Fランク人類最弱の二類覚醒者は、ババですと言われた学習スキルでむしろ無双する。

燦田黒主

Phase1 図書館戦争

第1話 青春をぶっ壊す眼鏡


 準備は万端。

 


 気は熟した。

 


 ブランドの財布はかなり痛いけど、彼女の好きな物も完璧だ。


 


 なのに。



 ――なんでこうなった。



 

 

「朝霧さん。好きな――」

「――九条です。好きな食べ物はイチゴです。」


 

「朝霧さん。実は今日の花火大会とても楽――」

「九条です。私も男子と花火大会なんて、はじめてで、湊に誘われて、とても楽しみでした。」


 

「朝霧さん。アイス食べ――」

「――食べたーい。奢ってくれるんですか?」



 

 なんなんだこの眼鏡女子。



 

 なんで、人の恋路を邪魔するんだ。





 

 ―― 二週間前 ――



 

 「達也。朝霧湊に告白したいか?」


 俺の想いを汲み取り、親友の恭弥の粋な計らいで、なんとか花火大会のグループデートにまで漕ぎ着けた。




 

 

―― 現在 ――


 

 それなのに、二時間前から、グループデートの『じゃない方』に延々と絡まれ続けている。


 

 もう時間はないのだよ。


 

 花火が打ち上がるまで、あと5分。

 


 

「朝霧さん。今日は――」

「――あ。手が滑った。」


 

 この生き物は間が悪すぎる。



 一世一代の大舞台だぞ。


 

 仕方ない。


 打ち上がってからの不意打ちでも、それはそれで盛り上がるだろう。


 

 眼鏡女子にアイスをつけられ、汚れてしまった洋服を洗いに、公園の水道まで歩いた。



 これはシミになるな。


 

 気にしない。気にしない。それよりも急ごう。


 

 


 あ。


 

 くそっ。俺を待たずに花火が打ち上がってしまった。


 

 湊はどこに。

 


 ……え?

 



 

 りんご飴の甘い匂いがした。

 



 

 夜空に打ち上がる綺麗な花火。



 


 愛する人は、親友とキスをしていた。




 


 慌てて路地裏に駆け込んだ。



 

 心の整理をする。



 

 これで良かったのかもしれない。


 

 恥をかかなくて済んだのだ。



 

 涙が滲んでいる。



 

 あれ? なんなんだ?



 

 涙が止まらなくなった。



 

 苦しい。息が出来ないよ。



「……ゥッ…………ハァハァハァ。」



 涙が溢れてくる。

 

 

 すると、後ろから、誰かの腕に抱きしめられた。


 

「辛かったね。」


 

 眼鏡……いや。九条さんの声だった。


 優しい言葉を受け、さっきよりも涙が止まらなくなる。


 

 鼻水も垂れ、必死で声を押し殺す。


「ヴ……ヴゥ……ァ……ヴァッー。」


 最悪だ。自分の気持ち悪い声が外に漏れる。


 

 いろんな穴から出る止まらない水と情けない声は、しばらく続いた。


 

「ご……めん。」


「大丈夫だよ。あなたは何も悪くない。」

 

 九条さんは、気づいていたんだ。


 だから、あんなに一生懸命、俺を止めてくれた。それなのに、こんなにも優しい子を、俺は邪険に扱った。


 申し訳ない。

 

 九条さんのお陰で思ったより早く立ち直れた。今も最悪の気分だけど、別の事を考えるくらいには落ち着いた。

 

 ティッシュで鼻をかむと、路地裏なのに後ろから良い匂いがする。なんで、はじめて会う俺に、こんなに優しく寄り添ってくれるのだろうか。


 

 それに比べて、信じていた親友はあっさりと裏切ってくれた。


 

 恭弥はずっと応援してくれていた。今日のグループデートだって恭弥がセッティングしてくれたものだ。


 

 傍から見たら、ダブルデートだった。

 

 ただ想定していた相手が、思っていたのとは、少し違っていただけで。

 


 意味が分からない。



 告白を促していたのは、恭弥だぞ。


 

「あのさ……あの子達、もう付き合って長いよ。」

 

「そんなわけ……1年前から相談してたんだよ。」

 

「ふむふむ。最低でも半年間はピエロだったわけね。」


 ムカつく。馬鹿じゃん。言ってくれてたら、反対はしなかった。俺が応援して貰ってたように応援する。


 

 ……俺が振られる事が必要だったのか?


