第8話 傷心美女は禁断の果実が欲しい
――木村春奈
人生の目標は結婚。
普通に恋愛して、普通に結婚をする。
私には勉強や仕事よりも恋の方が大切だった。
そういう気持ちでいたのに
「掃除洗濯、全部完璧で俺の体調管理にまでこだわる。そのうえ俺の仕事のサポートまでしようとか、どう考えてもやり過ぎだろ。お前には自分の夢とかないのか。」
「あなたと結婚するのが夢なの。それだけで幸せ。」
「そういうのが全部重いんだよ。この先ずっとお前に支配されると考えたら、凄く気持ち悪い。別れよう。」
学生時代から付き合っていた、婚約中の彼にふられた。
ご飯が食べられなくなった。
20歳の時だった。
適当に就職した会社では寿退社を控えていた。
21歳の誕生日。
「結婚しても、皆さんの暖かいご指導は忘れません。」
「ったく。俺たちの
嘘だ。本当は職場にもバレている。
私は痩せこけた抜け殻のまま無職になった。
頭が悪かったせいで、再就職は絶望的だった。
「私、このまま死んじゃうのかな。」
そんなどん底で私は覚醒した。
冒険者になった。
人を癒す事で、自然とご飯が喉を通るようになる。
今度こそ、自分の夢を持とう。
そう考えながら、何回目かのダンジョンで正義さんと出会った。
私の夢は、仲間達と一緒に功績を積みギルドを立ち上げる事に変わった。
――
猿とツル型モンスターから、さっき学習したスキル。きっと使える。
「木村さん。スキルを試してみたいので、何人か思い浮かべて貰えませんか? イメージが大切です。俺の肩に手を置いて、この場所に優先して呼びたい人から順に呼びかけてください。」
―― 剣[♠︎]と聖杯[♡]は見たけど。技術スキルの
「……うん。分かった。」
「【
頭上に光の玉が浮かび、打ち上がった。
「千尋ちゃん。気づいたらこの場所に来て。真由さん。お願い……こっちにき……ぅう。」
木村さんが、ふらついて倒れそうになったので、慌てて肩を支える。ちょっとは予想していたけど、やっぱりこうなったか。
「大丈夫ですか。」
―― まただ。
心が締め付けられる。
今日はじめて出逢ったのに。
彼はまだ子供なのに。
彼のぬくもりが暖かくて、とても痛いよ。 ――
「……ありがとう……あの…………達也くん。」
木村さんが顔を寄せ持たれかかる。責任感の強い人だから、弱った顔を見られたくないのだろう。
「なんでしょうか。」
「正式に仲……………………やっぱりいい。この気持ちを打算的意味に思って欲しくない。……これだけ……年上の女性は嫌い?」
打算的? はいはい。大人は難しいな。わざとくっついているわけじゃないということね。たしかに。こんな事情がなかったら、この形は抱きついているようにも見えるからな。
……まてまて。これ許されるのか。
意識してしまったら
なんか良い匂いがするぞ。
「…………き……好きですよ。」
危なかった。嫌いじゃないだと、我慢してると思われかねない。落ち着け俺。これは単なる介抱だ。
―― 嘘……その言葉信じても良いの? ――
「じゃあ。少しだけ、このままでいさせてください。」
声も小さい。やっぱりとても弱っている。それなのに俺はなんて悪い事を考えていたんだ。木村さんは俺のスキルに相当な力を持っていかれた。木村さんはC
今後、スキルを他人に依存する場合は十分注意が必要だな。
「分かりました。木村さん。」
「春奈で良いんだよ。達也くんには、頼ってばかりだから。」
友達だと思ってくれたのかな。考えてみたら、冒険者でこんなに良くしてくれる人は今までいなかった。大人だし尊敬出来る良い人だな。
「分かりました。春奈さん。」
はぁっ!
高橋さんと木内さんが
こっちを見てモジモジしてるぞ!
俺のスキルの事を知らないから勘違いしているんだ。
やばい。
意識したらまた良い匂いがしてきたぞ。
こんな美人のお姉様が
俺の事なんか相手にするわけがないんですよ。
春奈さん!
