第22話 圧倒的な強さを前に僕は笑うしかない①
――
今日もまた、僕は教室の隅で小さくなっていた。しかし、前と比べたら少しだけ変化もある。顔をあげると、楓雅と龍之介が近づいてくる。彼等は少しだけ距離を置き、僕の独りの時間も大切にしながら、歩み寄ってきてくれる。
本当に細やかで素敵な友達だ。
「璃音。一緒にご飯食べよう。」「同じく!」
「楓雅。龍之介。僕でよければ、ご一緒しましょう。」
「やったぜ。俺は購買に行ってくるから、先に食べててくれ。」
「龍之介。いってらしゃい。」
僕に新しい友達が出来てから二日後の昼休みに、それは起こった。
「それにしても、あれから達也は来てないなー。冒険者として忙しいのかもな。」
「うん。達也くんは、学生離れした強さだからね。」
「……璃音。達也にもくん付けはやめとけよ。同級生なんだから許可なんてなくても達也で良いんだよ。そういう所から、距離や遠慮が生まれちゃうんだぞ。」
「気をつけるよ。」
「うんうん。楽しくやろうな。」
突然、教室のドアが勢いよく開いた。
「おい、Fクラスのゴミ共。遊びに来てやったぞ!」
見上げると、Sクラスの灰塚翼くんと九里顎斗くんが不敵な笑みを浮かべて立っている。
教室内が一瞬で緊張に包まれた。
僕たちの学校では、試験結果によってクラス分けを行っているとされている。しかし間違いなく成績順ではない。僕は推薦入学なので、確固たる証拠があるのかと言えば微妙だが、委員長は成績優秀とされていた僕よりも頭が良い。それこそ一年の中ではトップクラスに頭が良い。
僕の見立てでは、成績よりも入学前に行う冒険者協会での鑑定結果が優先されていると思う。明言されていないから、勘違いされているけど、おそらくはそれが入学試験の本命なのだ。言葉にはしないが、Fクラスのみんなもその事に気づいている。
覚醒値や能力の優劣で、Sクラスの生徒には敵わない。今、クラス中が恐れているのは、その事実を知っているからだ。
「……どうしよう。彼等はSクラスだよ。」
「……関わらない方が良い。」
楓雅の言うように絡むのは避けたい。戦闘能力に於いてSクラスが頂点でFクラスが底辺なのだ。現に実技重視の評価点で一年生のうちに退学になるそのほとんどが、毎年CからFの四クラスに所属している生徒らしい。
Sクラスの生徒が、わざわざ最底辺のFクラスにやって来る事なんて、今までの学生生活では有り得ない事だった。
「何の用ですか。灰塚さん、九里さん。侮辱するだけなら帰ってください。ここはあなたたちの来るようなところではありませんよね。」
クラスの委員長、
灰塚は冷笑を浮かべる。
「俺たちがどこに行こうと自由だろう? そんな事より出てこいよ。木元達也。」
灰塚は委員長を軽く突き飛ばした。雫さんは後ろにいた花恋さんを巻き込み床に倒れ込む。
すぐに理解した。僕の常識では女性を突き飛ばす行為は許されない。しかし、既に冒険者として活躍しているSクラスの強者にとって、暴力など日常なのだ。突き飛ばすくらいは暴力にも入らないのだろう。
胸が締め付けられるような痛みを感じた。見て見ぬふりをしてしまう自分が情けない。
龍之介が購買から帰ってきた。
「委員長、大丈夫か? 何してるんだよ。お前ら。」
「立場も弁えずに出しゃばるからだ。お前は死んでみるか? 男には容赦はしねえぞ。」
「灰塚。九里。自分のクラスに帰れよ。ここは学校だ。学生同士が争う場所じゃない。」
「笑える。この時代にまだ平和ボケか。学校だけじゃない。この世界の全てで、殺し合いが始まっているんだよ。ぎゃははは。……もう一度だけ言う。木元達也を出せ。居ないならここに連れて来い、三下がっ。」
隣を見ると、楓雅が今までになく青ざめて俯いていた。
