第3話 学問の道を選ぶガリ勉
「お兄ちゃん。」
「瑠衣。」
「じゃーん。何でしょう。」
「んー。似顔絵?」
「ぶー。似顔絵ならこの袋には入れないよ。はい。開けてみて。」
「小物入れのポーチ。念の為に聞いていいか? お店とかで買ったやつじゃないよな。」
「ぶー。手作りに決まってるでしょ。」
「クオリティが高すぎるんだよ。だけど、褒めて、店売りの物だったらそれもおかしいだろ。」
「にひひ。感想はどうでしょう。」
「抑えてるけど、嬉しくて飛び上がりそうだ。ベルトに引っ掛けられるじゃないか。」
「良かった。」
「じゃあ。これはお返し。」
「うわー。ありがとう。」
「今日は、ショートケーキじゃなくて、イチゴのゼリーな。体にも良いだろ。」
「お兄ちゃん、大好き。いただきます。」
瑠衣の個室に、複数の足跡が近づいてくる。
見た事のない綺麗な女医さんだった。
「はじめまして。お兄さんですね。」
他にも数人のお医者さんを引き連れている。
「はじめまして。俺は出た方が良いですかね?」
「私は新任の高梨摩耶です。妹さんについて大事なお話があるので、妹さんと一緒に着いてきて頂けますか?」
「分かりました。」
車椅子を押して、医者達の後に続いた。
エレベーターを降りて、手術室などのある2階に降りると、プレートのない部屋に通された。
「これらは瑠衣さんの為に導入した、最先端の治療器具です。」
「瑠衣の為? いったいどうして。」
「とある研究機関から取り寄せました。」
思わず眉間にシワを寄せる。
「なるほど。で。母さんは、いったい何を企んでいるのですか。」
「……こちらは仮想現実でゲームをプレイする為の機材です。妹さんは、これを使って歩く為の練習ができます。」
卵形の黒いベッドが二つ並んでいる。薄く青い筋が入っていて、どこか近未来的なデザインに感じる。
CTスキャンの機械よりも大きくて、より複雑な装置に見える。
「世界にたった二台だけのVRゲームです。しかし、この方法にはひとつ問題がありまして、仮想現実で妹さんが歩けない可能性があります。車椅子での生活が長かったですからね。そこで瑠衣さんを補助する人物が必要です。」
歩く事よりも衰弱していく体をと思ったのだが、瑠衣の前でそれは言えない。
「瑠衣どうしたいかな?」
「私、やってみたい。」
「達也さんもよろしいですか? 先程も言ったように、瑠衣さんにはサポートが必要です。」
「専門家の方が良いのではないですか。」
「先程も言ったように最先端の技術です。研究機関の人間以外、この病院どころか世界中を探しても専門家はいませんよ。瑠衣さんが一番信頼しているお兄さんが適任かと。それともこの話を聞いても我々に任せますか?」
「いいえ。それなら、俺がやります。」
俺と瑠衣は、摩耶さんに指示されるまま、装置に入った。
―― システムを起動します ――
『 チュートリアルを開始します 』
宇宙空間。
重力がなく、自分の体が浮いているような感覚。
完全に騙された。
そして、俺が参加して良かった。
これはVRゲームなんかじゃない。
『 新たな時代のテーマは「侵略と覚醒」です。
数年前、世界中の図書館に、現れた二冊の本。
「
図書館は結界に覆われ、入口に現れた転移魔法陣。
転移魔法陣の先にあるのは、小説ナイトバレイン物語の各ページと繋がる異世界。
その場所を人類はダンジョンと呼ぶ事になりました。
ダンジョンには戦闘描写のないページもありました。人類がそこから持ち帰った資源を起点にして、世界には覚醒者が生まれ始めます。
そうして、運命の日を迎えます。
転移魔法陣から、現実世界に魔物達が侵略して来たのです。
人類の化学兵器では魔物達に全く効果がありません。
俗に言う
危機を救ったのは覚醒者の存在でした。
覚醒者達がスキルや魔法を活用しそれに対抗するようになります。
ナイトバレイン物語から侵略する魔物との戦い、または人類が現地に赴き魔物を討伐することの総称を【 図書館戦争 】 と呼ぶようになります。
ですが、これはまだ人類崩壊の第一期です。 』
鳥肌が立った。
世界の現実そのものが、この仮想空間で説明されている。
自分が知る事実よりも、もっと鮮明に。
引っ掛かったのは最後の言葉。
―― 人類崩壊の第1期 ――
誰が何の為に、このゲームを作ったんだ。
自分の母親がこの件に関与している?
