第25話 災禍の覚醒者たち②

――相馬璃音


 あの後、放課後の実習室で一人ずつ新しいスキルの使い方を学び、僕は門限が厳しいため一足先に帰宅する事になった。

 

 陰キャの僕だけど、新しい友達と触れ合うのはとても楽しかった。だけど、みんなと比べると僕の能力は低すぎる。だから、自分の弱さをあまり知られたくなかったというのも、早めに帰ることを決めた理由のひとつでもあった。


 陰キャがある日突然、友達とワイワイしたからキャパオーバーになった、とも言う。


「違う違う違うっ。」


 断じて特定の誰かと対応するのが、気まずくなったわけではない。……そう否定しながら歩いていると、何かにぶつかった。


「きやっ。」

「すっ、すみません。」


 ……逃亡失敗、委員長だった。


 後ろから追い抜いたのだろう。

 

「いたたっ。璃音くん。ひどいじゃないっ。」

「すみません。考えごとをしていて。」


 委員長が僕の肩を掴んで揺さぶる。

 

「そのことじゃないわよ。それは私が追い抜かして急に振り返ったのも悪い。緊張してたし。本当に分からないの?」

 

「え。うん……じゃあ。」


「今まで、私が話しかけても全部無視だったくせにっ。楓雅くんたちとは、すぐに打ち解けるんだね。」


 やはり、そう思うよね。きっと僕はこの件が一番よ原因であの場から逃げたのだと思う。委員長だけは、入学してから、ずっと僕に話しかけてきていたのだ。

 

「ごめんなさい。あの頃は誰とも関わりたくなくて。」

 

「今は違うなら、その時にすぐに言ってよ。今日だって二人で話す機会はたくさんあったよね? 私、待ってたんだよ。……今まで私が何回話しかけたか分かってる? ……すごく傷ついたんだよ。」

「そうですね。僕は馬鹿です。……本当にすみません。」


「…………。」

「…………。」


 委員長は悲しそうな顔をしている。でも、僕はなんて言ったら良いか分からない。陰キャに対人スキルなんてないのだから。

 

「分かったわよ。……一緒に帰らない?」

「えっ。え? ……は、はい?」


 聞き間違いだろうか。僕が女の子と一緒に下校するなんてありえないはずだ。

 

「そんなに動揺する事かな。璃音くん、六本木よね。帰る方向が一緒だもの。」

「そうですか。……はい。分かりました。」

 

「――ぷっ、あはは。ごめんっ笑っちゃって。もう友達でしょ。敬語はいらないし、私のことは雫で良いよ。」


 ありがたい。許して貰えたみたいだ。心のつかえがひとつ取れた。

 

「うん。」


 大江戸線の新宿駅までは、歩くと距離がある。しばらくは無言が続いた。

 

「……私ね。クラス委員長をやらせて貰って、ずっと、璃音くんの事が気がかりだったの。」

「心配をかけて、すみません。」

「もう。謝って欲しいわけじゃないわ。ずっと心配してたの。」

「……ありがとう?」

 

「――鈍いわね。最初は委員長としての使命感だったのかもしれない。でも、二回目からは違うよ。私は何度もあなたを見て、何度もあなたを気にかけてた。本当にこの意味が分からないのかな?」


「えっー⁈ いや、うん……はい? 違うか。すみません。」

 

「……おそらく違わないけど。」

「っ! ゲホゲホッ。」


 

「あはは。やっぱり。璃音くん面白いね。」

「からかわないでくださいっ!」

「ごめん、ごめん。でも……勇気出したんだよ。」

 

 それからは、お互いに顔を真っ赤にして、同じ電車に乗った。いろんな想像が頭を駆け巡る。混乱しすぎて六本木駅に着くまで、僕はどうしていたのかも分からなかった。


 出口の階段を登りきると、雫さんは隣を歩き、また話しかけてきた。

 

「璃音くん。何で今まで友達を遠ざけていたの?」

「……怖かったんだ。意図せず誰かを傷つけてしまうことが。……僕は死の匂いに敏感で、それがトラウマだった。だからといって、僕は弱いですし、分不相応な悩みでしたけど。」

「うん。……璃音くんの気持ち分かるよ。」


 そうだよね。僕の気持ちは誰にも分から……

 

「えっ?」

 

