第7話 落ちこぼれ覚醒者は無駄な考察をする②
―― 九条美優 ――
「なんで私がそんな事をしなきゃいけないの。」
「異論は許さない。これは姉じゃなく、ギルドマスターとしての命令よ。慎重に進めて絶対にこの場所に連れて来て。」
「分かった。その人がどんな奴か私が見極めてあげる。」
名前を聞いた瞬間から木元達也に嫉妬していた。
彼と接点を持ち、ギルドに勧誘する事はギルドマスターからの命令だった。姉に命令されたからといっても私は納得してはいなかった。
『影の門』は、姉妹だけの特別なギルドで私はそれを誇りに思っていたのだ。
例えそれが命令でも『影の門』に不利益になるような人材を加入させたくはない。だから命令を受けた後で彼の事を徹底的に調べた。彼の粗を見つけて姉に意見をするためだ。
しかし、半年以上の時間を掛けて、彼の事を調べれば調べる程に、清廉潔白で人とは思えない程に清らかだった。
愛するものの為に命懸けで運び屋を務め、冒険者に不当な扱いを受けても嫌な顔ひとつせずに人を大切にした。クラスメイトが虐めをしていた時は、周りの空気を読まずに一人だけ弱者に寄り添っていたらしい。
ただ一つ彼の行動で気になったのは、虐めていた方に対しても責めないらしいという事だ。彼が覚醒者である以上、例え運び屋だとしても、生物としての強さは一般人とは一線を画す。クラスの虐めくらい充分に諌める事が出来るのだ。
そして、それは彼自身を虐げる育ての親に対しても同じだった。
実の両親から彼への仕送りは義理の両親に浪費され、彼自身の給料も奪われていた。育ての親の悪評は近所でも有名だったのだが、彼はそれを反面教師として学んだように、素直な良い子に育ったらしい。
ひょっとして、人としての欲望も感情すら持っていないサイコパスなのかもしれない。
私は彼に対してそう判断した。
気持ち悪い。
それが彼に合うまでの私の考察だった。彼がトラブルに巻き込まれていても、人形に対してなら私も心は痛まない。そう思いながら彼と最初の接触をした。
しかし、それは大きな間違いだった。親友に裏切られクラスメイトに恋をする普通の男の子だったのだ。
私の妨害を悲しみながら、それでもめげずに悪女に一生懸命になる彼を見て、間違いなく人間だと感じてしまった。それは絶対に彼を守らなければならないという使命感に変わった。彼を調べ尽くしてきたからこそ、これまでの全ての不幸を含めて彼に感情移入をしてしまった。
―― 感情がないんじゃない。かわい過ぎる。何なのこの無垢な存在は。人形じゃなく弟感だ。 ――
否、出逢う前から既に心は決まっていたのかもしれない。私はずっと彼の心を救う為に行動していたのだから。
達也くんの人間離れした優しさが私の心をとっくに射抜いていたのだと実感した。彼に愛されたい。それが私の新しい原動力となった。
「私達、付き合う事にしたから。ね。達也くん。」
彼の事を調べながら私はずっと初恋をしていたのだ。会ってみて自分の本心にやっと気づいた。
最初はギルドマスターからの命令。姉が欲しがる彼に落ちこぼれの私は嫉妬していた。彼を調べ彼を悪者にしたて、半年もかけて嫌な奴だと思い込んだ。けど実際は、彼を人形だと思い込んだ時ですら、彼に恋して夢中になっていた。
だから
「俺のこと騙して楽しかったか? ……全員くだらねえ。」
私の為に背伸びしてる。肌で感じる人間らしさも凄く愛おしかった。かわいい。心臓が締め付けられ体温が上昇する。頭の天辺から足の爪先まで私は幸せで満たされていた。
ああ。この人をもっと知りたい。この人の成長を一番近くで見届けたい。
―― 宇野 恭弥 ――
「俺。大きくなったら、誰よりも強くてかっこいい冒険者になる!」
「凄いね。恭弥くん。僕も……。」
「何モゴモゴしてんだよ。男だろ。お前も宣言しろよ。言葉にすることで夢は叶うんだ。」
「分かった。僕、恭弥くんと一緒に冒険者になる。」
「俺と一緒? それ悪くねーな。それなら今日から俺達は親友だ。安心しろ、俺は絶対にお前の手を離さない。モンスターから俺がお前を守ってやる。」
「うん。恭弥くん。約束だよ。」
「ああ。約束だ。」
そして、三年前、俺はニュースでそれを知った。
―― 「速報です。これまでスキル無しとされてきたFランクですが、本日覚醒した少年『木元達也』さんがFランク二類に認定されました。全てのランクにスキルの恩恵が得られる可能性は今後、人類の希望となるでしょう。中継です。」