 

 堂々と付き合うために。



 それなら、気づいていたフリでもしてやるか。


 

「もしかして、応援しようとか思ってないわよね?」

 

「仕方ないだろ。」

 

「バレるかバレないか、楽しんでいたような奴らだよ。」


 

「……はっ?」


 

「私、冒険者なんだ。スキルで他人の心音が分かるの。君が見ていない所で、手を触れたり、今日はずっと、最高に盛り上がっていたよ。」

 


 壁を殴ろうとして思いとどまる。代わりに自分の右足を殴った。


 

 心がぐちゃぐちゃだ。


 

「ちくしょー。最低だな。……帰るわ。」

 

「待って。手伝ってあげる。その前に、辻褄合わせないとだから、電話番号でも交換しようか。」


 はい?


 スマホを取り上げられ俺の顔の前にかざす。


 ピロリロリン♪

 

「九条美優……と。これ。私の番号だからね。」


 ササッと何かをしてすぐに俺のポケットに戻ってきた。

 

 九条さんは、度の強そうな丸メガネを外し、束ねていた黒髪をほどき、髪をかきあげる。


 そこには知らない美少女がいた。


「……九条さん?」

 

「美優よ。一緒に復讐をしましょう。」


 テレビの中でしか見れないような、本物の美少女が、突き刺すような眼差しを向けてくる。


 一般人からするとそれだけで、死にそうだ。


 その迫力に思わず頷くと、悪女のような笑みを浮かべる。


 

「いいわね。」

 

 

 美優に手を引かれ、歩き出す。

 


 彼女は、まるで最終兵器のように勇ましく、突き進んでいた。


 

「今日は誘ってくれてありがとう。」


 湊も、はじめて見る美少女に、びっくりしている。

 

「……誰?」

 

「あー。いつも分厚い眼鏡だったからね。美優だよ。」

 

「嘘。そんなに綺麗だったの。」

 

「ごめん。見下す為に私と友達なのは知ってたから、陰キャを貫いてたんだよね。」

 

「フゥフゥフゥ。ちょっ――」


 天然の湊は、マウントを取っていた相手からの突然の下克上に鼻息を荒くした。


 そういう所も可愛かったのだが、今は昔の事のように思える。

 

「――私の事より、湊だよ。こんなに素敵な彼を紹介してくれてありがと。普通は彼氏より良い男は紹介しないよねー。湊はやっぱり違うわ。」


「あんたさっきから何を言って――」


「――なあ。花火はじまってるんだぜ。達也は何か言いたい事あったんだろ?」


 この後に及んで、まだ告白させたいのか。


 ……なんで。

 

「私達、付き合う事にしたから。ね。達也くん。」


 無茶ぶりをされた。復讐とはこれのことか。だとしたら、全力で乗るまでだ。


「うん。」

 

「「「「「「えっー?」」」」」」


 リアクションの数が多い。道路植栽から、クラスメイト達が顔を出した。


 どうやらこれは、そういうイベントだったようだ。


 完全にピエロ。舞い上がって何も見えてなかった。


 美優がいなかったら騙されて丸裸にされていた。

 

 思っていたよりこれは根が深い問題だった。親友に裏切られただけじゃない。彼女がいなかったら、みんなの笑いものにされていた。


 怒りで、拳を握りしめた。

 

「達也くんも、お礼言っときなよ。」


 肩を抱き寄せてくれる美優がいた。言葉にしろという事だね。

 

