Phase2 架空の領域

第18話 旅立ちの人形は物語を繋いでいく

――20××年 11月16日

 

 その日 世界には塔が出現した。


 日本では、都心のど真ん中にスカイツリーよりも高い塔が4つも出現した。


 人はこれを図書館戦争よりも大きな危険度と判断し


 第二期の異変と断定

 

  架空の フィクショナル領域 リアーム と呼んだ。





 

 

 ―― 家を出る

 


 中原幹人と中原京子。俺の育ての親が目の前にいる。

 

「叔父さん。叔母さん。今まで本当にお世話になりました。」

 

「ふんっ。自分から出ていくなら、義兄さんからの養育費はこっちで貰うからな。」


 幹人叔父さんはいつも通りやる気のない感じだ。

 

「あんた。それは当たり前でしょ。これまでだって他人を育ててやってたんだ。」


 京子叔母さんは今日も嫌そうだなー。

 

「本当にありがとうございます。お二人には感謝の気持ちしかありません。」

 

「このガキッ。最後までいい子ブリやがって。こっちはお前達に払うべき金で生活してんだよ。文句くらい言え。気持ち悪ぃーな。」

「最後に小遣いでも置いてきなよ。これからパチンコに行けなくなるだろ。」


 いつも通り平常運転だ。

 

「やめろ京子。もう本当に他人なんだ。最後のケジメだ。金輪際、関わらねー方が良い。」


 離れて暮らすとなるとやっぱり寂しいな。駄目だ。千尋と一緒に暮らす為に自分で決めたんだ。放っておけないし、流石に同じ部屋で暮らすのは不健全だからな。


「そんな事は言わないでください。お金は払いますし、顔くらい、いつでも見せに来ますよ。」


 幹人叔父さんは俺を睨む。

 

「大嫌いなんだよ。二度と目の前に現れるな。だが、そうだな。夢見が悪いから餞別でも渡してやれ。」

「そうだね。ムカつくけど。手切れ金だと思ったらそっちの方が良いわね。……あんた、金目のもんなんてないよ。」

「仕方ねー。結婚記念日のあれ出せ。こいつには何の価値もないと思うが、会いに来られるよりはマシだ。」


 京子叔母さんが俺の肩に手を回すと、二人分のネックレスを付けてくれた。よほど惜しいのか手こずっている。俺は思わず抱きしめてしまった。


 ネックレスを付けると京子叔母さんは俺を突き放した。


「達也。二度と帰って来ないでよ。あんたと私達はこれで本当に……他人だ。……分かってるよ。どうせ私達の事なんて嫌いだろ。私達もあんたが大嫌いだ。」


 叔父さんと叔母さんの顔をちゃんと見たいのに、目の前が涙で滲んでいる。最後になるならせめてちゃんと言いたい。俺にとって、あなた達はかけがえのない……

 

「……嫌いになんてなれません。……最初からずっと大好きです。……お父さん! お母さん! そばにいてくれて、育ててくれて、ありがとうございました。……さようなら。」


「グッ。親なんかじゃねー。こっからは一切干渉しないからなっ! お前等兄妹はこの世で二人だけだ!! せいぜい瑠衣を守る事だな。行くぞ京子。」 

「か……ぅん。」


 深くお辞儀をした。床が零れる涙で濡れている。


「ありがとうございましたっ!」

 


 悲しんでばかりでは失礼になる。

 これは別れじゃない。新しい世界への旅立ちなんだ。

 

 父さんと母さんがくれた愛を

 二人の物語を未来へ繋いでいくために

 

 胸の痛みや寂しさが英雄を目指す強い意志に変わっていく。

 大変だぞ。きっと盛大な物語になる。

 世界中の人を救っても二人から貰った愛を表現しきれそうにない。

 




 

 

 ―― 翌日 新宿冒険者学園大学附属第一高校

 

 

「えー、今日から新しく転校生の三人が入ります。」

「いや。乃愛先生。この中途半端な時期に、一番頭の悪いFクラスに三人て。」

「こらっ。騒ぐなっ。お調子者が。」

 