「Fランクで初めてスキルを得た感想をお願いします。また、どのようなスキルなのですか?」
「感想……良かったです。でも、どちらのスキルも言えません。言わなように注意されました。」
「……どちらも? 複数獲得したのですか?!」
「……あの……ノーコメントでお願いします。」 ――
「ふざけんな。何だよそれっ。」
達也は親友だった。家族のようであり、弟のようでもあった。何も知らないアイツに、いつもあれこれと教えてやった。
ずっと一緒に歩み、冒険者という同じ未来を描いている仲間だと思っていた。しかし、達也が先に覚醒者となったと知ったとき、胸の内に激しい嫉妬と怒りが渦巻いた。
人類の希望? なんだよそれ。
その時、俺は初めて知った。俺が先に覚醒をし、達也に手を差し伸べたかったのだ。
なぜ、自分ではなく達也なのか。覚醒するのは自分が先であるべきだった。その現実を受け入れることができなかった。親友だからこそ、その思いは一層深まった。
だからこそ
その数日後に流れたニュースを見て、乾いた笑いがこぼれていた。
――「メディアの皆様にお願いします。
これ以上、彼を追いかけ回すのは止めてください。
彼のスキルは人類の持つ普通の能力と同じでした。
運命に「さあ。引きなよ。こっちがスキルだよ。」と騙され
無価値なババを引かされた可哀想な少年なのです。
Sランクにそれ以上が分類されないのと同じように、Fランクにも、それ以下のランクがありません。
彼は紛れもなく世界最弱の覚醒者です。」――
「達也、テレビ見たぞ。あんまり気を落とすなよ。仕方ないって。それより、面白いゲームがあるんだ。学校が終わったら、うちで一緒にやろうぜ。」
「ごめん。恭弥。俺、仕事に行かないと。冒険者になりたいんだ。」
―― お前だけ一足先に大人だとでも言いたいのかよ。ふざけんなよ。達也……俺を……俺を追いて行かないでくれ。 ――
「ああ。うん。大変だね。頑張ってきなよ。」
子供ながらに漠然とした恐れがあった。覚醒者と一般人には大きな力の差がある。拳銃を持った相手に素手の状態で付き合いを続けるのは無理がある。覚醒者として敬う言動と、親友に激しく嫉妬する心は時間を重ねるごとに乖離していった。
そして一年前
「恭弥。俺、好きな人が出来たんだ。……どうしたら良いかな。」
達也から引き離され一向に覚醒しなかった俺は、達也が愛するものを奪ってやろうと思う程に荒んでいた。
「なあに。恋愛なら俺に任せてよ。」
「ありがとう。やっぱり恭弥は頼りになるよな。」
―― 白々しい。一人だけ冒険者になりやがって。どうせ俺の事なんて見下しているんだろ。一緒に冒険者になる約束なんて覚えていないんだろ。 ――
―― そして現在
「無害だって言ってた恭弥が悪いよな。俺達は覚醒者を馬鹿にしていたんだぞ。どうしてくれるんだよ? アッーン!」
ボロボロで床に寝転がる俺は、クラス一の不良、武田に鳩尾を蹴られた。
「ゲホッ……すみ……ま……。」
クラスメイト達も笑いながら、俺を批判している。
「だいたい、よく考えたら酷いよなー。お前ら親友だったんだよな。」
「ああ。あり得ねーよ。覚醒者の横で、まるで同列のように接してたくせに。」
「因果応報だな。どう考えても武田くんの方が強いのに、達也くんの隣でリーダー気取りだったもんな。」
俺は親友を裏切りあっけなく負けた。親友だった頃に戻ることも出来ない。……本当に親友だったのか? ……ふと、それも破綻していた事に気づいてしまう。
アイツとは一番近くで対等にいたかった。そう思っていた自分が、達也の上を行く事に一番執着していた。小さなプライド。親友でも当然のように俺が前でありたかった。
何も知らない、かわいい達也はずっと俺の弟分だった。
心のどこかで恐れてしまった覚醒者としての達也を裏切れる程に切羽詰まっていた。朝霧湊を奪うことは、達也を見下ろすための最後の手段だったんだ。
教室の隅にいる朝霧を見た。朝霧は俺から目を逸らす。しかし、俺の心は動かない。
「なんか……もういいや。やりたいなら、満足するまでやれよ。」
俺が一番大切だったのは、一番一緒にいたかったのは、後にも先にも達也だけだった。
失ったものの重さに気づいた時、現実の背景が色褪せたように、何もかもがどうでもよくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます