第21話 つわものどもが夢の調べ①

――相馬そうま璃音りおん


 昨日Fクラスにとんでもない転校生がやって来た。なんと、クラスにいた不良のリーダー尾上真希を退学に追い込んでしまったのだ。彼はFランクなのに一瞬でクラスの人気者となってしまった。


 学年でただ一人Eランクだった僕としては、彼の存在は奇跡のようなものだ。他のクラスメイト達と同じように一度は魅入られ、ひっそりと期待もした。すぐにまた一人の平穏に戻ったのだが。


 だけど、今日になって、素直に期待してはいられない状況になる。


 誰にも関わらないように生きてきた僕の生活を、大きく脅かす事態に発展してしまったからだ。


「相馬璃音くんだよね。俺、璃音くんの事、気になっちゃって。」

「……すみません。忙しいので失礼します。」

「忙しいって。お互いに同じスピードで学校に向かっているんだから、話すくらい良いじゃないか。」


 陽キャは二日目にしてぐいぐいくるな。断るのは怖い。キリの良い所で流そう。

 

「……はい。すみません。」

「璃音くん。昨日、ずっと一人だったけど……もしかして、虐められているの?」


 さっそく僕のプライバシーを侵害してきた。もしや彼は虐めっ子の類いなのか。

 

「……それなりに。ですが、僕は防衛事務次官の息子です。手を出すとまずい部類の人間なので、関わらない事をオススメします。」

 

 半分本当で半分は嘘だ。僕は言いつけたりしない。それは出来ない。


「ごめんごめん。言い方がいけなかったね。違うんだ。僕と似ているなって感じたから、友達になりたいって思った。お互いに気持ちが分かるかもしれないだろ。ただそれだけなんだ。」

「似てる? 僕と? …………僕は誰とも似ていませんよ。ほっといてくださいっ!」


 うまれてはじめて、他人に腹が立った。大声をあげてしまった。誰が僕と似ているというんだ。僕の気持ちなんて誰にも分かるわけない。


「ちょっと、すみません。どいてください。通してください。……すみません。そこ通ります。」


 怒りに任せ僕は僕らしくない行動をした。人混みをかき分け、校庭に向かって突き進む。校庭の真ん中まで進んだ所で、自分の過ちに気づいた。


 人混みがあったのは、そのど真ん中で決闘があったからだ。しかも、決闘する二人は三年の……


 新宿冒険者学園大学附属第一高校は、覚醒者達の集まりだ。将来は大手ギルドに加入したり、自分でギルドを立ち上げる人もいる。だからこそ、学園では自然と強い者に従う派閥が形成される。強者との繋がりは後の人生を大きく変えるチャンスとなるからだ。


 学内最大派閥 郷右近一派

 郷右近 ごうこん 乃重流のえる

 【A3】Aランク三類覚醒者


       VS

 

 学内二位派閥 駒栄一派

 野崎駒栄 こまえ

 【B5】Bランク五類覚醒者


 

 Aランクの三類は学生として規格外だけど、五類もまだこの学園の中だけでしか存在を知られていない規格外だ。

 

乃重流のえるちゃーん。いい加減、そのデカイ図体で道を塞ぐのはやめてくれないかな。目障りだから、そこをどけよ。」

「品のない暴言は聞くに耐えんぞ。男なら拳で語れや駒栄 こまえ。」

 

 恐ろしいくらいに二人の魔力が、破裂音と共に校庭全域に轟く。僕はこの近距離で立っているのがやっとだ。立ち会いをしていた派閥のNo2達が僕を睨む。


「一年が、この決闘に割り込むとはどういう了見だ。殺すぞガキ共。」

「貴様ら俺たちを舐めてんのか。死ねよチビカスが。」

 

 ああ、終わった。

 転校生に動揺していて迂闊だった。僕はここで殺される。


 郷右近一派の猿田彦と駒栄一派の犬飼は、かつて、それぞれの頭と抗争をしていた程の猛者なのだ。その二人が僕を狙って、殺人級のスキルを使おうとしていた。


「くそ。なんでだよ。うぉぉぉあああっ。【 瞬足クイック 歩行ウォーク 】」


 雄叫びと共に転校生が僕を通り越し、真っ黒な禍々しい剣で先輩達を切り伏せた。


 信じられない事に、たった一瞬で、あの猿田彦と犬飼が倒れる。校内に衝撃が走った。尾上とは違って、二人の先輩は紛れもない実力者なのだ。


「相手は人間だろ。殺すとか言うなよ。」


 達也くんの一言で、最強達が笑った。

 

乃重流のえるちゃ~ん。今日は中止ねー。邪魔が入ったみたい。」

「見ない顔だな。例の特待生か。駒栄 こまえよりは潰し甲斐がありそうだ。」


 その時、校門の人混みがモーセの十戒のように割れる。

 

「オラオラッー。どけよ~木っ端どもっ。」


 二年最強の男。かのう伊吹いぶきが、大人の冒険者達数十人に追われて駆け込んで来た。

 


