第6話 ガリ勉は異世界に転生する?

―― 木村さんが落ち着くまで およそ3分

 

 俺はステータスを振り分け終わった。


 木村さんは、息を整えると、また険しい顔に戻った。


「……希少種だけじゃないわ。私が見ただけでも、あちこちに猛毒の罠があった。このダンジョンは危険過ぎる。」


「そうですね。」


「平然として……そうね。…………変身もしてなかったようだし、第四類覚醒者で決まりかな。そもそも【F2】だったんだから、変身でも四類になるか。」


 それは、洒落にならない。


 Fランク二類覚醒者になったあの時でさえ、相当な規模で情報が拡散した。そんな事が広まってしまったら、俺はどうなってしまうんだろう。


 再燃どころの騒ぎじゃない。

 

「いえ。第二類覚醒者です。このショートソードが、凄く斬れるんですよ。」


 それにステータスの力は絶対に隠した方が良い。

 俺だけじゃなく瑠衣にも関わる話だ。


「あのさ。【F2】は世界で達也くん一人だけなの。あなたの覚醒値が F1 なことは誰もが知っているわ。モンスターは人類の兵器が役立たない敵なのよ。達也くんが倒したのは希少種。うちでも単独であれを倒せるのは、二人しか思い浮かばない。それを身体能力が高いだけのFランク覚醒者が勝てるわけないでしょ。」


 どうすれば……あ。

 

「俺はFランクでも、スキルを持ってますよ。」


「たしかに……まさか。あの記者会見自体が ブラフだったというの? 本当はとんでもないスキルで、情報を操作せざるを得なかった。たしかに。あれだけ騒がれて良いカードなら手の内を晒す事になる。」

 

「……。」

 

「え? えええ。まままま……まさか。アレが ブラフで、そこに真実を織り交ぜたとしたら、ババは…………JOKER!? ゲームを変えたら、人類最高の手札に成りうる。そういう意味なんじゃ。」

 

 よし。勘違いしてくれた。

 

「他言無用です。これ以上は言えません。」

 

「……分かったわ。スキルの情報の秘匿は普通だからね。助けられちゃったし。」


「ありがとうございます。」


「さて。私はヒーラーであなたは運び屋。どちらも攻撃は専門じゃない。そして、仲間はどこにいるか分からない。」


 それもだけど。気づいて無いわけじゃないよな?

 

「ですね。あと希少種がいるダンジョンで、レイドボスが存在し、出口はその先にある可能性が高い。」


「……知ってたか。じゃあ、ストレートに言うわ。なるべく早く仲間に会わなきゃいけない。だから、あなたの力を貸して欲しいの。もちろん、仲間には契約をしてでも秘密を厳守させるわ。」


 頭の中を整理する。


 ………………このダンジョン Eランクの青

 様々な異常事態を加味すると

 ランクDの最上級と認識するべきだ。


 

 戦闘メンバー11人が集まってもほとんどがDランク。

 Dランク最上級のレイドボス攻略は相当厳しい。

 

 Fランクの俺が、木村さんの言うようにJOKERになれるか?


 何にせよ。

 レベルはもっと上げて起きたいな。


 秘密が守られるなら

 この申し出は逆にチャンスかもしれない。


「分かりました。その代わり、絶対に秘密は守ってくださいね。」


「ありがとう。…………あれ? 達也くん、なんで、身体が透けて……。」



 木村さんの言葉が遠く離れていく。



 


―――― そこは暗い部屋だった


 黒い帽子と仮面を被った少女がいた。


「やっぱり、こうなってしまいましたね。」


「まさか…………俺は異世界に転生したのか。」


 焦げた肉と鼻をつく血の臭いがした。

 足元は月面のように大きな窪みが刻まれ、血肉が飛び散り戦場の痕跡は悲惨だ。


 間違いなく、今はボケるところじゃない。

 

「……ここはどこだ。人が死んでいるのか?」


「彼らの カルマです。あなたにもよく分かるでしょう?」


「君がこれをやったのか?」


「私とも言えますし、私じゃないとも言えます。」


「何者なんだ?」


「……闇の魔女、ミレナアトラス。」


「……。」

 

「あなたの気持ちは私にも分かります。『 二次進化 』憎しみ、恨み、復讐、あらゆる想いが、あなたを四類覚醒者へと導いた。やはりあなたは世界の希望だったのですね。」


「言っている意味が分からないよ。」

 

「自覚していないのですか。深い傷跡の種は、心の奥底に重く垂れ込め、やがて渇欲を生む。あなたにも覚えがあるでしょう? 侮られ、虐げられ、騙されてゴミみたいに捨てられる。それは二次進化のトリガーになります。私は本懐を遂げましたが、あなたは能力を失ってしまった。」


「誰かに恨みはない。俺は運が良かったんだ。」


 俺はそうなる前に美優に出逢えた。


「ええ。心の傷を語りたくない気持ちもよく分かります。しかし、この結果はフェアじゃない。」


「結果?」


 ミレナアトラスは首を振る。


「あなたのスキル【学習】は、あらゆるものを学習し、そこからスキルを作り出す力です。おそらく能力者の使うスキルは、特に【学習】を加速させます。ですから、自分を守る力を優先して学んで下さい。」


