第24話 戦いと未来への鼓動①
――三人称 渋谷区 東京スラム
鳥居晴希と雨の兄妹が住んでいた渋谷区は
「違うもん。冒険者学校は日本の為に戦ってくれるヒーローを育ててるの。お兄ちゃん。のんちゃん達は良い人だよね?」
現在の日本は一昔前の豊かな生活とはかけ離れている。
同時に世界各国も自国の防衛と復興に手一杯で国際的な協力体制は完全に崩れている。
その為、特に食料問題は致命的だった。モンスターによる家畜や田畑の直接的な被害だけではない。これまで一世代限りのF1種に依存していた日本は、アメリカから種の供給がストップすると、野菜などの自給自足すらも困難になる。
また定期的に発生するモンスターブレイクにより、都市の破壊、殺人、物資の流通停止、医療機関の機能不全、感染症の蔓延、治安の悪化などが深刻化した。だが政府はその度に地方の問題を切り捨てるような選択を重ねている。
しかし、その被害の多くは人々を混乱させないために、隠蔽されており、今も東京23区に住む日本人は心の平和を保っている。
この異様とも言える日本の歪みは、最初に緊急事態宣言が発令された事がきっかけだった。緊急事態条項を理由に権力を集中させた内閣は、これまでに解散もせずに現在まで続いている。多くの被災者を切り捨て政治権力者の生活を守るためだけに法律を利用した。経済活動は停滞し、失業率は過去最悪を記録した。
対照的に冒険者協会の国民への貢献は目を見張るものがある。冒険者協会によりダンジョンから持ち帰られた新たな資源の開発が進み、代替エネルギーや新たな農業技術が発展し、モンスターの肉を食用にすることで食料問題の解決に貢献した。覚醒者の増加と協会の権力強化により、日本は徐々に国家としての機能を取り戻しつつある。
しかし、冒険者協会がその地位を固め政治的な関与をしているにも関わらず、腐敗した政治の影響で崩壊都市やスラム街が存在し、未だに身寄りのない子供たちが飢えに苦しんでいる。
鳥居晴希と鳥居雨の兄妹は、そんな日本の闇の部分。廃墟となった崩れかけの高層ビルが立ち並ぶ東京スラムで育った。
飢えに苦しんでいた時に、冒険者に街ごと助けられ、彼等の援助を受けてなんとか生活している。
「力を得た者は、それに相応しい欲望を満たす。スラムの孤児を助ける事だって自己顕示欲を満たしているだけだ。一方で彼らは、暴力的なやり方で、もっと大きな欲求を満たしている。」
「何を言ってるの。のんちゃんは、いつでも俺たちを救ってくれてる。」「おじさん嫌いっ。」
「これだから、何も知らない子供は怖いねえ。この世界にモンスターが現れ、それを討伐出来るのは冒険者だけだ。冒険者だけが人類の救世主だ。けどそれは、そう思い込まされているだけなんだよ。この数年間、世界中でモンスター以上に殺人を犯しているのが冒険者だってことを、君は知らないのだろう。」
「そんなことは信じないもん。」
「だったら見に行ってみるかい? 冒険者の卵達が本当はどんなやつらで、実際は、どんな悪事に手を染めているのか。もし、おじさんの言っていることが本当だったら、辛い未来を変えるために、うちの女神様に会わせてあげるよ。ちょうど行く場所は一緒だ。」
「分かった。そのかわり、間違いだったらのんちゃんを信じている僕と妹に謝ってね。」
―― 新宿冒険者学園大学附属第一高校
晴希と雨の兄妹は生まれてはじめて電車に乗り、新宿にある冒険者の学校を訪れていた。学校の正面から敷地に入り、横道から校舎の中にまで潜入した。
「……ここが。」
「おじさん。本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。この学校は警備員を雇わなければ立ち行かない程、暴力に晒されている。学校は外から来る人間より内部の強者達のいざこざの方が怖いんだ。ほら、見てみろよ。あそこで学生同士が揉めてるぜ。」
晴希がおじさんの指さす方を見ると、大柄で屈強な男の歩く道に若い男が立ち塞がっていた。
「郷右近先輩。あんたらの戦いに今まで俺が介入しなかったのは、単に興味がなかったからだ。」