「待てや叶っ。糞ガキ。『極悪浄土』のモンに手を出して、ただで済むと思うなよっ!!」


 嘘だろ。今日はなんて最悪の日だ。『極悪浄土』は最低の冒険者ギルド。暴力的な覚醒者達が集まり、時には非合法な手段を用いて権力を振りかざすという国内8位のギルドだぞ。冒険者協会でも手を焼く相手だ。それをたかが学生が……。


「追いつかれた。面倒だが、ここで殺すしかないか。おい、糞先輩ども、8位ギルド如きに学園が馬鹿にされてるぜ。あんたらも舐められたもんだな。」


 伊吹先輩が他の先輩達も巻き込みやる気を出している。足を止めたのは僕たちのせいみたいで、軽く睨まれた。

 乃重流のえる先輩が『極悪浄土』を一瞥し、駒栄 こまえ先輩が『極悪浄土』を見て唾を吐いた。


「楽しみが待っていたのに余計な事を。」

「伊吹ちゃーん。舐めてんのはお前だよな。俺の遊びを奪ったんだー。後で殺すからね~。」


 『極悪浄土』のリーダーらしき男が、指を鳴らしながら中央へと躍り出た。

「学生共がいきがんなよ。こっちは、お前らが生まれる前から、命のやり取りしてんだわ。」

 

 しかし、後ろからゆっくりと歩いてきて、その肩を掴む生徒がいた。


「『極悪浄土』は、ここが俺の学校だと知ってて、シマ荒らすんだな。」


 藤堂我胡がなん。警備にやられて入院中じゃなかったのか。


「ぼっ……坊ちゃん。……いえいえ。荒らすだなんてしませんよ。すぐ帰ります。いくぞっ、お前ら。」

「「「へい。」」」


 冒険者たちがゾロゾロと帰っていく。


 僕にとっては逆にピンチかもしれない。さっきまでは、抗争のどさくさに紛れて校舎に逃げれば良かった。

 

 今は僕を中心にして全学年の最強が揃う。なんで、僕、こんな危険な所に立っているの。学園中の視線が痛い。完全に場違いだよ。藤堂が達也くんを見て言った。


「お前が真希をやった転校生だな。そっちのチビは連れか。ちょうど良い。学園中が注目してる舞台 ステージみたいだからな。ここでお前等を処刑してやる。」

「……誰だソイツ。」


 達也くん。昨日の事件、もう忘れてんの。それより頼むから僕を巻き込まないで。僕らはただの他人だよね。藤堂の処刑対象が複数だった気がするんだけど。

 

「おい。七光り。そいつら等は俺の獲物だ。」

「酷いじゃなーい。 乃重流のえるちゃーん。この二人はあんたじゃなく俺のモンだよー。」


 僕、何もしてませんよ。先輩達もなんで、僕を数に入れるのでしょう。


「あん? この二人。糞先輩どもに目をつけられる程の実力者なのか? 興味湧いたんだけど、俺に譲ってくれねーかな。」


 地獄絵図。だから僕は関係ありませんって。僕は最弱の一年生です。恐ろしすぎて声が出ない。



 気づくと新しく赴任した警備の六人が近づいて来た。もうすぐ学校が始まる時間だ。

 

「貴様らそこで何をしている。もうすぐ授業が始まるぞ。」


 最強達も流石に学校関係者と揉める事は出来ない。退学覚悟で刃向かったのは過去に藤堂くらいだ。


「シラケちゃったねー。」「そうだな。……勝ち残った者が最後に俺の所へ来い。」「つまんねーの。」


 助かった。先輩方が校舎に歩いていく。


「命拾いしたな転校生。俺とやる前に殺されるなよ。」


「俺に構うな。こう見えて、とても機嫌が悪いんだ。」

 

 恐ろしい同級生達は置いて、僕も校舎に駆け込んだ。昇降口に生徒副会長の先輩、一条くんが待っていた。


「出来損ないのクズがっ! あまり目立つな。必要とあらば俺が排除するからな。」

「……すみませっ――」


 ――ドゴッ


 一条くんに蹴られて、僕は清掃用具の入ったロッカーにぶつかった。ロッカーが開き、湿った雑巾が頭の上に落ちて来た。


「ぷっ。お似合いだよ。ゴミ屑がっ。」

「ヘヘッ。」


 愛想笑いをしてから、教室に向かう。

 


 

 

 新しい朝がきた

 絶望の朝が

 悲しみに胸を閉じ

 机に俯く



「聞いた? 達也くんと璃音が、学園最強に挑むんだってね。」「嘘だろっ。俺、璃音に冷たく接したことあんぞ。今からでも謝ろっかな。」「俺、見てた。Fクラスから二人もランク戦に名乗りを上げるなんて。感動だったわ。」



 何も聞こえない。僕には関係ない。机に俯きながら、存在を消した。

 

 今日も一日。平和に一人で。誰にも関わらず、ひっそりと過ごそう。

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