第19話 最強冒険者は悔悟を徒労だと知る

―― 病室

「お兄ちゃん。昨日、京子おばさんが来たの。」

「そうか。良かった。病室には来てくれるんだな。」

「ううん。もう来れないって言ってた。」

「……。」

「やだよー。瑠衣は幹人おじさんや京子おばさんに会いたい。」

「瑠衣。二人が決めた事だ。いつまでも甘えてられないだろ。少し早いけど大人になる時が来たんだ。二人の代わりにはなれないけど、これからはお兄ちゃんがお前を守る。」

「……でも。」

「このネックレス。叔父さんと叔母さんに貰ったんだ。寂しい時はこれを見て、俺たちは次に繋ぐんだ。二人の愛はいつでも俺たちの中にあるんだから。いつまでも泣いてると笑われちゃうぞ。」

「分かった。幹人おじさんと京子おばさんは、ずっと一緒なんだね。」

「瑠衣。良い子だね。」

「お兄ちゃんもだよ。ヨシヨシ。」

 瑠衣は俺の頭を撫でる。俺の方が慰められている気分だった。


「瑠衣、魔石は足りたか?」

「全部、食べちゃった。」

「ペース早くないか? 30個あっただろ。お腹痛くなーい?」

「大丈夫。」

「【鑑定】」

 

『木元 瑠衣 12歳 Lv8

 所持スキル

【石喰い】Ⅲ

 魔石を食べる事で寿命を伸ばし、経験値を獲得する。

 晶石を食べる事で寿命を伸ばし、稀にスキルを獲得する。

【レベルアップ】

 敵を倒すと経験値を獲得する。

【強腕剛力】

【鉄壁防御】

【飛翔躍動】

【プチウォーター】 』


「いやっ。凄いレベルアップしてるぞ。……なんでスキルが二つも……【歩行】も進化してるし、どういうことだ。変なスキルを覚えたら怖いから、魔晶石は渡してないんだけどな。」

「魔晶石って、お兄ちゃんがくれた魔石とは違うやつ?」

「うん。」

「テーブルに大きい石が二つ置いてあったよ。」

「金剛晶石だ。そういえば、忘れていったのか。」


元々のスキルは【歩行】と【プチウォーター】だった。

【強腕剛力】【鉄壁防御】が増えて【歩行】が【飛翔躍動】に進化した。

けど【プチウォーター】はそのままだ。


スキルの系統が晶石のタイプで分かれるとしたら、金剛系は肉体の強化や物理攻撃スキルの剣[♠︎]。

 一段上の金剛晶石でスキル獲得とスキルランクアップの二つの効果が出たということ。

 それなら魔晶石を食べて獲得したのは、【プチウォーター】で三葉[♣︎]は魔力や魔法系?


 惜しい。俺の鑑定が冒険者協会と同じなら、スキル系統も把握出来るんだけどな。


「……瑠衣。この魔力晶石を食べられるか?」


 ジュルジュル 分かりやすく反応したな。


「いや。……待て。この金晶石食べられるか?」


「いらない。魔力晶石ちょうだい。」


「やっぱりな。食べられなくなるまでは、こっちの魔晶石を食べよう。食べられるか?」


 ジュル


 ヨダレの量が普通だ。晶石は上のランクのものを食べると下のランクの物では満足出来なくなる。瑠衣に魔晶石を渡した。


【プチファイア】を獲得した。


 ジュルリ

 砂漠から新たに獲得した癒晶石を食べさせた。


 【ローヒール】を獲得した。癒晶石系は聖杯[♡]だ。


 ジュルリ

 霊晶石を食べさせた。

 【感知】を獲得した。霊晶石系は貨幣[♢]か。


 ジユル

 全ての晶石の系統が分かった所で、金剛晶石を食べさせた。


「【鑑定】」

 

『木元 瑠衣 12歳 Lv8

 所持スキル

 【石喰い】Ⅲ

 魔石を食べる事で寿命を伸ばし、経験値を獲得する。

 晶石を食べる事で寿命を伸ばし、稀にスキルを獲得する。

 【レベルアップ】

 敵を倒すと経験値を獲得する。

【強腕剛力】

【剛脚破砕】

【鉄壁防御】

【飛翔躍動】

【プチウォーター】

【プチファイア】

【ローヒール】

【感知】 』

 

 仕組みは理解した。


「瑠衣。具合はどうだ? 少しは体が楽になったりしてる?」

「それがね。最近体が軽いの。痛みとかはないよ。」

「軽くジャンプして貰える?」

「うん。」


 ズバンッ


 幼女が天井に突き刺さっている。


「……やばいっ。瑠衣っ。大丈夫かっ?」


 ボトンッ


「いててて。平気だよ。」


 体は傷ついていないが、念の為スキルを使った。


「【治癒ヒール】」


 物凄い衝撃音を聞きつけ、看護婦さん達が集まってくる。


「誠に申し訳ございませんでした。天井の破壊は弁償させて頂きます。瑠衣の退院の手続きを宜しいでしょうか。」


 瑠衣の病状は原因不明だ。他の患者さんを鑑定すると状態異常:病気となる。健康体に戻ったのなら、退院をさせるべきだ。


 


