第16話 AならCくらい単独で攻略する
「予約していた木元です。」
「お待ちしておりました。ご案内します。」
ここは高級フレンチのレストラン。普段なら想像も出来ないようなこの店も、今の俺は余裕を持った態度でエスコート出来る。これぞ大人だ。
ただの高級レストランではなく、セレブに人気のある名店を選んだ。おしゃれな店内と行き届いたサービス。なんと言ってもそのワンランク上の美味しい料理に定評があるらしい。
精神的に大人の余裕を得た俺と、元からセレブの美優にはピッタリのお店だ。
テーブル席には椅子が四つ並んでいる。
いつもの俺なら、美優の椅子を引いて、エスコートしている風に大人を装っていただろう。それが不正解であるとも知らずにね。
しかし、俺には恭弥から貰った大人の知識がある。
このような高級料理店では、店員さんが椅子を引いてくれる。つまり、俺が彼女の椅子を引いてしまったら、マナーを知らない子供となり、かえって恥ずかしい結果となるのだ。
ありがとう悪友。ありがとう店員さん。
フッ。これが大人の余裕というやつだ。
俺は大人の余裕でメニューを見る。
フッ。買い物は余裕で終わった。後はデートの定番飯を食って、かっこいい大人の男の仲間入りだ。
Foie Gras de Canard au Torchon, gelée de Sauternes et brioche toastée
鴨のフォアグラのトルション ソーテルヌのジュレとトーストしたブリオッシュ
なん……だと。
カタカタカタカタカタ
Filet de Boeuf Rossini, purée de truffes et légumes de saison
フランス産牛フィレ肉のロッシーニ風 トリュフのピューレ 季節の野菜を散りばめて
分からない。せめて写真ないの?
カタカタカタカタカタ
Homard rôti, beurre blanc au citron vert et légumes printaniers
北海道産ローストロブスター ライムバターソースと春野菜を添えて
カタカタカタカタカタ
……足の震えが止まらない。何をどうやって、どれくらい頼めば良いんだ。
外食なんて、ほぼ初めてだった。人気のレストランはこれが普通なのか。たぶん、恭弥にとって教える必要もない基本的なことなんだろう。大人のデートを完全に舐めていた。
テーブルを見る。
いくつものフォークやスプーンなどが並べられている。
カタカタカタカタカタ
なんなんだコレ。どうやって食す。
もう駄目だ。はじめてモンスターに遭遇した時より、もっと大きな絶望がここにはある。
カタカタカタカタカタ
その時、美優が立ち上がった。
「千尋。フレンチのレストランに来たことはある?」
「記憶ないから僕、分かんない。たぶん、はじめてだよ。」
「ごめん。達也くん。私、回転するお寿司が食べたいな。場所移動しても良い? もしキャンセル料金があれば私が払うから。」
「美優さん!」
泣いた。
何が大人の余裕だ。何が大人のエスコートだ。俺は恋愛初心者の童貞です。
美優ありがとう。やっぱり君は俺の
――俺たちは次のお店で食事をすませた。
美優が選んだ回転するお寿司屋さん。注文する度に空飛ぶスペースシャトルがお寿司を運んだ。千尋と二人で興奮してはしゃいだ事は言うまでもないだろう。
――翌日 冒険者協会中野支部
窓口に整理券の番号が表示される。だが、そこに俺の番号は出ない。なぜなら、担当が決まっているからだ。
「木元達也さん。」
名前が呼ばれて、窓口に座る。
「五十嵐さん。俺、運び屋は辞めて、最強の冒険者になりたいんです。今の冒険者の勢力。特に上位冒険者の事を教えて貰えませんか?」
五十嵐さんは、三年前、俺がフリーの運び屋だった頃にお世話になっていた、冒険者協会の職員さんだ。冒険者協会中野支部で働いている。
「それは大それた目標ですね。この前まで子供だったのに。泣けてきますよ。」
「夢を追えるようになったのは、五十嵐さんのお陰です。」
「ありがとう達也くん。では僭越ながらご説明させて頂きます。
冒険者の頂点には
三大ギルドと四天星が存在します。三つ併せて【
「ギルドの数と人数が合わないですが。」
