦い続ける日々に耐えられない、助けてほしいと。
私はそれから魔法の研究にいそしんだ。彼女の変身アイテムだった指輪を模倣して、『契約の指輪』の原型となるマジックアイテムや、ほかにもいくつかの、現在でも改良されて魔法少女たちに使われているマジックアイテムを作り出した。そしてそのうちの一つを大学で発表した。魔法少女でなくとも妖魔に対処できるように。
その研究はすぐに国の妖魔対策本部に伝わり、そのまま私は対妖魔研究グループのリーダーになった。あとで知ったが、ただの学部卒でしかなかった私が研究リーダーになれたのは、ほかの研究の成果が全くと言っていいほどなかったかららしい。
私は研究グループの仲間とともに、自作のマジックアイテムの研究にいそしんだ。だが、研究が進むにつれて、マジックアイテムを使うためには魔力が必要なこと、そして魔力は、12歳から17歳くらいまでの女性を除いては、持っている人はいないということがわかってしまった。魔力を持っている人がとても珍しいということも。彼女が魔法少女として戦わないで済む方法を探していたのに、結局は魔法少女でなければ、妖魔と戦うことは難しいということを証明してしまったのだ。
その結論が日に日に実証されていくうちに、妖魔対策本部の上層部は、魔力をもつ少女たちを集めて、『契約の指輪』を使って魔法少女にする計画を立てていた。そんなある日、彼女は失踪した。魔法少女が現れなくなり、妖魔の被害が拡大したことで、その計画は速められた。表向きは教育・研究施設として、しかし実際は、兵士の養成所であると同時に人体実験の施設として、学園は設立された。
今でも、もっとよい方法があったのではないか、と考えることがある。妖魔対策本部は魔法少女のイメージアップ・キャンペーンを打ち出し、少女たちは自ら志願して魔法少女になっていく。『契約の指輪』はいまだ不完全だというのに。それは、彼女の望みとは真逆なのではないか。
「どうされましたか、真木先生?」
妖魔対策本部情報部長の篠原さんが話しかけてくる。ここは妖魔対策本部の建物。私はすこしぼーっとしてしまっていたようだ。
「いや、なんでもありません。それよりどうですか、そちらは。また妖魔が増えていたのでしょうか?」
「いえ、今週はむしろ目撃情報は減っています」
「……楽観視はできません。今は学園のおかげもあり、魔法少女が十分確保できていますが、これまでの増加ペースを考えると、いつ対処できなくなるかわかりませんから」
篠原さんと情報交換をしていると、突然、本部の中があわただしくなった。
「何があったのでしょう?」
「さあ。しかし、良いことではなさそうですね」
そこに霧島本部長が現れた。
「緊急事態だ!学園が妖魔に襲撃された!全員司令室へ集合せよ!」
その場にいた全員が、階段を駆け下りて地下にある司令室へと向かった。
妖魔対策本部の司令室は、有事の際の防衛拠点にもなるよう、堅牢に作られている。そこに全員が集められるということは、最悪の事態すら予想される、ということだ。想像以上の危険な状況に、自然と顔がこわばる。
司令室に到着すると同時に、悲鳴のような声が聞こえた。
「魔法少女のカメラ、マイク、全て機能していません!」
「なんだって!」
「一体何があったんだ!?」
この状況で説明を求めるわけにもいかないが、とにかくまずい状況なのは明らかだった。そこに、魔法少女との交信役をしている職員が状況を話した。
「どうやら、捕獲した妖魔を収容している建物をはじめとして、いくつかの重要な建物が破壊されたようです。学園にいた全魔法少女に出撃を要請しましたが、接敵した直後、通信が途絶しました」
まさか電波障害をもたらす妖魔がいるのか?しかし、それなら建物の防犯カメラの画像が生きているのはおかしい。なにがあった?
「桜井亜美との通信が回復しました!全体に流します!」
一瞬希望が見えた司令室だったが、すぐにその希望は絶望に転じた。
「こちら桜井、どうしたらいいの!?みんな石に変えられちゃって、わたしも逃げるだけで精一杯なの!どうしたら……きゃあ!」
「こちら司令部、桜井、何が起きた!応答せよ!」
一瞬で人間を石に変える妖魔。そんなものが東京の街に解き放たれてしまえば、一体どうなるか。下手をしたら、日本という国が滅びかねない。
司令室の大きなモニターには、建物に備え付けられたカメラに捉えられた、多頭の黒蛇の姿が映し出されていた。その黒蛇は、あっという間に建物を崩壊させながら、学園の敷地の外へと向かっている。
「あんな化け物、一体どうすれば……」
霧島本部長のつぶやきは、この場にいる全員の心の声だった。今のままなら、東京は一日ももたないだろう。
そのとき、上から雨音が聞こえてきた。今日は雲一つない快晴だったはずなのに。そう思っていると、映像を確認していた職員が声を上げた。
「全カメラ、激しいノイズがかかって何も見えません!」
ただでさえどうしようもない状況に、さらに追い打ちをかけるような不自然な大雨。もはや、ただパニックになるしかなかった。
「今すぐブラジルに、いや、宇宙だ!人類は宇宙に逃げ延びなければ!」
「もうだめだ……おしまいだああ!」
「だから、最終手段の核爆弾を用意しておくべきだったんだ!」
そうしているうちに、カメラの映像が戻った。そこには崩れた学園の建物に、虹がかかっているのが映し出されていた。
***
「この学園にいる魔法少女全員、新入生含め、全員無事でした」
「そうか……」
新入生の担任を任されている小川先生が報告した。あの状況で全員無事?そんなことがあり得るのか?
「新入生は、襲撃の時点で全員が契約を終え、医療棟でメディカルチェックを受けていました。地上部は攻撃を受けましたが、地下に避難したことで難を逃れました」
「そうか、それは幸いだったな」
不幸中の幸い、本当にそうだろうか?医療棟はもっとも被害が少なかったと聞く。果たして偶然か?どうもそうとは思えない。
「実際に戦闘を行っていた魔法少女たちは、石化されていたときの記憶がないことを除けば、メディカルチェックでも異常はほとんど見られませんでした。ただ、数名に関しては、負傷があり、回復に時間がかかっています」
むしろ、石化が自然に解けるというのが不自然だ。もしそうなら、あの黒蛇の妖魔はどうしてとどめを刺さなかった?
「生徒たちが使う寮や教室はほとんど無傷で残っていました。一方で、確保していた妖魔はすべて逃走。研究資料は9割以上が喪失しました。以上です」
「わかった。ご苦労さん」
小川先生が校長室を立ち去るのを見送ると、私は大きなため息をついて、それから、私は執務机の鍵付きの引き出しを開けて、中にあった手紙を取り出した。
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