―― 九条邸

 

 ソファの対面に美玲さんがいる。


「昨日はあまり話せなくてごめん。ギルド活動に学園にと忙しくて。」


「いえ。助けて頂きありがとうございます。」


 美玲さんは美優に似てはいないが、同じくらい綺麗な大人の女性だ。

 

「他人行儀な事言わないで、やっと会えたんだから。もうすぐ、世界は終わる。その前に私と結婚しよう。子供は何人が良いかな? 先に子作りしないとだね。私の部屋においで。さあ早く。」


 それなのに、今まで出会った人の中で、群を抜いてぶっ飛んでる。美優が顔を真っ赤にして興奮している。

 

「お姉! 冗談はやめてっ! 達也くんがびっくりしてるでしょ。」


 俺の時とは打って変わって、美玲さんは美優に冷酷な顔をした。

 

「マスターと呼びなさい。他の人がいたら、ギルドマスターとメンバーだ。規律を守って貰うわ。それに世界の終幕に子孫を残そうとするのは自然な事だろう。」


 なんだこの圧迫感。さっきから一歩も動けない。あのおじさん以上だぞ。

 

「すみません。美玲さん。理事長なんですよね。ギルドと言うのは?」


「そっか。達也は私を知らないのね。ギルド『影の シャドウゲート 』のマスターにして、Sランク五類の 直系・・覚醒者。九条美玲。あなたの美玲。人は私に親愛を込めて『戦女神』と呼ぶのです。」


「……はい?」


「結婚しよう!」


「全力でお断りします。美優の彼氏なので。」

「ダーリン。」


 俺の態度がハッキリすると美優の機嫌が戻る。

 

「ぐぬぬっ。自分で誘えば良かった。私が忙しい身でなかったら、自分で誘ったのに。そしたら、達也は私のものだった。私が忙しいのは全部会長のせいだ。会長なんてぶっ殺してやる。」


「【感情共有】」


「……はて? 私はなぜ、あのような事を思っていたのだろうか。」


 ようやく落ち着いてくれた。かなり引いてる感情を共有したからな。俺のスキルSランクの人にも効くのは驚いた。


「では、達也。ソファにかけたまえ。まず、君たちには、私が理事長として運営している、新宿冒険者学園大学附属第一高校に入学して貰いたい。」

「……かしこまりました。」

「衣食住はここで。授業料もなく君と千尋くんは特待生扱いだ。」

「その件なのですが、11月25日に妹が退院予定なので、千尋と三人で暮らそうと考えています。」

「君だけでなく、瑠衣も千尋も私の妹だ。ここで暮らせば良い。スキルを使わなくても婚姻は冗談だよ。達也と家族になりたい。私の本質はそこにある。姉だと思ってくれないかな?」

 

 効いてなかったのか。恥ずかしい。

 

「理由が分かりません。どうしてですか?」

「理由は簡単だよ。大恩ある人に君の事を頼まれた。私は達也の事を弟だと思っている。」

「……誰です?」

「君の本当のお母さんだ。」

「そうでしたか。だったらもう聞きません。」


 美玲さんがとても悲しそうにしている。

 

「達也はお母さんが嫌いなのか?」

 

「分かりません。直接話を聞くべきだと考えたんです。だから、美玲さんからは聞きません。それまでは、ここに住まわせてください。」


 美玲さんが抱きしめてきた。

 

「うん。それが良い。やはり家族は一緒に暮らさないとな。『影の シャドウゲート 』にも入らないか? 今は私と美優だけのギルドなんだ。最初は達也を誘おうって決めていた。」

 

「それはまだ考えさせて貰っても良いですか? 先程、美玲さんは、美優に、姉よりもギルドメンバーとして振る舞えと仰ったばかりです。衣食住まで面倒を見て貰って、生意気な事を言うようですが、前に契約していたギルドで嫌な思いをしたばかりなので。」

 

「……大変だったんだね。だが、あれは美優に対してだけなのだよ。姉妹でいる時、美優はとてもわがままなんだ。この生活で達也に信頼されるように頑張るよ。……それよりも達也。どうしても同じ籍に入れたい。結婚しようじゃないか。」


「【感情共有】」


 効いてんのかーい。でも、さすがSランクだ。効き目が短い。


「すまない。また取り乱したようだな。あまりに可愛くて16歳が結婚出来ないのを忘れてた。」


 16歳じゃなくてもNoです。

 

「いいえ。それと俺達三人分、ちゃんと家賃は入れますので。美玲さんや美優に頼ってばかりでは、かっこ悪いので。それとこれはお土産です。装備の下に着るインナーなので良かったら使ってください。」


「姉さん。このインナーは貴重品よ。おそらく値段はつかない。」

 