ゲームの方じゃなく、この世界の異変に関してだ。
…………。
『 職業を選んでください 』
『
もしこのゲームが現実とリンクさせているなら、選択肢があるようでない。
これは事実上 一択だ。
覚醒者のスキルは、何かに偏っていた方が良い。
なんか、ランクを調べに行った時の事を思い出すな。
――ババ抜きで言ったらババを引いたようなものですね。
どちらか一方か、両方の可能性すらあります。
一般的にどんなに弱いスキルでも、スキル1つに対して覚醒値が1以上ついてきます。
木元さんの場合は、スキル2つに対して、覚醒値が1。
スキルではなく、人類の持つ自然な能力の延長と考えた方が良いかもしれません。
【F2】スキル有りの二類覚醒者ですが、一類覚醒者にも劣る人類最弱の二類覚醒者と考えてください。――
落ち着こう。
これは、ただのゲームだ。
俺のスキルは「学習」と「適応」。
どちらかが、ババなのかもしれない。
でもババは、言い換えるとJOKER。
俺は、それに賭ける。
→
『本当に宜しいですか?』
→ Yes
―― Mutual Download 起動 ――
「ぐあぁぁあぁぁぁーー。」
身体が引き裂かれるみたいだ。
―― Brain Install 起動 ――
「ぐおあぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁーー。」
頭が内側から焼けるように痛い。
「はぁはぁはぁはぁ。」
死ぬかと思った。
『 職業
【ステータス】を獲得しました
【インベントリ】を獲得しました
【適応】がランクアップ【環境適応】に進化しました
【学習】がランクアップしました
【学習】ランクアップにより蓄積されていた全てのスキルが顕在化します
ステータス情報に【
なんだよそれ。スキルが多すぎる。ありえない。
ゲームだからこそだな。
痛みは治まったが、この苦痛を瑠衣も感じているならと考えると、とても心配だ。
「瑠衣っ。瑠衣ー。大丈夫か?」
だが宇宙空間には俺一人。
反応はない。瑠衣は平気なのか?
『 特別頁 記憶の風景に転送します 』
人口的な花畑が続いている。その先から瑠衣が手を振りながらやってくる。
「お兄ちゃん。遅かったね。」
「瑠衣。痛く無かったか?」
「痛い? 身体が楽になった気がするけど。そうそう。私、歩けるようになったんだよ。」
それは当たり前だろう。
ここは
「良かった。ここはどこだろうな。」
「うーん。何となく、見た事ある景色だけ、にひ? ……この景色を見て、何か言う事ない?」
「花畑…………………………。ピクニック。元気になったら行きたいって行ってたよな。良かったな。ここでしようか。ブルーシートでも広げて、食べたり、遊んだり。」
「うんっ。ありがとう。」
「じゃあ。さっそ――」
「――あれ。パパとママだ。」
一気に呼吸が出来なくる。
「っ…………。……あいつらが、父さんと母さんだって。」
「達也。瑠衣。早くおいで。また迷子になってしまうぞ。」
あれが父さんなのか。
視界が歪む。
「どうしたの達也。怖い顔をしちゃって。」
あれが俺の母親なのか。
苦しい。心臓を掴まれたみたいだ。
……。
母親から笑顔が消えた。
一人で俺の方に向かって歩いてくる。
「……あなたが何を言いたいのか分かるわ。」
「分かるわけないだろっ。」
「でも、話を聞いて。犯人は――」
「――全部押し付けて、あんたらは今まで何をやってたんだよ。」
駄目だ。瑠衣がいる。
これ以上言ったら、瑠衣が悲しむ事になる。
俺の文句は瑠衣に関わる事だ。
瑠衣の為に俺を犠牲にする事は、妹が一番悲しむ行為。
瑠衣の一番嫌いなもの。
「話を聞く気はない。俺はあんたらの顔だって、今はじめて知ったんだからな。」
「分かった。許して貰うつもりもないわ。二人とも私達が愛していることだけは忘れないで。」
『 チュートリアルをクリアしました。 』
「ハァハァハァハァ。」
「達也さん。気分はどうですか?」
「最悪だよ。瑠衣は一人で歩けてたし、あんたらは、いったい何がしたかったん…………………………だ?」
瑠衣が心配そうに、俺を覗き込んでいる。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
自分の足で立っている。
「る……瑠衣……お前。」
「調子が良いの。凄いねこの機械。凄いねお母さん。………………ありがとね……お兄ちゃん。」
瑠衣は俺の胸に顔を埋め、シャツが暖かく濡れていく。背中に感じる瑠衣の両手が、いつもよりずっと強い。
俺は彼女の頭を撫でる。
今までの苦労が全部、報われた気がした。
―― 瑠衣の個室 ――
「元気になったからって、絶対に無理はするなよ。ショートケーキはまだだからな。」
ステータスは、ゲームの後も残っていた。
「ぶー。お兄ちゃんのケチ。」
瑠衣が完治する希望が生まれた。
「そんな事言っても駄目。」
「お兄ちゃん。大好き。」
検証は明日からだ。
「駄目です。そんな事言っても甘やかしません。」
「だから……大好きなんだよ。我慢出来るもん。」
今は、かわいすぎるうちの妹を愛でるだけだ。
「明日……楽しみにしとけよ。」
そして、俺は間違っていた。
帰ったら少しだけ部屋の窓を開けてみようと思う。
冷たい風も心地よく感じられるかもしれない。
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