「藤堂我胡。それなら何故、今、ここに立ち塞がる。」
「一年は俺が作った俺だけの領域だ。僅かばかりの自由をお前が踏み荒らそうとするな。」
郷右近は今にも殺しそうな勢いで、藤堂を睨んでいる。
「自由。そんなものはねーんだよガキ。この学校は
だが藤堂は怯む事なく、むしろ一歩前に進み威圧する藤堂を下から睨んだ。
「許さないだって?、 三年のくせに未だに学校制覇はしてねーよな、おっさん。理解できないようだから、この際ハッキリと喧嘩を売ってやる。
そこで今まで張り詰めていた緊張が解けた。郷右近が笑い出したのだ。
「くくくくっ。飼い犬は嫌いだが、噛み付く狂犬は嫌いじゃない。貴様の覚悟に免じて。一度だけ
郷右近が深呼吸しながら両手を広げて静止した。藤堂からの攻撃を待つ。逆に藤堂が驚いて後退る。
「一体何のつもりだ。そのリラックスした状態で、俺の攻撃をただ受け止めるつもりなのか?」
「獅子がネズミの攻撃を避けるとでも?」
藤堂は死ぬ気でこの場に挑んでいた。しかし、その相手は藤堂を敵とすら認識していない。明らかに格下、弱者を試すようなその態度に藤堂の怒りは極限に達していた。
「殺したい気分だ。どいつもこいつも俺を侮りやがる。窮屈なんだよ。お前らの領域は俺にとって空虚だ。死ねよっ。――【拳王の一撃】」
藤堂は全身全霊のスキルをお見舞いした。防御もしない敵に真正面から渾身の一撃を与えた。もはや考えるまでもなく、郷右近は戦闘不能であると構えを解き立ち去ろうと振り返った。
「どうした。お前の力はこんなものか?」
三歩進んだ所で、郷右近の声を聞き背筋が凍る。いつも通りの声が聞こえた。郷右近を倒していない事の証明だった。
藤堂はゆっくりと郷右近に向き直る。
「――げふっ。」
そこには地面に片膝をつく
「自分で言ったんだ。さっさと三年の教室に戻りやがれ。」
「……。」
晴希が瞬きしている間に、我胡の後ろに若い女性が立っていた。
「坊ちゃん。至急ギルドに戻るようマスターから命令が下されました。国内全塔型ダンジョンへの挑戦が協会から認められたようです。」
「すぐに済む。木元達也を片付けるだけだ。」
「マスターを待たせてはなりません。」
「うるせえよ。」
我胡と女性は、素早くその場を後にする。
一部始終を見ると男性はため息をつきながら子供達を見る。
「ほらな。だから言っただろう。暴力に任せ、我物顔で権力を振るう化け物どもが、この国を将来を背負っているんだ。このままだと、能力を持たない人間に安全な未来はない。」
「あの人達のことは知らない……でも、のんちゃんはそんな人じゃないもん。」「そうだ。雨をいじめるな。」
「晴希に雨。二人とも落ち着けって。覚醒者や冒険者は誰でもなれるもんじゃないし、使い方を間違えたら大変なことになる。その点、覚醒者よりも簡単で、素行の管理にも行き届いた力がある。何よりも安全で確実な力があったら、人間は幸せになれると思わないか? 今こそ犯罪者どもに罰を与えるんだ。」
晴希達は口論に夢中になり、近づいてくる巨漢に気づかなかった。
「そこでコソコソと何をしている?」
「いや……す……すみません。道に迷ってしまって。すぐに帰ります。」
郷右近は嬉しそうに笑っている。どこか狂気の漂う笑顔た。
「ガキに教育でもしてやるか。」
「へ?」
「悪い事をした大人がどうなるか。ヒーローはどう行動すれば良いのか。」
その瞬間、おじさんの胴体に大きな穴が開いた。郷右近は右手にべっとりとついた血を舐め啜っている。
「これがこの世界の現実だ。弱者は喰われ強者のみが正しい世界。喜ぶがいい。俺がお前たちの見たかった目指すべきヒーローの姿だ。」
「いゃーーー。」「……ぅゔあああっ。」
晴希と雨は絶望した。圧倒的な迫力は郷右近が立ち去った後も続き、しばらくは生きた心地がしなかった。
郷右近が去るとおじさんは最後の力で、晴希に自分の財布と連絡先の番号が書かれたメモを渡す。
「……晴希。泣くな。これを持て……女神様に会うんだ。お前はきっと本当の勇――」
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