リーダー! 見られてます。
心臓の音が激しくなる。
どうしよう。恥ずかしくて動けない。
春奈さん。ピンチです!
「朱美さん。奈津子さん。これも極秘事項にしてくださいね。」
春奈さんはそう言うと、俺の動揺を見て嬉しそうに笑った。
とても綺麗だ。そして前言撤回。
大人な良い人じゃなくて大人の悪女だよ。
さすが、経験豊富なお姉様は違う。
童貞を弄んで、意地悪しないでください!
「ほんとに極秘です。彼女にバレたら大変ですよ。」
寒いっ。なんだこの空気は。
「……そっか。……彼女さんにだけはきちんと報告したいと思うわ。彼氏が年上の
春奈さんが、さっきより大胆に抱きついて来た。女性に免疫のない俺にとって、ある意味モンスターよりも危険すぎる。
「からかってますね。くっつかないでください。」
―― 一人で浮かれて馬鹿みたい。
見た目は高校生なのに。たくましくて、優しくて、他人の為に大人の決断をする。こんなに良い男が。ほっとかれるわけないじゃない。ごめん。これで最後にするから……今だけは許して。 ――
「達也くんには借りだらけだから、振られたらお姉さんが慰めてあげるわね。」
「……その時はよろしくお願いします。」
高橋さんが遠くを見て慌てはじめた。木内さんがそれを見て手を振りながら叫ぶ。
「おーい。こっちだよー!」
春奈さんのパーティーメンバー。山本奏多さんと石田真由さん。それに最初に俺を注意した井上嵐さんだった。
「みんないたー。突然リーダーの声が聞こえて。それで光が見えたの。」
「…………そんな馬鹿なことが。」「どうした奏多?」「いや……なんでもない。」
「三人とも無事で良かったわ。井上さん。真由さんに特殊なスキルを使ったから、山本さんも影響されて混乱しているのかもしれない。彼は三人目に選んでいましたから。それも含めて、契約書に同意して欲しいです。」
「契約書って何ですか?」
「木元達也くんのスキルに関する全て。その秘密保持契約書です。」
「待ってくれリーダー。分かったぞ。こいつは、その契約書で銀狼傭兵…………まずは契約内容を見せてください。話はそれからだ。」
「分かりました。私も契約書にサインして貰わないとこれ以上は話せません。ですが最悪の場合、全員の命に関わる重要なことだと思ってください。」
契約書を見た井上さんは不機嫌になる。
「騙されてます。明らかに異常だ。木元のスキル情報が外部に漏れた場合、一切の事実に関わらず、ダンジョン攻略に参加したメンバー全員が連帯責任を負う。また、犯人と特定された場合、犯人はそれにより木元達也が被る全ての損害を賠償する。」
「私が考えました。それの何がいけないんです? 全員の命よりお金が大切かしら。」
「俺はずっと問題視しているが、それはこいつが、言葉一つでお世話になったギルドを解体させるような奴だからだ。なんで分かってくれないんです。俺の指摘した通りに進んでいるじゃないか。」
「達也くんはそんな事をしないわ。したとしても深い事情があるはず。それとも冒険者協会が隠すような重要な機密を知るのは怖い? 私はこの状況でパーティー全員の命が守られるなら、悪魔とだって契約します。リーダーとして、あなたにもそれを守って貰いたい。」
「おいおい。誇大妄想だし極論過ぎるだろ。それに達也くんだって? この短時間にずいぶんご執心なんだな。俺が断ると言ったら?」
「断るなら井上さんとは一緒に行動出来ない。でも安心して。外に出たら助けを呼ぶわ。」
「私もリーダーの意見に賛成する。ここは日本じゃない。簡単に命を失う事もある異世界なの。」「あの……私も賛成しました。」
木内さんと高橋さんも賛成してくれている。
「石田さんと奏多は?」
「もちろん。リーダーがそう言うなら従うわよ。嵐くん、駄々を捏ねてる子供みたいだからね。」「……ぅっせぇわ。どっちが子供だ。」