「私ね。…… 災禍さいか覚醒だったの。両親を巻き込んだから、今は義理の父親と暮らしてる。」


 その言葉の中に僕以上の絶望が隠れていた。

 

「……すみません。嫌なことを思い出させてしまって。」


 それなのに、雫さんは凛とした態度で話を続ける。

 

「はじめて覚醒した時に近くにいた人を傷つけることは、珍しいことじゃないわ。それを正当化するために 災禍さいか覚醒なんて言葉が生まれたんじゃないかしら。辛かったけど、私はもう乗り越えたよ。」


 僕がずっと悩んできた事。雫さんはそれを克服し、今、こうして、僕を慰めるような言い方をしている。


 ずっとそうだった。彼女は僕を気遣い、僕はそれを拒絶してきた。彼女には僕が見えているのだろうか。雫さんの心の闇は僕には分からない。それでも、僕の心の闇に光が差し込むようだった。

 

「……僕も 災禍さいか覚醒だったんです。小さい頃に大切な幼馴染みを殺してしまって、それからは、恐ろしくて友達を作ることが出来ませんでした。」

 

「私が両親を殺したのは私のせいかな?」

 

「違うっ! あんな力を手に入れたら制御する方が難しいと思う。突然、目に見えない力が体に溢れて、自分を含むその周囲に及ぶほどの魔力が生まれる。誰にも止められない不幸な事故だ。」


 最初から答えは僕の中にあったみたいだ。雫さんは、それを教えてくれたのかもしれない。

 

「だったら、璃音くんもだね。悪いことをしたんじゃなく、事故に巻き込まれたのは璃音くんも一緒だもの。璃音くんはもう十分に悩んで後悔した。」


 涙が溢れて止まらなかった。彼女の心に僕は救われた。

  

「……雫さん。」  


「あの頃の私に似てると思ったら、本当にその通りだった。璃音くん。あなたは私と同じ悲しみを持つ人だわ。これから、仲良くしてくれる?」

 

「ううん。僕の方からお願いする。……雫さん、僕と友達になって下さい。」


「はい。喜んで。」

 

 雫さんには、かなわないよ。

 そう思えるくらいとても眩しい笑顔だった。

 

 僕の心。その全てが彼女に一瞬で奪われた。


「これで、明日の攻略が楽しみになったわ。頼りにしてるわね。」

 

「うん。僕は弱いけどね。」


 六本木駅から続く道は、国際色豊かな店が立ち並び、様々な言語が飛び交うような所だ。頭上の首都高速と高架下の広くて窮屈な道路が、都会である事を余計に感じさせた。


 僕が昨日まで嫌いだった道。

 

 六本木ヒルズのタワーが遠くに見える頃、それらは期待に膨らむ名残惜しい景色へと変わっていた。


 

 

「それじゃあ。私はこっちだから。」

「……うん。雫さん。今日はありがとう。」



 達也と出会ってから、僕の生活に大きな変化が訪れた。どれも素敵な出来事だけど、その中でも今は特別な想いが生まれた。



 

 雫さんと別れて、僕は心に芽生えた想いに浮かれていた。



 そうして、しばらく歩いた後に、それは起こった。


 

 

 衝撃の瞬間だった。


 

 道路の向こう側から、何度も車に轢かれながら、こちらに走ってくる人がいる。


 僕は、ただただ立ち尽くしていた。


 

 

「助けて――」

「――大丈夫ですか?」


 

 道を渡ってきた男の人に駆け寄ると、何かのメモを渡される。


 

「日本が……危な……鉄血評議会が……を兵…………実験を……。」


 

 僕は 警察・・に電話をかける。

 

 

「――もしもし、警察ですか? ……たった今、人が死…………いえ……間違えました。」


 男の心臓はすでに停止していた。

 

 スマホに目をやった一瞬に、目の前の遺体は消え、そこに大きなナイフが落ちていた。



 「――ぉえっ。」


 

 目の前で、とても強烈な死の臭いがしていた。





――――――――――

 

皆様、いつも読んで頂き、高評価・ブクマ・ハートなど、たくさんの応援をありがとうございます。

忙しい日常の中で、ほんのひとときでもこの物語があなたの心を和らげる存在でありますように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Fランク人類最弱の二類覚醒者は、ババですと言われた学習スキルでむしろ無双する。 燦田黒主 @shikkokunohono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