「予想はしてた。でも、なぜそれを知ってる。」


 ミレナアトラスは首を振る。

 

「あなたは死にます。」


「え?」


「さようなら。達也さん。もっと早くあなたと出逢いたかった。」 ――――

 


「達也くん。ねー。……達也くんっ!」


 木村さんが、凄い勢いで俺を叩いている。


「……夢?」


「夢? 消えたと思ったら戻って来たわ。それでしばらく気を失っていたから……そうね。あなたは夢を見ていたのかしら。」


「リアルな夢でした。俺を助けたいという思いが、伝わってきて…………それ以上に助けて貰いたいと悲しんでいた? …………行きましょう。仲間を探さないと。」



 



 濃い霧の中を進んだ。

 

 足元の土は湿り気を帯びていて、踏むたびにぬかるみの音が響く。


 足を止める。


「木村さん。下手に動かない方が良いです。」

 


まるで生きているかのようにゆっくりと動く不気味な植物。その蔦に吊るされた二人の女性がいる。


 彼女達の顔は恐怖と痛みが浮かんでいた。


「助けて。」

「朱美、頑張ろ……」


「【鑑定】」


『  吸血ヴァンパイア 鬼蔦アイビー

 地面に張り巡らされたツタが踏まれると瞬時に巻き付き、微弱な麻痺毒を注入しながら血を吸い取る。』


 木村さんが声を掛ける。

 

「奈津子さん。朱美さん。しっかりして。もう大丈夫よ。」


 二人は弱々しくうなず いた。ツタが彼女達の体力を奪っている。時間がなさそうだ。


 俺は剣を握りしめて前に出る。大丈夫。きっと トラップのような仕組みだ。


 しかし、次の瞬間、ツタが襲いかかって来る。

 素早く身をかわし、斬り裂いた。


「くそ。踏まなくても、襲うのかよ。けど猿よりは遅い。」


 ツタはすぐに再生し俺に巻き付こうとする。その一方で女性たちの命を吸い取っている。間に合わないかもしれない。


 「いちかばちかだ。」


 俺は、植物を踏まないように走った。


「【 追放 エグザイル】」


 二人を締め付けいたツタを握ると、ツタは弾け飛んでいった。届かなかった部分を剣で切断する。


 彼女達は解放された。


「木村さん、今です。」


「了解【 治癒ヒーリング の手 ハンド】」

 木村さんが二人の肩を抱え戦場を離れた。


 きりりと睨みモンスターを賞賛する。

 

「尊敬するよ。その生きる意志を。だから俺も命懸けで殺してやる。」

 

 俺はツタの手足でなく、その根元に狙いを定める。

 剣を振り上げ「【斬撃 スラッシュ 】」斬り下ろした。


 切断面から魔石を抜き取る。

 

  吸血ヴァンパイア 鬼蔦アイビー は苦しむようにうねりながら崩れ落ちた。


 だが


「有り得ないだろ。野生。まだ終わってない。木村さんっ! 休まずに走って。」


 また仲間を呼び寄せやがった。 吸血ヴァンパイア 鬼蔦アイビー は群生していたのだ。


 キュルキュルキュル


 『【 招集する光シリウス 】を獲得しました 』


 俺は再び闘志を燃やす。

 もう一度、植物との戦いに身を投じる。

 


「はぁはぁはぁ。終わった。」


 時間はかかったが、人質がいなければ、倒すのは比較的楽だった。


 猿よりは

 

「達也くん。本当に、ありがとう。私がヒーラーである事が今は悔しいわ。集団戦でないと力になれないもの。」


「彼女達を助けられたのは、木村さんの力が大きいですよ。僕だけなら無理でした。」


 

 木村さんのパーティーメンバーの木内奈津子さんと高橋朱美さん。


「うぅ。このダンジョンは異様です。死ぬかと思いました。本当にありがとうございます。」

「ありがとうございます。達也くんって運び屋じゃなかったんですか? ……私達が手も足も出なかったモンスターをいとも簡単に。」


 返事に困る。

 

「このモンスターは、初見殺しの たぐいですからね。お二人が罠に嵌っていたおかげです。そうですよね。木村さん。」


「……達也さんも襲われてましたけど。」


 女性二人が見つめてくるので、木村さんに助けを求める。

 

「いろいろと言いたい事はあるでしょうけど、彼のスキルは、冒険者協会が隠す極秘事項よ。私達はそれを外部に漏らさない契約で、達也くんに力を借りる事にしたの。分かったらこの契約書にサインしてちょうだい。」


「「はい。」」


 二人はだいぶ無理をしているな。まだ顔色が悪い。回復が足りないだろう。一人でダンジョンに潜れたら、何も考えずに楽なんだけど。


「達也くん……その、かっこよかったです。」


 朱美さんが頬を赤らめた。

 相当、大変な思いをしたんだな。

 