「1位ギルドはマスターとサブマスターの両方が四天星に含まれています。」
「俺が頂点を目指すには三大ギルドをどうにかしないといけないわけですね。」
後ろから肩を掴まれる。振り返ると身長が低く見覚えのあるおじさんがいた。
「もう我慢出来ねえわ。頂点? 三大ギルドだと? 最弱の小僧が偉そうに。お前に目指せるなら、うちの瑛太さんがとっくにやってるわ。」
「相田さん。……お久しぶりです。手を離して頂けますか? 言うのは自由のはず。俺はあなたに、迷惑を掛けているとは思えません。」
相田さんはCランクの冒険者。フリーでキャンセル待ちをしていた頃、何度か一緒になった事がある。
「死にてえんだな。ハズレ野郎。」
激昂する相田さん見て五十嵐さんが冷静に言った。
「そこまでです。冒険者が冒険者協会の中で喧嘩でもする気ですか?」「職員が冒険者を止められるとでも?」
今にも戦闘になりそうなピリついた雰囲気。
相田さんと一緒に仕事をする時、いつも馬鹿にされていた事を思い出す。俺は変わるんだ。そのためにはハッキリとした態度を示さなければならない。自分の為じゃなく、庇ってくれる五十嵐さんを巻き込まないために。
立ち上がろうとすると、その前に別の声がして思いとどまる。
「やめろ相田。今日は帰るぞ。」「……はい。」
仲間らしい若そうな男の人。相田さんにしては珍しくその一言だけで引き下がる。二人は協会の外に出て行った。
「すみません。しらけちゃいましたね。本題に入りましょう。Cランクのダンジョンに挑戦させてください。」
「分かりました。私にお任せください。いよいよ特級の力が見れる日が来たのですね。」
――中野区立○○図書館
図書館の前には、普段通り冒険者協会の職員が二人いる。
「【F2】Fランク二類覚醒者。冒険者の木元達也です。単独攻略しに来ました。よろしくお願いします。」
「【F2】で単独攻略が出来るわけな……特級!……失礼しました。攻略頑張って下さい。」
ダンジョンに一人で入る事なんてない。しかも、これは単独でのCランクダンジョンだ。拳を握りしめ気合いも入る。
前回のダンジョンはDランクだった。それでも何度も生死を賭けた戦いになった。俺にはまだ早いかもしれない。
俺は新宿冒険者学園大学附属第一高校に転入する。そこで活躍する人達の中にはAランクの学生もいるらしい。美優もそのうちの一人で、俺は彼女の横に並びたい。
Aランクなら、Cランクダンジョンを単独で攻略出来る強さを持つ。俺は意を決して魔法陣に突入した。
「砂漠地帯か。ダンジョンの特性を聞いておくべきだったかも。特殊な環境はそこで生存するモンスターに有利なものが多い。出口を見つけられなかった時の為に、入り口にマーキングをしておくか。【
目に届く範囲に、昆虫型のモンスターが何匹もいる。
「【鑑定】」
『ゴールドスカラベ
スキル
硬化 』
「ラッキー。硬いだけのモンスターは、今の俺にとって最高の獲物だ。」
―― 昨日の帰り
「さっきのコンプレッションウェアとタイツを渡す前にちょっと加工したいんだ。」
「へ?」
黒いシリーズの剣と盾を取り出した。これの鑑定結果は、古龍の大牙と古龍の大鱗だった。
通常は鍛冶・錬金系のスキルで制作した武器、又は一度合成した武器は【錬金】に使用出来ない。だから剣などの武器は壊れたら廃棄処分になる。
しかし、俺のスキルだけは、魔力を用いるスキルの使用制限はノーカウントではないかという仮説を考えていた。
左手に古龍の大牙を右手に廃棄されるはずだったSランクの片手剣。
Sランク廃棄品 『 雷神剣 』をメインに
「【錬金】」
『
魔石の窪みがない。これは古龍の性質みたいだ。剣自体が魔力を吸収しそれを蓄積する。現時点でも凄まじい程の魔力を蓄積している。魔力がなくても使える剣の究極とも言えるかもしれない。
「攻撃力4700か。やっぱりSランク武器は正解だった。」
「ダーリン。今、攻撃力4700って言った?」
「うん。4700だよ。」
「……本当に、お姉の言った通りだった。どんなに優れたSランク武器でも攻撃力3000を超えるものを聞いた事がないわ。」
「さっきの黒い武器、あれは武器ではなく、古龍の牙だったんだよ。じゃあ。本格的にお土産を作るから、少し待ってて。」
