第2話 職場をぶっ壊す眼鏡

「すみません。学校で、少しトラブルがあって遅れました。」

「貴様。運び屋の立場が分かっていないようだな。」

「本当に、申し訳ございません。」

「冒険者なら、遅刻に学校は関係ねーだろうが。」


 

――冒険者法案 第35条


覚醒者は、ダンジョンへの潜入を目的とする場合に限り、高等学校及び大学その他の教育機関における授業を欠席、遅刻、早退することができるものとする。この場合、当該欠席、遅刻、早退に起因するいかなる不利益も課されないものとする。――


 

 たしかに遅刻に学校は関係ないが、教室で起きた事なので、学校でのトラブルだ。

 

 


 最初、教室にあったのは静寂だった。


 

 無視されてるのかと思った。


 

 しかし、早退する間際、俺は途端に忙しくなった。


 質問する者。言い訳する者。非難する者。


 昨日の見世物は、たぶん賭けとかだったのだろう。


 俺が湊に告白するかしないかで

 恭弥が必死だったのは告白するに賭けたとしか思えない。


 

 しかし、一人の少女の影響で状況は変わった。

 

 告白はしたが、湊ではなく美優。


 少し違うか。


 美優の登場は、もっと根本的に問題をすり替えた。


 告白するかしないかではなく

  覚醒者 勝ち組覚醒者じゃない 負け組

 

 自分達は、スクールカーストを間違えているのだと。

 

 それぞれが、クラスでたった一人の覚醒者と、今後どう向き合っていくのかを考えはじめた。


 覚醒者は人ではなく兵器だと言う人がいる。国家が厳しく管理するべきだと。


 表の顔である冒険者の活躍だけでなく、最近では、負の側面も見え始めている。その最たるものとして、『死戒連盟』の惨殺事件は日本中を震撼させた。

 

 俺がもし最弱覚醒者でなければ、一般人など相手にもならないだろう。


 だからこそ、クラスメイト達はそれぞれの答えを出したようだ。


 迎合、反抗、協調や同調など

 

 あらゆる対応でクラスメイト達が俺に群がった。

 それを無碍にも出来ずに、少しだけ遅れてしまったのだ。




 

 しかし、遅刻の経緯は猫田さん達には全く関係ない。

 

 

 だから誠心誠意、謝るしかない。


 

「おい最弱小僧。ペコペコ謝れば済む問題じゃねーよな。」

 

「どうすれば、許して貰えますか?」

 

「報酬の減額だ。」


 痛いけど想定内だ。

 それくらいの罰は自分から願い出ても良い。

 

「はい。今日は無報酬でも構いません。」

 

「1ヶ月だ。」


 ……情けない。けど、断る事も出来ない。

 

「はい。お金なら仕方ないです。」

 

「バイト代はやるよ。俺が言ってる減額は石ころの報酬を削るって話だ。」


 え?

 

「困ります。それだけは勘弁してください。」


 駄目だ。


 すぐに、なんとかしないと。

 

 ギルドの大広間で、俺は土下座をしていた。


 その事に、恥もなにもない。


 頭を踏みつけられる。


「猫田さん。許してくださいでゲス。って言ってみろ。」


「……猫田さん。許してくださいでゲス。」


「「「あはははは。」」」


 虚しいな。これが大人の遊びか。


「お前はザルか。侮辱されても、全く酔わないよな。」


「すみません。」


「犬田の靴を舐めろ。」


「ウッ。」


 ペロッ


 悔しくはない。


 床に落ちた雫はただの水だ。


「汚ねー。本当に舐めてやがるぞ。」

「ぎゃはは。コイツ。嬉しくて、泣いてやがる。」


 

 妹の命がかかってる。媚びる方がマシだ。



「いい加減気づけよ。俺たちはもう、お前とは一緒に働きたくねーって、言ってんだ。」


 何を言われても、絶対に辞めさせられるわけにはいかない。


 なのに、涙で顔がぐしゃぐしゃになった。


「そこをなんとかお願いします。精一杯、頑張りますから。」



 

 ――銀狼傭兵団

 マスター猫田さんが率いている弱小ギルド。


 大手ギルド

 安定した頻度でダンジョンに入れる。安全第一で優秀な運び屋しか入れない。

 

 弱小ギルド

 ダンジョン潜入は予約待ちもある。ギルドメンバーが弱い為に運び屋にもそれなりの危険が伴う。能力よりリスキーな環境に耐えうる人材を求めている。


 俺は、運び屋だ。

 冒険者だが戦闘には参加しない随行者。



 銀狼傭兵団は、弱小ギルドであるのにも関わらず、猫田さんの人脈を使って他のギルドへ派遣も行う。

 全員が、毎日のように図書館戦争に参加出来る。

 

 病気の妹のため、その強みは絶対だった。


 

 特別専属契約の内容

 危険手当て無しの低賃金で働く代わりに、ダンジョン内にある石ころを1つだけ持ち帰らせて貰っていた。

 日当3000円 + 石ころ ( 5時間の場合 )