「死にたくない。……………………俺も同意するよ。」「全員揃って馬鹿かよ。木元……くぉのガキ………………………くそっー。」
井上さんが俺に向かって来たが、それを春奈さんが止めた。
「誰をどれだけ責めても、状況は変わらないわ。パーティーの命を守るためにリーダーの私が決断したことです。」
「それなら俺はパーティーを辞めます。」
木内さんが井上さんの腕を掴んで泣いている。
「あなたがパーティーを心配している気持ちは分かる。でも、ちゃんと現実を見て。私たちはみんな死ぬのが怖い。あなたの正論はここでは平和呆けなの。今はまだ辞めるとか決めなくて良いよ。全部終わったらあなたにも分かるから。」
「……ごめん軽率だった。……同意はするよ。抜けるのは後だ。納得も理解も出来ないと思うけど。」
井上さんは契約書にサインしてくれた。
……俺のせいで喧嘩になってしまった。賠償を求める気はないけど、ステータスに関わる事は隠しておきたい。一緒にあのゲームをした瑠衣も晒される可能性がある。
「みんな。頼みを聞いてくれてありがとう。一刻も早く、正義さん達を探してここから脱出しましょう。」
「「「はい。」」」「……。」
俺は先頭に立ちまた森の中を進む。春奈さんが洋服の裾を掴んだ。
「達也くんごめんね。本当に情けないリーダーだわ。さっきはあなたを矢面に立たせてしまった。疲れてないかな?」
「いいえ。疲れてませんし、凄く感謝してます。契約書がなければ、大切なものを守れないですから。」
背後から木の枝が折れる音がした。
「聞こえました?」「うん……何か来るわ!」
春奈さんの声に、みんなが警戒態勢を取る。次の瞬間、背丈が人の半分もあるような巨大な蜘蛛が現れた。
「気持ち悪いやつだ。しかし、たかが虫だ。」
最後尾にいた井上さんが剣を抜いて突進する。
「井上さん駄目! あの大きさで、よりによって虫型なのよっ。それが何を意味するか……。」
蜘蛛は井上さんの攻撃を簡単にかわし、逆に彼の腕に噛みついた。
「ぎゃあっ!」
井上さんが悲鳴を上げる。
俺は心配よりも先に確認したい事があった。
「【鑑定】」
『
牙には幻覚作用のある毒がある。粘着性の糸を発射することができる。巨大な巣を作り、獲物を捕えるのが得意。』
「気をつけてください。このモンスターは毒を持っています。井上さん。大丈夫ですか?」
井上さんの様子がおかしい。やはり即効性か。
「う...うわあああああ!」
井上さんは叫び声を上げる。
剣を振り回し、まるで何かに襲われているかのように暴れ出した。
「達也くん。心配すべきはこれだけじゃない。正義さんが言ってたの。産卵タイプのモンスターは、1匹見たら大量にいると思って良いみたい。」
それなら、まず、優先すべきは撃退と速やかに逃走すること。メンバーが多くなった今は、毒を持つ敵が大量にいたら危険過ぎる。
「分かりました。」
俺は井上さんを飛び越え、一太刀で
振り向くと井上さんと奏多さんが対峙している。
「嵐! 落ち着いて!」
奏多さんの声に、井上さんは聞く耳を持たない。
モンスターより、攻撃しようとする仲間を相手にする方が厄介だ。俺はどうすれば良い。時間だけが過ぎていく。
「先に逃げてくだ――」
遅かった。木々の間から次々と蜘蛛が現れ、あっという間に数十匹の毒蜘蛛に取り囲まれてしまった。数は後ろからどんどん増えているようだ。
「みんな!背中合わせで陣形を作って!」
春奈さんが叫んだ。みんなが指示に従って円陣を組む。井上さんは依然として暴れているが、奏多さんが剣を奪い、春奈さんが羽交い締めにして何とか真ん中に押し込めている。
「奏多さん、蜘蛛が近づいたら蹴り飛ばして! 奈津子さん、弓で攻撃を! 真由さんは毒を警戒し盾でみんなを守って! 朱美さん、井上さんを抑えながら詠唱を!」