 俺は緊張を隠しきれない。前のクラスではあと一歩で虐められていたかもしれない。ここが勝負だ。


「じゃあ、達也くんから、自己紹介をお願いします。」


 深呼吸して一歩前に出る。


「木元 達也です。Fランク二類覚醒者です。よろしくお願いします。」


言い終わると教室中がシーンとする。次の瞬間、どよめきが起こった。


「えー、Fランク二類って?」

「マジかよ。ババじゃん。なんで入れたんだよ。」

「ここはエリート高だぞ。冒険者学園に来る意味あんのかよ。」


 嘲笑と侮蔑の目線が俺に突き刺さる。俺は千尋の腕に触れて合図をした。


「木元 千尋です。達也むりー。何て言えば良いの?」

「あとはランクを言うだけだよ。」

「うん。Aランク四類覚醒者です。」


 教室がざわめいた。千尋は虚ろな目で前を見つめている。

 

「なー。今、Aランク四類 ・・って言ったか?」

「嘘じゃ……ないよな。先生もいるし。やべぇ。興奮してきた。」

 

 困惑は収まるとクラスメイト達が興奮しはじめた。

 

「すげー。本当だとしたら学園最強だぞ。」

「ていうか。兄妹だな。兄貴コネかよ。情けな。」


 続いてもう一人の転校生が挨拶をした。

 

「……あ……あの。フェニックス 朱美です。Aランク四類覚醒者です。よろしくお願いします。」


 クラスはもう現実を受け入れていた。朱美の言葉に歓声が上がる。グラデーションがえぐい。教室に一人ぼっちみたいだ。俺はますます肩を落とす。


 席に着くまでにクラスメイトの視線が痛かった。特に後ろの席の不良グループが気になる。明らかに軽蔑の眼差しだ。


 休み時間。千尋はクラスメイトから質問責めにあっていた。クラスの女子達から人気者で楽しそうに話している。


 俺はというと。


「おい、Fランク。」


後ろから男の声。振り向くと、不良とその仲間も一緒だった。


「コネだか何だか知らねーが、お前みたいなのがいると学園の格が下がるんだよ。さっさと辞めちまえよ。」


「……。」


 反論できない。だって、事実だから。昨日もAランクの人に殺されそうになった。この学園にはAランクやBランクがたくさんいるって話だ。Cランクの相田達とは根本的に格が違う。千尋がいる中で危険なのはごめんだ。

 


「やめてください。」


 もう一人の転校生、朱美さんの声だった。彼女が不良達の前に立ちはだかる。


「なんだ四類のお嬢様。Fランクなんか庇ってもいい事ねーぞ。それより俺たちと仲良くしようぜ。」


「お……お断りです。ランクが全てじゃないです。ここがダンジョンなら……あなた達全員、死んでますよ。」


 朱美さんの言葉に、教室が静まり返る。


 不良Bが慌ててリーダー格を止めていた。

「真希くん。やばいよ。我胡 ガナンさんは入院中だし、本当に殺されるよ。」

「こ……殺す気かっ! ふざけんな。クソッ。そいつはババだ。一般人と変わりねー。いつまでも守りきれると思うなよ。」


 不良達は教室を後にする。


「朱美...さん。……ありがとう。」

「……き……気にしないで……くだひゃ……い。」


 朱美さんは走り去り、こちらも教室からいなくなった。

 

 朱美さんとははじめて会った気がしない。優しくしてくれるって最高だな。あとでこの恩を返さないと。

 

 男子生徒二人が俺に駆け寄ってくる。


「達也、大丈夫か?」

「あいつら、ちょっと強いからって、むかつくよな。」


 今度は敵意がない。純粋にそう思っているようだ。

「う……うん。」

「俺は葛西楓雅 ふうがだよ。よろしくね。朱美さんの言うとおり、ランクなんて関係ない。」

「よろしく。佐竹龍之介だ。俺たち、達也の味方だぜ。」


 朱美さんといい、思わぬ援軍に心が少し軽くなった。

 

「葛西くん。佐竹くん。よろしくお願いします。」

「楓雅で良いよ。クラスメイトなんだし。」「俺も龍之介で!」

「楓雅。龍之介。これからよろしくね。」


 