 本当ならダンジョンの石ころに値打ちはない。

 

 保険として、双方の同意がないと勝手に切れない契約にして貰った。

 

「僕のビッチな妹は、迷惑ばかりかけて全然役にたたないんです。豚田さん。味見してみますか? って言ってみろ。」


 

 毛穴から嫌な汗が吹き出した。



「……。」

 

「どうした。震えてるぞ。何か言いたい事でもあるのかよ。」



 

 


 

 キュルキュルキュル


 


 脳内で何かが活性化した気がする。




 

 周りを見渡す。


 昨日は休みだった。

 

 なのにギルド内が、いつもに増して汗臭い。

 

 

 そういう事か。

 


 この状況、銀狼傭兵団で人員を増やしたのは明らかだ。

 

 今回、俺がが契約を切られるのは、ギルド内で全てを完結させる為だろう。メンバー賃金の固定費は変わらない。対して、安い賃金で働かせられるとはいえ、俺の分は変動費だ。


 ギルドの内の誰かが余るとしたら、そいつらに仕事をさせた方が良い。


 単独での攻略は最弱の俺を雇うよりも、ギルドメンバーが増えた方が危険は少なくなり、傭兵団としても戦闘に参加出来る人材なら分散して派遣出来る。


 

 なるほど


 

 自分から契約を切れないから、嫌がらせをしているのか。


 

 汚い。


 

 俺にとって、死活問題とはいえ、ちゃんと説明してくれたら納得して引き下がるのに。

 


 いや……俺が悪いのか。


 

 少なくとも、そういう契約で縛りつけたのは、俺が原因だ。


 

 ……もう良い。



 妹を侮辱された時点で、ここに居場所はない。

 

 

「分かりました。契約は破棄しましょう。」


 

「なんだと。それなら勝手に破棄した分の違約金を払って貰おうか。」


……なんて?


 猫田が取り出したスマホに会話が録音されているのが分かった。


 額から出た汗が頬をつたい、ポトリと床に落ちた。

 


 双方合意の上での契約解消のみ許される契約。


 どちらか一方の契約破棄には、違約金が発生する。

 


 自分より格上の覚醒者が、自分の正当性を主張して、違約金を払えと言っている。


 相手は冒険者協会に所属するギルドのマスター。警察に罪を認めろと言われているのに近い。


 

 

………………………………詰んだ。


 

 

 無理だ。金なんてない。




 


 瑠衣……ごめん。


 


 兄ちゃん、お前を守ってあげら…………





 

 


 

 トコトコトコ




 

 ピシャリ



 


 へ?


 


 分厚い眼鏡をかけた小動物が、猫田さんの頬を打った。

 


「貴様っ! 何をする。」


 

 

「ダーリン。全然、連絡してくれないから、職場にまで来ちゃった。」


 一瞬で空気が変わった。


「美優。あれから、まだ一日しか経ってないよ。なんで居場所が分かるのさ。」

 


「はじめての彼女だから知らないのね。彼氏のスマホにGPSくらいつけるでしょ。基本よ。」


 

 昨日、スマホを奪われた時、何かをやっていたのは、それか。


 

「悪い。そういうの疎くて。」


 

「謝る事じゃないわ。」


 

「でも、俺が、恋愛初心者なのは事実だし。いろいろ迷惑かけてるし……」


 今もこうして、迷惑をかけているし。


 

「そっちじゃないわよ。この 銀狼傭兵団 クズ共に謝る事はないって言っているの。」


 

「へ?」


 

 ざわざわざわ

 


 そして、時は動き出す。


 

 猫田さん達は、美優のあまりのマイペースに面食らっていたのだろう。


 

 美優は存外平気な顔をしている。


 

 呆然と成り行きを見ていた猫田さんが、銀狼傭兵団の言葉を受けて我に返った。


 

「……貴様ら、いい度胸だな。何を呑気に二人の世界に入ってるんだ。銀狼傭兵団のギルドで、この猫田様に無礼を働く事がどういう事か分かっているのか?」


 

「プッ。逆に聞くけど、こんなに小さなギルドのマスターに喧嘩を売るくらいで、この私がどうにかなると思ってるの?」



 

 美優は、眼鏡をはずして、束ねていた髪を解くと優雅に掻き上げる。

 


 目の前に、またあの悪女がいる。



「なんだ。良い女じゃねーか。」

 

 猫田さんが美優に近づこうとすると、犬田さんが、震えながらそれを押さえつけた。

 

「マスター駄目です。こここ、この人。『影の シャドウゲート 』の…………九条美優です。」


 

「なんだと。」






 


 ――どうしてこうなった。

 



 

 

「ようこそ、いらっしゃいました。お嬢様。ささっ。お掛けになってください。木元さんもこちらへ。」


「そうね。座りましょう。このままダーリンとデートにでも行きたいけど、話し合いはまだ終わってないわ。」


「…………うん。」

 