 ……でも、壊れかけの心が少しずつ洗われるような気がする。ただの随行者ではなく、俺も冒険者の一員になれたような。


 

 あの頃は弱くて、いいなりだったからな。

 


 ―― 銀狼傭兵団とのダンジョンを思い出す

 

 体力もないのに、必死で駆けずり回っていた。

「おい達也。さっさと解体を終わらせて、ついてこい。」

「すみません。……まっ……待ってください。ぐはぁっ。猫田さんっ。スライムが1匹残ってます。」

「んな雑魚。自分でなんとかしろよっ。ぎゃはは。」


 猫田さんの顔を見ると、思考が鈍るくらいまで追い込まれていた。

「ゴブリンの群れは、連携されると厄介だ。お前、突っ込め。囮になれよ。」

「でも、Fランクですよ。死んで……。」

「ちゃんと回復してやるよ。いけっ。」

「……はいっ。……ぎやゃぁー。」


 思い出しただけでキツイくらいだ。あのままあ銀狼にいたら、心が壊れていたと思う。 ――


 なんだか俺ってあの頃の猫田さんみたいだ。


 自分の都合で他人は二の次。


 強くなることで、誰かの役に立てることで、感謝されることで、死んでいた心が少しずつ動きだしているのに。


 与えられてばかりじゃないか。


 言い訳して隠す事だけが俺のやるべき事じゃない。


 俺は人に向き合うべきだ。美優がしてくれたみたいに、手を差し伸べたい。


 自分じゃなくて、他人を一番に想える人になりたい。


「【 治癒ヒール 】」


「え? 体調が完全に回復しましたっ! 麻痺してたん……ですけど。」

「嘘っ。信じられない。どういうこと。綿あめになったみたいに身体が軽い。」

「……私まで。」


 木村さんが頭を抱えている。


「達也くん。回復魔法が使えるのはこの際良いわ。むしろ、そんなカードを出してくれてリーダーとして感謝します。ありがとう。……でもね。」

 

「……はは。」


「回復魔法は術者と相手の魔力にも左右される。たぶん自然治癒能力を魔力が肩代わりする感じなのかな。相手の魔力が低いと効果が薄く、むしろ二重掛けしたら負担になることもあるの。さっきの【ヒール】は、両方がSランクだったとしても、驚異的結果だわ。」


「知らなかった。負担をかけたなら、すみません。」


「……そっちじゃない。あなたのは人前で使って良いスキルじゃないってことよ。ここまで衰弱した相手を瞬時に完全回復できる【ヒール】がある。この事実だけでFランクにスキルがあった時よりもずっと大騒ぎになるわよ! 奈津子さん。私の回復魔法でどうなるか教えてあげて。」


「戦闘中の場合、最大の強みは止血の効果です。重複してかけられないから、強い攻撃を受けた後に【ヒール】をかけて貰います。傷口の程度にもよりますが、一時間くらいで塞がります。深い傷の場合、再使用の目安はその一時間後です。だけど、体力や状態異常を回復するような魔法はヒールではないです。」


「朱美さんの【チャント】の効果を、達也くんに教えてあげて。」


「はい。"呪文の詠唱中"、少しずつ仲間の体力やスタミナを回復します。回復量を時間に例えると30秒の詠唱で全力で戦える時間が1秒増えるくらいの回復でしょうか。実際にやってみますね。【チャント】」


「風を切って走れ、君は僕と共に

 勇気のビートで、未来を掴め

 不安も涙も、力に変えて

 絆で繋がる、僕らのストーリー

 信じる心で、夢を叶えよう

 ……どうでしょうか?」


「ありがとうございます。僅かに力を感じます。」


キュルキュルキュル

 

『【鼓舞 インスピレーション】を獲得しました

 【 治療 ヒール】がランクアップしました

 【 治療 ヒール】Ⅱを獲得しました     』


「達也くん。自分のスキルがどれほど凄いか、これで理解出来た? これから人前で使うのは注意してね。」

 

「ありがとうございます。でも、また同じ状況になったら使うと思います。もう誰かを見捨ててまで隠したくはありません。今までの俺は何も出来なかったし、自分の事ばかりを考えて生きてました。これからは誰かに手を差し伸べられるような人になりたい。」


 木村さん達の瞳が微かに潤んでいた。

 

「……間違えていたのは私の方だったみたいね。子供だと思って侮っていたわ。ごめんなさい。私達を信用してくれてありがとう。絶対に秘密は守る。奈津子さん。朱美さん。それで良いわよね?」

 

「うん。絶対に言わない。達也くんありがとう。」

「はい。ありがとうございます。墓場まで持って行きます。」


 みんな元気に笑っている。

 使って良かったな、と思う。


 今みたいに人の役に立つスキルが学習出来るなら、また誰かの力になりたい。レベルアップも大切けど、パーティーから少しでもスキルを学習しよう。


 ……そういえば、夢にあったな。

 「自分を守る力を優先して学んで下さい。」


 もし、あの夢が未来を示すものならば、俺には終焉が近づいているのだろうか。


 逆らう事になるけど

 それでも今は他人を守れる力が欲しい。

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