「俺のこと騙して楽しかったか? ……全員くだらねえ。」


「達也。ちっ違うんだ。最初は、達也のために近づいて……それで……そうだ。好きなんだろ? だったら告白してみ――」


 目眩がする。


 ポンポン。

 

 美優の力と温もりで正気を取り戻した。


 味方がいる。それがどんなに心強いか。答えなきゃ。

 

「――は? いらねーだろ。言い訳も、その ビッチもな。お前らお似合いだよ。お幸せに。」


 必死にだした負け惜しみ。美優が前に出て追撃する。

 

「達也くん。幸せになるのは私達の方だよ。……そうだ。新しい時代、人類は2つに分かれるの。覚醒者 勝ち組 覚醒者じゃない 負け組か。」


 普通なら引きそうなくらいの自意識過剰も、俺の為に無理して言ってくれてるのは明白だった。最後に少しだけ上擦った語尾に、彼女の真実が垣間見えた。一緒に復讐してあげる。あの時あの眼差しがなかったら、この虚勢に気づかないくらいの少しの違和感。


 それが愛おしく思えたところで、美優と目があってしまう。

 

「好きよダーリン。」


 不意打ちだ。俺は女性に免疫がないのだ。


「やだ。じっと見つめないで。 二人 クズはほっといて、別の場所で愛を育みましょ。」

 

 

 美優が、それを察してくれて立ち位置を横に変えた。だが手を組み頬を寄せてくる。察してはいなかったようだ。


 しかし、不思議なことに怒りは鎮まっている。


 悔しさは全部、優越感に変わっていた。


「うん。」

 




 

 

 

 湊の事が好きだった。


 俺は女に免疫がない。前の席に座っていた湊が、後ろを向く度に俺にちょっかいをかける。最初はそれだけの淡い関係だった。


 意識してから鼓動が高まるのは急速だった。


 彼女の言葉に耳を傾け、教室では気持ち悪いくらいに湊の言葉だけに敏感になっていった。


 ハッキリ言うと、性格が良いわけではない。それでも、彼女だから好きになった。


 色黒で標準の美しさ。スポーツが得意だが、天然で少し馬鹿、すぐにおどける気さくな感じ。そのくせ、見栄をはってブランドのバックを持ち、背伸びしている所も可愛く思えた。何もかもが好きで、舞い上がっていた。


 それを宇野恭弥に相談したのは、やつを親友だと思っていたからだ。俺とは違い社交的で、16歳にしてはスマート過ぎる性格。湊には釣り合わないくらいにイケメンで、だからこそ、何の躊躇いもなく相談していた。

 

 まさか、恭弥が湊を好きになるとは思えない。当初の反応からして、湊を格下に見ていたのは明らかだ。きっと俺の片思いを知ったから、手を出せるくらいの価値に変わったのだろう。

 

 無意識に、俺も湊を見下していたのかな。そんな風に思った自分が情けない。あの時恭弥に注意出来なかったのは申し訳ないな。でも、好きだった気持ちは本物だったんだけどな。


 キュルキュルキュル

 

 その時、脳が激しく回転した気がした。


 

 そして、整理がついた。

 

 

 世界には覚醒者という人種がいる。

 

 覚醒しているかしていないかで、人としての優劣が決まる時代だ。高校にも上がれば、覚醒出来ない人は、みんな不安を抱えている。

 

 そんな背景があった。


 学校での集団生活の中で、人は自分より格下の人間を見て安心するだろう事は内心気づいていた。身を潜めて生活する虐められっ子が、登校拒否になった。


 その人を俺だけが、無視しなかった。言葉をかけ続けた。


 きっと、それが原因だろう。


 彼がいなくなった後釜がいるなら、俺が適任だ。


 ああ。そうか。


 やっぱり、クラス全員の事をずっと格下に見てたよ。


 マウント取って楽しいか。くだらねー奴らだって。


 

 恭弥。湊。身内だと思って贔屓目で見てたわ。


 

 結局、お前らも同じ人間だったんだな。


 

 今まで気づこうともしていなかった。


 

 さよなら。大好きだった人達。


 

 今は、全然



 悲しくもないよ!!