「【フットワーク】 」「【アローショット】 」「【
奏多さんが華麗な足さばきで、蜘蛛たちを蹴り飛ばしている。奏多さんを素通りした敵を石田さんが盾とスキルでガードする。木内さんは弓で中距離にいるモンスターの足を止める事に集中していた。
だが、モンスターにダメージは通らず一向に減る気配もない。これでは間違いなくジリ貧になる。
「【
「はぁはぁはぁ。……いったい……これは。」
「あなたは毒で幻覚を見ていたんです。」
「……すまない。もう終わりだな。きっと俺のせいなのか。」
「ええ。話は終わりです。あなたも戦ってください。まだ、諦めませんよ。」
「分かった。【スウィフト】」
井上さんは剣を取り、奏多さんと同じように蜘蛛を散らしに行った。
「ぎゃあああっ。」「やめてー。」
奏多さんと木内さんが蜘蛛に噛まれる。
苦しくて胸が張り裂けそうになった。
諦めないとは言ったが、たぶんこれはもう無理だ。
「助け……て……。」
蜘蛛の毒牙が高橋さんにも迫る。
控え目に言って俺以外のみんなが死ぬ。
目頭が熱くなる。
「いやー。」「くそっー。」
後続の蜘蛛たちは動きを止めた。
悔しい。遊ばれていた。狩りを楽しむタイプの魔物もいるんだな。だけど、やっぱり最後はそう来るか。
動きを止めた
キュルキュルキュル
土壇場で
『【
【
【
【
【
奇跡が起きた。
「【
パーティーの中心から外側に向かって聖なる光が放出されると、光の壁は全ての糸を蒸発させた。みんなの意識が戻る。
「【
「達也くんっ無理しないで。」
「うわぁああぁあぁぁぁぁっ。」
春奈さんの言葉を遮り俺は飛び出した。攻撃の届かなかった蜘蛛を、毒鬼
躊躇ってしまった
この中で、一番平和ボケしていたのは俺だ。
悔しい 「出来たはず」
何度も野生を学んだはずだったのに
俺が早く動けていれば
もっと確実にみんなを守れたはずなんだ
キュルキュルキュル
『【鑑定】がランクアップしました
【鑑定】Ⅱを獲得しました
【
胸が苦しい 「それなのに」
無性に腹が立った。冷静ではいられなかった。
自分が許せない「みんなの死を予想し諦めた」
切り裂く蜘蛛の液体で顔がぐちゃぐちゃになり、涙と鼻水を隠した。
人間じゃない「お前はモンスターだ」
『 魔力が 5上がりました 』
「ゔぁああああああっ――――。」
『
「【
「達也くんっ! もういないわっ。あなたのおかげで私達は助かったの。もう大丈夫なの。ごめん……無理をさせて。」
木村さんが俺に飛びつき泣きながら止めている。
…………終わっていたのか。
「みんな無事で……良かっ……た。」
一気に力が抜けて……意識が……。
―― 夢の中でただひたすらに考えていた。
この世界に危機を齎した図書館戦争。
「でも、話を聞いて。犯人は――」
犯人? あの時は動揺していたし、今まで気付かなかった。
神とか人外の何者とかではなく、引き起こしたのは人間なのか?
犯人の名前を俺に話すという事は俺の知る誰か?
そんなわけがない。有り得ない。
人間が覚醒したのは、ダンジョンからアイテムを持ち出してからだ。
本当にそうか?
はっきりしている事はあの時のあのゲームは覚醒をも超える何かだ。
母親は世界の変容に深く関わっているかもしれない。
俺に与えたこの力はいったい何の為にある。
それに人類崩壊の第一期なら第二期も続くのか。
母さん。俺はどうすれば良いの?
……頭が割れるように痛い。
「ママッ。ママッ。ごめんなさい。瑠衣が死んじゃう。」
「たっちゃんしっかりして。大丈夫よ。ママたちが絶対になんとかする。」 ――
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