すぐに必要だったのは、この堅い龍鱗を破壊する攻撃力。
俺は、
本当はこの破片をコンプレッションウェアとタイツに合成しようと思っていたが、【錬金】がⅡにランクアップして、防具にも使用出来るようになった事で使用方法が変わった。
錬金は上限無しの足し算になる。合成はメイン防御力と同等までという上限が発生する掛け算。最初の合成は1.5×1.5くらいの上昇が見込めるが、合成する度に上昇値は少なくなる。しかし何度か合成出来る。
それなら、素材に圧倒的ポテンシャルを持つ龍素材は、最初に【錬金】で使った方が良い。
「【錬金】」
『
俺は全員分のウェアとタイツを錬金した。
「【鑑定】やっぱり思った通りだ。ドラゴンのように過ごせる快適な魔法の服。魔力吸収、魔力蓄積、自動修復。物理耐性、魔法耐性、衝撃吸収。溶岩を泳ぎ、氷山でも快適な温度で過ごせる。防御力は使用したのが破片なので550か。普通だな。」
「あの。ダーリン。500は私の防具でも届かない数値なのよね。それに50と聞いたのだけれど。」
「それは間違いないよ。錬金して数値が変わった。古龍凄いな。」
「凄いなんてレベルじゃない! お姉の言うこと100%信じてなかったけど、ダーリンの異質は本当だった。さっき気づくべきだったけど、スキルでSランク以上の加工が出来るのは、それと同等のスキルって事なのよ。つまり達也くんは、S……やめときましょう。手の届かない場所に行っちゃいそうで悲しくなる。」
「悲しくないよ。美優のヒロインは絶対で、届かないのは俺なんだから。はい。二人ともプレゼントです。」
「ありがとう。達也くん。一生大切にするからね。」
「達也。ありがとう。僕も大事に使うよ。」
「二人とも喜んで貰えて良かった。お姉様によろしくね。明後日ゆっくりご挨拶をさせて頂きます。」
―― 現在
「硬いだけの敵はただの経験値だ。やるべき事はひとつ。」
ゴールドスカラベに剣を構え突進する。ゴールドスカラベの甲殻に僅かに突き刺さる。スカラベの周りに電撃のエフェクトが流れた。
スカラベは雷を喰らい麻痺により身体を硬直させる。
「やっぱり、Cランクだな。生きた魔物の魔力には届かない。いやスキル硬化のせいもあるだろう。魔力なしで防御型のモンスターの甲殻を損傷させられる剣という意味だ。」
恭弥にスキルを渡した時、恭弥は一緒に俺の魔力も持っていった。俺の魔力はまた1に戻っている。
しかし、今の攻撃には俺の魔力1や神聖力すらも込めていない。ただの攻撃力4700でもゴールドスカラベの甲殻を突き破ると考えたらとてつもない剣だと思う。
「次は神聖力を込めて、突撃だ。」
俺はゴールドスカラベに二度目の突進をした。先程よりも多く突き刺さる。
「神聖力でもまだ足りないか。だがこれで武器としての性能は申し分ないという事は分かった。相手がDランクなら武器だけでも問題なく瞬殺出来る剣ということだ。」
直後、頭の中にアナウンスが流れる。
『ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。』
さすが
「悪いな経験値虫。俺は今日、あんたらを糧に成り上がる。」
『ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。レベルアップしました。ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。レベルアップしました。ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。ゴールドスカラベを討伐しました。経験値を獲得します。』
「さすがCランクダンジョン。経験値がやけに高いな。」
キュルキュルキュル
『【
ついにきたー。学習スキル様ありがとう。斬ると突くのスキルがあれば、攻撃方法の幅が広がると思っていた。そのために今日はずっと突き刺す攻撃を続けていたのだ。
ゆくゆくは全剣攻撃をSP使用の無詠唱でスキル化し、攻撃により多くの神聖力を込める。そうなれば、魔力使用の[♠︎]覚醒者とも肩を並べられるかもしれない。
一人妄想に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます