第12話 あなたがいてくれて良かった

 冒険者協会の職員、渡辺さんに、今日のダンジョンについて秘密厳守を約束させられた。


 そして、渡辺さんの指示で叔父さんを呼ぶ。


「という訳でして、木元千尋さんを引き取って貰いたいと、冒険者協会会長からの指示を受けております。」


「会長だかなんだか知らねーが、こいつの妹ってなら、義兄さんの子だ。一緒に住むだけなら好きにしろ。達也ぁ。部屋も食事もお前が面倒みろよ。家賃は追加な。」


 叔父さんが納得して居間に戻っていった。俺は協会員さんの言ってる事じゃ、さっぱり意味が分からない。


冒険者の心得 三ヶ条

『1.冒険者は日本の未来を守る。

2. 冒険者は弱きを助ける。

3. 冒険者は利益を優先しない。』


なんでも、これはその2番目らしく、お前には記憶喪失の妹が出来たから引き取れとのこと。

 そもそも、自分より早く生まれた人が妹というのは無理がある。

 

 そんな愚痴を言ったら、千尋の年齢と誕生日を俺より遅くするよう会長に掛け合ってみますと言われる。

 

「達也。千尋は疲れたから休みたい。」


 もう呼び捨てになってる。そもそも千尋さんの記憶は全て消えたはずじゃ。


「うーん。……渡辺さん。分かりました。」

「良き判断です。それでは、明日、協会本部に起こしください。高杉会長がお待ちしております。」

 

「はぁ。」


 狭い部屋。ベッドに二人で座る。


「千尋さん。なんで俺の事を覚えてるの?」

「んーとね。達也さんは私が守ります。って私が言ってたんだよ。あとは瑠衣と病院でお話したり…………私ね。それくらいしか思い出せないの。」


 そっか。千尋さんは自分の記憶の全てを消したんだ。俺が【 交換トレード】し、そこに一部混じっていた「俺視点の記憶だけは」自分の記憶を消去する際に対象外となった。


 だから今は俺視点の記憶しか持っていない。


 何もない記憶の中に、俺と瑠衣だけいたら、当然この距離感になっちゃうよな。可哀想すぎて掴まれた腕を離せない。

 


 とりあえず美優にメッセージをした。


 『冒険者協会からの命令で、木元千尋さんを妹として受け入れる事になりました。』


 ピロンッ


『は? 意味が分かんない。分かるように説明して。生き別れになった妹と一緒に暮らすって事かな?』


 あれ? なんか怒ってない?


『いえ。全くの他人です。しかし、冒険者協会からの命令を断る訳にもいかず、同じ部屋で生活する運びとなりました。二人とも運び屋だけに。』


 ピロンッ


『ダーリン。ちょっとふざけないで貰える。ぶち殺すわよ。今から行く。』


 

 それから家まで来た美優に連れられて、夜のカラオケ店に行った。美優はソファに座り、千尋はソファで寝ている。俺は空気を読んで、美優の前に正座している。


「達也くん。ふざけてないで、隣に座って。」


 どうやら間違っていたらしい。


「すみません。」


「怒ってないから普通にして。なんで冒険者協会はあなたにこの子を預けたの? こんな事をしたのは冒険者協会の中の誰よ?」


「うん。冒険者協会会長の命令で渡辺さんという人が

連れてきた。しかも、ほぼ秘密厳守を約束させられてるんだ。美優に言っても良いことは、彼女は記憶喪失で俺と俺の妹の事しか記憶にないこと。名前が木元千尋で、戸籍には俺の妹として登録されるらしい。極秘情報には千尋の事情についてもあり、可哀想な彼女を面倒みようと考えている。」


「う。渡辺さんに会長か。それは断れないわね。それならいっそウチで一緒に暮らさない? 学校も私と同じ所に通えば良いし、千尋さんも、あの叔父さんと叔母さんの所で暮らすよりは安心でしょ。あの二人は……ちょっとあれだし。瑠衣さんも退院したらうちの方が安全よ。」


 やっぱりそれも知ってるのか。彼女って彼氏の事をよく理解してるものなんだな。俺も美優の事をちゃんと知らないと。でも。


「あのさ。……そんな、迷惑ばかりかけられないよ。俺たち付き合いはじめたばかりだし。今まで与えて貰ってばっかりで、何一つ君にしてあげられてない。男として情けない。」


「……なら正直に言うね。付き合った時間は関係なく、私はあなたが好き。大好きな彼氏がこんな美人と一緒に暮らすなんて心が耐えきれない。だから与えるとかじゃないんだよ。」


「俺たちまだ高校二年生だよ?」


「だから学校なんでしょ。お姉が理事長やってる冒険者の学校で、特待生兄妹を実家に居候させるの。何一つ問題ないわ。私があなたに近づいたのだって、マス……お姉の命令だし、こっちはどうしてもお願いして、迎え入れたい側にいるの。だから許可だっていらない……あ。」


「……え?」


 まさか。ということは。全部。


「ち……違うの…………あの……………………ごめん。」


「……。」


美優は目に涙を浮かべながら、カラオケ店を出て行った。


 


「ねぇねぇ。美人のお姉さん。一人で来たの? 俺らと一緒に歌おうよ。奢るからさ。」


「馬鹿じゃないの。ほっといて。」


「あれ? なんで泣いてるの? めちゃくちゃ可愛いんだけど。慰めてやるから来いよ。」


「……。」

 

「泣き顔がめちゃくちゃソソられるんだけど。」

「無視すんなよ。クソアマ。俺様はCランク覚醒者だぞ。着いてこい。分からせてやる。」


 カラオケ店の外に出ると美優が二人の男に絡まれていた。俺は美優に触ろうとしている男の腕を掴んだ。


「誰だ小僧っ! ヒーロー気取りか? 馬鹿な奴だ。俺は覚醒者だぞ。」

 