 今まで友達が一人しかいなかった事を考えれば、幸先のいい滑り出しかもしれない。

 


 

 二時限目は教室で学び、三時限目は実技の授業だった。俺は緊張で手が震える。昨日Aランクの怖さを身に染みている。きっとBランクもそれに準じた強さだろう。ここにいるみんなはきっと化け物だ。


 石井先生が大声でみんなに呼びかけた。


「では、軽い実戦稽古から始めます。二人組になってください。」


「……達也くん。」


 振り返ると、女の子が顔を真っ赤にしながら、こちらを見ている。


「あの...私、海老原 里桜りお。私と組まない?」


「え? 俺でもいいの?」


 海老原さんがコクコクと頷いていると、その肩を押しのけて、後ろから真希と呼ばれていた不良が現れた。

 

「いいや。駄目だな。ソイツの相手は俺様だ。」


 海老原さんは倒れそうになりながらも言葉を絞りだした。

 

「……尾上くん……私達もう決まったか――」

「――俺はダンジョンじゃなくても、殺しちゃうよ? その前に楽しむって手もあるんだがな。クククッ。」


 尾上は振り向き海老原さんの体を抱き寄せる。海老原さんが必死で逃げようとするが、尾上は体を密着させる。


 体中の血液が沸騰した。俺は尾上の手を掴み海老原さんを解放する。


「ゲス野郎が。海老原さん、行って!」


「やんのかFランク。」


 石井先生が騒ぎに駆けつける。遠くに警備らしい人の姿も見える。


「うちの学生は問題提起と最適な状況判断を求められる。ダンジョンでは常に問題に遭遇し、局面での間違った判断は命を落とす事に繋がる。今回の転入生についても大きな問題のひとつだ。11月の半ば。お前らはこの時期の転入生について何を思う。残りの二人はA4だぞ。これ程分かりやすいヒントはあるか。尾上、彼を一般生徒と同じだと考えるのは、不可だ。」


 石井先生はそう言うと尾上を睨んだ。


「は? だから妹のコネって判断だろうが。この雑魚の為に俺の評点を下げる気かよ。」


 睨み返す尾上に石井先生は大袈裟に提案する。


「引く気はないか。それなら答え合わせをしよう。模擬戦だ。特待生は特待生である事の証明を。尾上は自分の正解を勝ち取れば良い。負けた方は退学だ。二人とも了承するなら実習用の武器を選びなさい。」


 グルかもしれない。演技の臭いがする。俺の特待生としての立場をよく思わない二人に嵌められた。この学校に通える程のエリートに俺が勝てる訳がない。

 

 そうこうしている間に、マスクを被った警備服の人が到着していた。

 

「石井先生。私情を挟んでいませんか?」

「これはこれは。新任警備主任のラブリどの。大いに挟んでおりますよ。私は先輩だと思いますが、ご意見がおありで?」

「理事長が決めた特待生に納得していないとでも?」

「……それはどうでしょうね。」

「まあ。良いでしょう。実際に見た方が早い事もあります。」

「新任早々、生徒を入院させた血の気の多い方が、あっさりと引き下がりますね。」

「真偽が明らかではありませんからね。邪なお考えがあるのでしたら、私達も立場をハッキリさせる必要があるでしょうけど。」


 俺は木刀を選んだ。尾上は槍を手にしている。石井先生が開始の合図をした。


「それでは模擬戦を開始します。始めっ!」

 

 尾上の鑑定は済んでいる。様子を見よう。昨日の感じだと熟練の覚醒者は、一つのスキルに複数の効果を作り出していた。

 尾上のスキルは【サンダーボルト】。基本は触れた相手に電撃を走らせるスキル。おそらく、槍の長さでも同じ効果を与えるのだろう。


 が、しかし、雷は音よりも早いスピードが予想出来る。スキルの変質で放出をした場合、スキル到達速度は…………ん?…………なんだコレは。相田達と同じくらいに動きが遅いぞ。


 あえて隙を与えているのか?