「なんて事だ! 姉さん嬉しい嬉しすぎるぞ。まさか地球が爆発するんじゃ……大丈夫なようだ。可愛い弟の初プレゼントだぞ。それだけで値段はつかないよ。ありがとう達也。それから、家族なんだから敬語はいらないぞ。私の事は親しみを込めて大好きなお姉ちゃんと呼んでくれ。」

「いや。恥ずかしいでしょっ!」

「仕方ない。お姉ちゃんでいい。いつどんな時も、それ以外は却下だ。」


 美優に冷たいのが引っかかるけど、悪い人ではないな。美玲さんと話すだけで心が温まる。出逢った時から本当の姉のように懐かしい匂いがしていた。

 

「分かったよ。……お姉ちゃん。」


 ―― ダンダダダーン ――

 

「うっ。せっかく弟と仲良く話してるのに、直人おじさんからの電話だ。」


 



 ―― 冒険者協会本部 最上階

 


 美玲さんと共に、俺は高杉直人会長に呼び出させる。

 いつもに増して直人おじさんの顔が怖い。


「達也。お前、『影の シャドウゲート 』に加入しろ。」

「それはお断りしました。」


 高杉会長は真剣な表情で俺を睨む。

 

「これは命令だ。」


「……どうしたんですか?」

「お前達には塔に挑戦して貰う。それには大義名分が必要なんだ。」

「塔? もしかして、最近発見されたダンジョンの事ですか?」

 

「そうだ。」

「怒っているのは国の為ですか。何で俺なんです?」

 

「理由が必要か?」

「当たり前です。」


 高杉会長がいつもと違う。知り合いのおじさんではない。

 

「知る必要はない。お前は言われた事をやれば良いんだ。」


 美玲さんがぷるぷる震えている。

 

「その言い方じゃ、あまりにも達也が可哀想じゃない。」

「美玲は黙ってろ。これは俺がやるべき事なんだ。命をかけてでもな。」


 高杉会長は美玲さんにも怒りだした。

 

 ふと、懐かしい感覚になる。これはきっとそういう事なんだろう。そう思ったら、肩の力が抜けた。

 

「分かりました。『影の シャドウゲート 』に加入します。塔にも挑戦します。」

 

「それで良い。『影の シャドウゲート 』のメンバーは、九人全員が単独で攻略も可能だ。だから攻略メンバーは、ギルドとは別の者をお前が選んで美玲に相談しろ。」

 

「今は二人だと聞いてますが。」


 美玲さんの顔を確認する。さっきは二人だけだと言っていたからだ。

 

「おじさんが勝手に入れたのよ。達也くんも今まさにそうでしょ。たぶん、心あたりがあるとすれば学校に来た警備の人達ね。……一人足りないけど。」

「そういう事だ。」


 高杉会長も同意していた。冒険者協会の会長ってそんな事も出来るんだ。

 

「その中から連れて行くメンバーを選ぶんですね。知らない人達なので教えてくれません?」

 

「違う。連れて行くのはギルドメンバーじゃない。お前が自分で仲間を選べ。クラスメイトでも誘えば良いんじゃないか。学校の者を選ぶなら評価点も稼げるようにしてある。」


 再び美玲さんを見る。

 

「理事長って美玲さんなんじゃ?」

「もう。お姉ちゃんじゃなきゃ返事しないって言ったでしょ。理事長はおじさんから引き継いだのよ。今でも学校はおじさんの一声で自由自在だわ。」

「知らなかったよ。……お姉ちゃん。」

「おじさん。いい加減、いつもの直人おじさんに戻りません? 私は良いけど、達也が可哀想。」


 美玲さんから能力の一部を解放したような圧を感じる。

 

「口調が悪くなってすまん。時にキツイ言葉には愛がある。全部達也を思っての事だと分かって欲しい。」


「途中から気づきましたよ。それについて、人より察しが良いのかもしれません。」

 

「ありがとう。お前は日本の希望にならなくてはならない。その優しさで、世界を愛で満たす必要がある。お前の指名は、最強になる事じゃない。いつか俺の分 ・・・もお前に託す。だから最高の男になるんだ。分かったな?」

 

「全力で励みますよ。俺はすでに最高を受け継いでいますから。」


「……すまない。以上だ。」


 高杉会長は奥の部屋に駆け込んで行った。それを見て美玲さんが呟く。


「直人おじさん。ずっと変だったわね。なんなのかしら?」

「男同士ですから、なんとなく分かりましたよ。」

「それならお姉ちゃんも入れてよ。なんなの?」

「言葉に出来ないこともあるんです。うちに帰ろう。お姉ちゃん。」

「尊いっ! 達也に言われたかった言葉No.3。まさか、協会本部爆発しないでしょうね。」

「あはは。なにそれ。」


 ぽっかりと空いた心の穴は、新しい家族達とのこれからでいつか満たされていくのだろう。


 何も無かった俺が、人間らしさを与えられたように、俺も誰かを満たせる心でありたい。

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