「それがどうした? 大切な俺の彼女 ツレだ。」

 

「理解してねーみたいだな。殺してや………………いたたたたっ。やめろっ。離せっ!」

「おい。真司。お前覚醒者なんだろ。そんなガキ……。」

 

「好きな人を守るためなら俺は迷わずあんたを殺す。あんたも冒険者ならその意味が分かるよな? 死ぬか引くかハッキリしろ。」


 少しの判断の遅れが死に結びつく。ダンジョンで学んだ事だ。


「剛、お前コイツを抑えろ。馬鹿力だけのガキはぶっ殺して、さっさとこの女連れ――」

「こんないい女。独り占めす――」


 プツン

 

 そういうやつらなのか。

 血管が張り裂けそうだ。

 

 覚醒者の仲間が俺の手を振り解こうと手を伸ばす。お腹に一発入れたあと、沈んだ顔面を横殴りにした。


 ふざけんな。


 ふざけんな。ふざけんな。


 覚醒者の顔面を殴る。今日一日、抑えていた感情が一気に爆発した。

 

「……千尋にとってはナァ……たった一人の家族だったんだよ。」


 「クソッ。貴様、何を――」


 顔面を殴る。覚醒者は足を崩しその場に倒れる。


 視界が滲んだ。


 馬乗りになり、覚醒者を殴る。


「お前らが……一時の欲望を満たすために……アイツの家族は、苦しみ、奪われ、想像も出来ないような悲しみに……自ら命を……アイツだって心を壊されて……ふざけんなっ。なんなんだよ。理不尽じゃないか。」


 悲しみと悔しさを吐き出すと、涙が止まらなくなった。それでも俺は殴り続ける。こういうやつが死ねば良いんだ。


「あいつは被害者なんだよ。……なんで、なんで、なんで、本当はあんなに優しい子が……なんで……あんなこと……させるんだよ……。」


 気づけば俺は何度も地面を殴っていた。無意識が殺す事を拒んだのだろう。美優が泣きながら俺の腕を止めていた。


治癒 ヒール


 覚醒者じゃない方が頭を下げている。


「命だけは、お助けください。もう絶対にこんな事しません。こいつにも言い聞かせますから。」


「消えろ。目障りだ。」


 


 美優が手を離さずにまだ震えている。俺は正気に戻る。


 美優の手を優しく剥がし、肩を抱いた。


「美優、部屋に戻ろう。」


「うん。」


 それから二人はソファに座りお互いに寄り添いあった。やり切れない想いが少しずつ溶かされていくようだった。


 無言のまま時間だけが過ぎていく。

 

 先に口を開いたのは美優だった。


「……ごめんね。」


「俺の方こそ。」


「……嫌われちゃったよね。私の姉は学院の理事長。そして私の所属するギルドのマスター。あなたとの出逢いは全部偶像じゃない。マスターの命令であなたに近づいた。……でも、勘違いして欲しくないのは、本当に好きになった事とそれで付き合ったこと。信じて貰えないと思うけど全部私の本当で……。」


 そんな事で出て行ったのか。気持ちが楽になる。こっちはお姉さんの話から悲しそうにしていたから、何かあったのかと心配していただけなのに。


 美優が俺を好きかどうかは関係なく恩人だ。美優にはこれから好きになって貰いたいけど。そのために努力しようと思っているけど。


 裏切ったとか、そうなる訳がない。


「何言ってるの。信じるよ。俺は美優に救われた。全部現実で本当の事じゃないか。俺は美優が大好きだから、胸を張って隣に立ちたいんだ。……だからさっきは……とても嬉しかった。あれが偶然じゃなく、全部君が用意してくれた必然だったなんて。感動したんだよ。」


「……達也くん。」


 美優が俺の腕を握る。


「……入るよ。その学校。俺のためじゃなく、美優のためになるなら、俺は喜んで協力したい。」


「達也くん。……さっきのあれ。もう一回言ってくれない? 動画撮るから。言って。聞きたい。」


 何を? あーあれか。


「……うん。……好きな人を守るためなら俺は迷わずあんたを殺す。」


「……もう馬鹿ぁ。違うよ。私のことを抱き寄せて『美優、部屋に戻ろう。』でしょ。大人っぽい一面がとっても素敵だった。」


「酷いっ! 冷静に戻った今、めちゃくちゃ恥ずかしかったのにー。」


 お互いに大きな声を出したら、千尋が起きてしまった。


「あれー。達也。おはよぉ。」


 目を覚ました千尋が抱きついてくる。美優が眉間にしわを寄せる。


「……達也くん。ずっと気になってたけど、新しい妹さんとずいぶんなスキンシップよね。恋人は私のはずだけど。」


 耳を引っ張られた。


「いててて。暴力反対! これには事情があって。」


「分かってるよ。でも、ずるいのはずるい。……私も良いよね。彼女なんだし。」


「う……うん。」


 

ソファに三人が並んで座っていた。俺の両側で二人が腕を絡ませる。さっきまでよりも、もっと近い距離だ。なんか当たってる。


 意識してしまった分、さっきまでと同じにはなれない。

 

 ちょっと前まで、同級生の女性に話しかけられるだけで舞い上がってたんだぞ。


「……せっかく、カラオケに来たんだし、なんか歌ってよ。」


 

 鼓動が伝わりそうなのが恥ずかしくて、俺は美優に歌のリクエストをしていた。


「千尋ちゃん。同じ人を愛する者同士、これから仲良くしようね。私の事は義姉さんで良いよ!」

「姉さん? ……わーい、姉さーん。」


「じゃあ。ダーリンのリクエストと、ここに姉妹の誕生を祝って。歌います。聞いてください―― Sister ――」






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