 それなら、まずはこちらから腕試しといこう。


 俺は尾上が突き出そうとしている槍を警戒しながら、懐に入り剣を振り上げる。


 バキッーン。ズドドドドーン。


 あれ?


 木刀は尾上の胴体を切り上げ、尾上は数十メートル先まで吹っ飛んでいった。


「しゅごい。達也くぅ〜ん。やっぱりあなたは私の奇跡だったのねぇ~。この目に焼き付けたわ。」

「そっちの私情かいっ。」

 石井先生が変な事を言いながら体をくねらせている。マスクをした警備主任がツッコミを入れた。


 いやまだだ。尾上は反応しなかった。あえて攻撃を受けた。

 

 木刀が木っ端微塵に破裂した事でそれほどダメージは入っていないはずだ。そもそも模擬戦用の木刀はダメージが入らない事を前提に作られている。


 相手は俺の攻撃を無防備な状態で受けた。これが模擬戦で、攻撃を受けるのが慣習なら、次は俺も攻撃を受けるべきだろう。上位の冒険者の攻撃に俺は耐えられるか。


「先生。木刀を替えても宜しいでしょうか?」


 先生が身体をくねらせながら何かをブツブツと言っている。代わりに警備主任が答えてくれた。

 

「達也くん。勝負はとっくについてますよ。遠くだけど、アレ確実に気絶してるでしょう。それに周りを見渡してご覧なさい。」


 ラブリさんに言われて周りを見渡してみた。全員絶叫系が駄目なのに無理やり乗らされた後みたいに、鼻水を垂らしながらポカンと口を開けていた。顔面蒼白で精気が抜けている。

 

「え? えっーーーー!!」


警備主任はマスクを被っているが呆れたようなジェスチャーをしている。


「すみません。質問良いですか?」

「どうぞ。」

「昨日、一人でCランクを攻略して、やっとAランクに近づいたかなーと思ったのですが。その後、Aランクの人に殺されそうになったんです。これってAランクよりまだまだ格下で合ってますのね?」


「あのね達也くん。Aランクの人がCランクダンジョンを単独攻略するのは、最低の基準なのよ。Aランクの中だけでEからBランク以上の開きがある。許可されていても普通のAランクの人は単独でCランクダンジョンを攻略出来ません。」

「ちなみに単独攻略した俺はAの中でどれくらいですか?」

「ひと握りの強者よ。」

「……あの伸びてる人、大丈夫ですかね?」

「そうね。すぐに回復してくる。」



 楓雅と龍之介がいち早く正気に戻った。


「達也やるなっー。」「流石、俺のダチだ。見込みがある。」


 二人の言葉を受け、クラスメイト達が次々に歓声をあげていた。


 俺は前の学校でうまくクラスに馴染めなかった。かろうじて浮いていなかったのは、社交的な悪友に繋がっていたからだ。


 俺は胸に掛けたネックレスを握りしめる。一人じゃない。喜びも悲しみも痛みも全て大切な人から託された本物の心だ。

  

 だからこそ勇気を出そう。目の前には、こんなにも俺の為に喜んでくれる人達がいる。

 今度こそ、きっと上手くいく……。


 石井先生が近づいて来た。

「みんなに実力が知れた所で。さあ達也くん! もう一度自己紹介なさいっ!! 人類の希望。あなたらしく頼むわよ。」

 

 静まるグラウンド。再びクラスメイト達の注目が集まる。

 

「ありがとう。驚かせてごめんね。Fランク二類覚醒者、木元達也。俺はみんなの友達になりたい。困った事があればいつでも何でも相談して下さい。」

 

 注目と静けさは終わらない。期待の視線が刺さる。それなら。


「希望を胸にみんなに愛を託し、俺はこの世界の英雄になる男ですっ!!」


 クラスのみんなから盛大な拍手が飛んできた。

 

「いいぞー最高っー。」「お前本当にすげーぞ、達也ー。」「かっこいい達也くん。」「今のうちにサインしてー英雄さ~ん。」「達也くんステキー。」


 鼓動が高鳴る。陰キャの卒業がこんなにも楽しいだなんて思わなかった。

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