「すみません。どうやら、勘違いがあったようでして。今まで通り、いえ、実は今までの給料も積立てで、確保してあります。ですから……」


「待ちなさい。なぜ、あなたも座っているの? さっきはダーリンにどうさせたか覚えてる?」


 

 猫田さんが土下座をはじめる。


 

 何もそこまでと立ち上がろうとすると、美優の手がそれを阻止した。

 


 虚勢だった。



 この子は

 

 

 この小さな体で、どれだけの勇気があるんだ。


 

 触れないと分からないくらい、手が小刻みに震えている。



 

 そりゃそうだ。年齢だって俺と変わらない。


 

 

「申し訳ございませんでした。まさか、木元君が女神様の関係者とは知らず、全てこちらの手違いです。ですから、女神様には――」

 


「で、積立てだっけ? いくらなのよ。2年間、運び屋の相場が1回2万円以上の所をほぼ3千円以下で雇用してたわね。積立てなら利子もつくと思っていいのかな?」

 


「500万円でいかがでしょうか?」

 


「ちょっと待ってて。今、マスターに電話するから。」

 

「に……二千万円お支払いします。豚田、すぐに金庫から二千万円持って来い。」


 

「良いでしょう。」


 

 美優を見る。



 言葉通りの悪女ではない。


 

 俺の為に本気で怒って、今にも泣きだしそうだ。



 

 例え一時でも美優の彼氏だというなら、俺も態度を改めないといけないと思った。


 

「お納めください。二千万円です。」


 美優がケースを確認した後で、俺に渡した。


 何か言えと、その目が訴えている。

 

「あなた達とは二度と関わりたくありません。俺が居なくなった事で、今後あなた達の活動が滞ったとしても、また仲間に戻るのは願い下げだ。」


 

「ダーリン……それだけ?」


 どうすれば良いのよ。


 とりあえず大袈裟に片手を掲げて偉そうにした。

 

「あなた達が俺を追放したように。俺もあなた達を追放 エグザイル する。そういう意味です。」


 美優は嬉しそうに微笑んでいる。


 どうやら、納得してくれたようだ。


「最高よ。

 

 銀狼傭兵団! あなた達は、今後、ダーリンの活躍に恐慄く事になるでしょう。自分達が何をしてきたのか、その時に悔んでももう遅いわ。行きましょ。」


 

 ならんわ。


 

 ……けど2年間、命懸けの日々だった。


 

 辞められない重圧の中、理不尽に押しつぶされそうになっていた。


 

 でも、もう媚びる必要はない。


 

 そう思ったら少しだけ、心が軽くなった。腕に絡みついて笑う美優に、俺の方からも少しだけ体を寄せた。


 

「……ありがとう。」


 

 一人だったら、どれだけ絶望したことだろうか。


 

「いちいち感謝しない。彼女が彼氏を守るのは当然なのよ。」



 

 ここにはもう二度と戻れない。



 

「そうなのか。なら俺も強くなって守らないとな。そういう存在が一人増えた。」


「少し妬けちゃう。むむむむっ。可愛い妹さんだから我慢はしないと。」


「……。」


 

 俺たちは、ギルドを後にした。




 


 彼女は一体何者なのだろう。


 

 昨日出逢ったばかりなのに、俺や俺に関わる人の全てを知り、銀狼傭兵団に恐れられる程の人物。



 

 これが彼女という存在で、これが付き合うという事なのか。

 思ってたよりも奥が深いな。



 

 俺も勉強しないと。



 

 

 キュルキュルキュル





 帰り道、俺たちはずっと無言だった。


 

 昔のことを思い出す。



 この世界に覚醒者達がいると知った時、期待に胸が膨らんだ。



 冒険者という職業があると知った時、俺は英雄 ヒーローになりたかった。


 

でも、現実は俺はしがない運び屋で

美優が本物の 英雄ヒーロー みたいだ。

 


 …………。

 


 助けて貰ったのに、ごめん。


 


 自分が情けなくて、全然笑えないんだ。


 

 

「さよならの前に、一言だけ良いかしら。」


 

「……うん。」



「さっきの決め台詞 英雄ヒーロー みたいで、とてもかっこよかったの。だから決めた。私はあなたの可能性を信じてみる。」


 

 全身の血が沸騰した。



 

 ……本当に美優は。




 だったら、意地でもなってやる。




 全力で。




 美優の信じた俺に。



「美優。本当にありがとう。でも、だからこそ、しばらくは会えない。次に会う時は俺が本当に強くなってからだ。俺だって君の横に立って輝きたい。…………待っていてくれ。俺は最強の冒険者になるよ。」


 

「……信じらんない。……なんでそうなるのよ馬鹿っー。」


 

 美優は怒って走り出す。

 

 途中で、振り向いて舌を出した。


 俺には女心が分からないようだ。


 赤く染まった雲が流れている。夕日がとても綺麗だった。

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