「断る。獣にも劣る野蛮人の前に、俺の友達を差し出すわけねーだろ。馬鹿野郎がっ――」
次の瞬間、龍之介が倒れていた。意識を失っている。
頭が真っ白になった。ぶっきらぼうで優しい僕の友達は、悪に勇敢に立ち向かい、一瞬で倒された。
そして、僕にはそれが見えていた。灰塚でもなく、九里でもない。その後ろに控えていた黒石葉鳥が一瞬で前に出て龍之介の顔面を殴り、また定位置に戻ったのだ。あの速さは普通の人では感じ取れない。灰塚がやったように見えるだろう。
楓雅が立ち上がる。灰塚が彼に目を留め、不気味な笑みを浮かべた。
「おや、楓雅じゃないか。その怯えた表情、中学の頃と変わらないな。」
「……もう、やめてくださいっ。灰塚さん。俺達のクラスに、俺の友達に手を出さないでください。そんな事をされるくらいなら、また俺が――」
―― プツンッ ――
楓雅のさっきの怯えよう。次ぐ、そのやり取りに、僕の心がざわつき湧き上がった。灰塚による暴力は楓雅にとってこれがはじめてじゃない。どす黒い感情が僕を支配する。
「楓雅下がって――誰かをこんなに憎んだのは、これがはじめてだよ。これ以上、僕の友達を傷つけるな。帰らないのなら、僕があんたらの相手になる。」
意識を取り戻した龍之介も楓雅を庇うようにして立ち上がった。
「よく言った璃音。俺も付き合うぜ。」
龍之介は楓雅と灰塚の関係を知っていたのかもしれない。
最初からまっすぐに灰塚を敵視していた。
委員長が一度僕の前に立ち塞がる。しかし、一瞬僕に笑顔を見せると振り返り灰塚を睨んだ。
「クラスメイトを侮辱しないで。私はこのクラスの委員長として、あなた達に抗議します。それでも戦うというなら私達も受けて立つわ。それで良いわよね。花恋。」
「うん。」
それまで後ろで黙っていた黒石が、灰塚の肩を掴むと耳打ちして消えた。灰塚が悔しそうな顔をしてから僕を睨んだ。
「命拾いしたな。一ヶ月後。クラス対抗の模擬戦がある。そこでSクラスはFクラスを相手に選ぶ。団体戦の五名と個人戦の二名。お前らは団体戦でこの俺が相手をしてやる。個人戦には木元達也を出場させろ。いいな?」
「それで良いわ。立ち去りなさい。」
「ちっ。」
委員長の承諾を得て灰塚が帰ると、九里顎斗が教室を歩き海老原里桜の席で止まった。右手で海老原さんのアゴを掴む。
「クラス全員を半殺しにするって話だったのに、なんで、黒石さんは意見を変えたんだろうな。っと……そんで俺は、お前の顔が気に入った。うちが勝った時の景品にでもならない?」
「私は達也くんが好きなので、お断りします。早く帰ってください。」
「ここでまた木元かよ。そそ。最後にこうなったのは黒石さんの気まぐれな。たぶん模擬戦の前に、うちの大将、藤堂さんが達也を殺してると思うぜ。」
「キモいっ。その手を離して。」
「気が強いねえ。お前も模擬戦に出ろよ。力で屈服させてやるからさ。きっと模擬戦が終わったら従順になってるぜー。じゃあ、またな。」
九里の不穏な発言を最後に、この騒動は終わった。
僕はこの学校に入学してからはじめて、友達やクラスのみんなと一緒になれた気がした。
僕がこうなってしまった原因。心の痛みは消えない。
これから待ち受けているものが、希望か絶望なのかはわからない。けど、仲間と立ち向かうことで一歩前進した。
「璃音。さっきはありがな。」「楓雅達と一緒だって思ったから、少しだけ勇気が出たんだ。こちらこそ、ありがとう。」
最弱の僕は、きっと誰にも期待されてない。
それでも
怯えて暮らすだけの僕はもうここにはいないんだ。
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