 

 今まで、大好きだったものが、一瞬でどうでも良くなるくらいに九条美優は魅力的だった。


 

 そう思い込んだ節もあるかもしない。


 

 美優が手を引いて助けてくれた今に、全力で着いて行きたかった。


 

「これ。お礼。捨てるより、誰かに使って貰った方が、この財布も報われる。」

 

「想い人へのプレゼントを今カノに贈るかな。そういう所が童貞なんだと思う。」


「捨てるわ。」


「鈍感すぎじゃない? 肝心なのはそこじゃないと思うけど。いらないなら貰うわ。開けてみよ……あれ。思ってたのと違う。センス良いじゃない。」


 ん? 鈍感? なんで。侮辱されただけかと。


「…………何を言って? …………………………………………………………………………………………………………今カノ!!」


「了承したよね。それとも、遊びだったの?」


「……でも。復讐の手伝いって。」


「それはそれ。これはこれ。私は嘘をつきましょーなんて一言も言ってないわ。そんなのすぐにバレるでしょ。」


「……でも、君の事、よく知らないし。」


「それって重要かな。」


「……でも、君、超絶美少女で、相手は俺だよ?」


「でも、でも、でも、でも。ハッキリして! 私が嫌い? 付き合うのは嫌? 私は好きだよ。達也くん。騙されてたと気づいてても、私が言わなければ、友達を応援しようとしてたでしょ。そういうの……ないから。付き合うって決めたの。」


「嫌いなわけない! 君のおかげで、最低の未来から抜け出せた。泣いて悩んで。悔やんで、恨んで。そういうの全部吹き飛ばすくらいには好きだよっ。ああ。紛れもなく好きだ。惹かれてる。まだ出逢ったばかりなのに。」


「美優よ。ちゃんと名前で呼んで。次の恋が見つかるまで、私が責任持って面倒見てあげる。プレゼントありがとう。とっても気に入ったわ。」


「……。」


「何固まってんのよ。またね。ダーリン。後で連絡します。」


「……。」


 


 ……恥ずかしすぎる。



 


 脳裏に童話が浮かんできた。



 

 北風と太陽が、旅人の上着を脱がす勝負をした。

 

 北風が強く吹けば吹くほど、旅人は上着を飛ばされまいと必死になる。

 

 太陽が旅人を照らすと、旅人は自ら上着を脱ぎだした。


 

 さっきまでの俺は、北風に丸裸にされて凍え死ぬルートにいただろう。


 でも、ギリギリの所で今日、彼女が現れた。


 

 そして、俺は人生ではじめて、上着を脱いだ。


 今日、出逢った女の子に心をさらけ出し、信じられないくらいにハッキリと自分の好きを言葉にした。


 

 でも、だけど、心は不思議なくらいに暖かい。


 

 だから、美優を太陽みたいな人だなと……そう思ったんだ。

 



 

 ……彼女の意図も知らずに。

 



 

 ―― 数分後 ――

 

「もしもし。指示通り、木元達也と接触したわ。」

「……遅い。」

「仕方ないでしょ。いろいろと調査をするのに半年もかかったの。」

「で。彼はどうだった?」

「ウブな少年って感じね。」

「あんたね……不安だわ。くれぐれも慎重に、絶対に逃がさないように。」

「逃がしはしないわ。だって……ほっとけないもの。でも、意味があるとは思えないけどね。」

「あるわよ。最初に言ったでしょ。彼の才能は私を超える。そのうち彼を中心にして、新しい世界に突入するでしょう。」

「マスターがそれ言うかな?」

「彼に比べたら、私なんてかわいいものよ。」

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