第14話 ダンジョンよりも恐ろしい場所
―― 瑠衣の病室
「瑠衣。今日はダンジョンの石ではなく、魔石とかなんだけど、食べられるか?」
じゅる
「あーん。もぐもぐもぐ。お兄ちゃん。凄く美味しい。これ、もっとある?」
「お腹壊さないか?」
「口の中でとろけるよ。」
「分かった。」
インベントリから10個ほど微小の魔石を取り出した。瑠衣はそれを見てからなのか、口に運ぶと
新たに五つ食べ終わった所で、満足したように口を閉じてにっこり笑った。
「ごちそうさまでした。」
「うん。【鑑定】」
『木元 瑠衣 12歳 Lv2
所持スキル
【石喰い】Ⅱ
魔石を食べる事で寿命を伸ばし、経験値を獲得する。
晶石を食べる事で寿命を伸ばし、稀にスキルを獲得する。
【レベルアップ】
敵を倒すと経験値を獲得する。 』
「なあ。瑠衣。体調良くなったりしていないか?」
「んー。ちょっと待ってて。」
瑠依はベッドから足を出し、立ち上がる。
少し歩いていく。
「うん。前より体を動かすのが楽になってる。」
「どれくらいだ? 今はどれくらいで、あとどれくらいで、普通に暮らせそうだ?」
思わず、瑠衣の肩を掴んでしまった。
「……うん。苦しい感じが少し取れたかな。少し歩くくらいが精一杯だったけど、今はトイレくらいなら一人で行けそうな気がする。」
「……ごめん。とりあえず、ベッドに座ろうか。」
大きな進展だ。レベルを上げる為にダンジョンに連れて行く事まで考えていた。それがスキルレベルも上がって、【石喰い】の効果も獲得に変化している。
魔石を食べる事で経験値が入り、晶石とやらはスキルを……。
「因みに、こっちのやつは食べられるか?」
俺は金晶石と魔晶石などを取り出した。
「ごめん。お腹減ってからにしよう。」
じゅるり
分かりやすかった。ダンジョンの石だった時よりも数倍は欲している。
「お兄ちゃん。あーん。」
金晶石と魔晶石をゆっくり、1つずつ食べさせる。
「【鑑定】」
『木元 瑠衣 12歳 Lv2
所持スキル
【石喰い】Ⅱ
魔石を食べる事で寿命を伸ばし、経験値を獲得する。
晶石を食べる事で寿命を伸ばし、稀にスキルを獲得する。
【レベルアップ】
敵を倒すと経験値を獲得する。
【歩行】
【プチウォーター】 』
「やった。……大当たりだ。」
「どうしたの?」
「なんでもない。……でも、必ず良くなるから待っててね。魔石だけ30個置いていくから、体調を見ながら食べ過ぎないようにしろよ。出来るだけ3日以内にはまた来れるようにするから。」
「お兄ちゃん。いつもありがとう。大好き。」
「お兄ちゃんも瑠依が大好きだ。早く元気になろうな。」
俺は病院を出て学校に急いだ。
―― 教室
休み時間だった。俺は荷物を取りに来ただけなので都合が良い。いじめられっ子が居なくなった教室で、あの時こいつらはヒエラルキーの最下位を求めていた。
そして、選ばれた奴は、クラスの後ろで惨めにいたぶられていた。
「今日は授業を受けに来たんじゃない。退学届けを出しに来たんだ。だから、この教室には単に荷物を取りに来ただけなんだよ。……宇野恭弥。」
そこで虐められていた人間は人気者だった元親友。候補が俺からこの元親友に変わったのだ。あの日、覚醒者を敵に回したこいつが適任って事だろう。自業自得、ざまあみろだ。
裏切られた事は思い出しただけでも、まだ胸が苦しい。
だから、俺は新しい最下位に割って入り干渉する事にした。
「だからなんだよ。……最後に助けてくれるのか?」
「甘ったれるな。俺はお前を許した訳じゃない。」
「分かってる。ちょっと言ってみただけだ。」
「お前は俺を裏切った。理由はなんだ?」
「俺は
「……たかが、そんな事で。」
「そんな事? ははは。たった一人の親友だった。お前と対等でいられない事に俺がどれだけ絶望したか、分からないだろうな。この先、大人になり、その差はどんどん広がっていく。……ふん。今は関係のない話だ。」
また腹が立った。ただの嫉妬で裏切られたのか。
「俺は間違ってたよ。……20回。これから最低でも20回は、無条件で俺を助けて貰う。」
そうなる前にちゃんと言ってくれよ。だったら。
「は? 気が狂ったのかよ。また、裏切るかもしれないんだぞ。」
次はちゃんと話を聞く。
「そしたら40回に増えるだろうな。」
「なんなんだよそれ。甘過ぎるだろ。」
俺達は親友だったのに、こいつは本音を言えなかった。その責任は俺にもある。
「友達なら喧嘩する事も意見が食い違うことだってあると思う。俺は弱い、向き合うのに時間もかかった。笑って許せるような人間じゃないけど。それでも、親友が間違えたら、勇気を持って話を聞くべきだった。面と向かって文句を言うべきだったんだ。」
「…………達也……悪いことをしてた。……本当に……ごめんなさい。」
――【
「ああ。……恭弥。それで1回目の助けなんだが、これはお前しか頼れない重要案件だ。今すぐ女の子が喜ぶデートを教えてくれ。」
俺と恭弥は話しながら光に包まれる。最後のチャージは余計だが、覚醒者の力が溢れれば、外から見ると威嚇にもなる。これは竹内さんのスキルで実際に感じている。恐怖を身をもって体験すれば、クラスの奴らも恭弥を虐める事はないだろう。例え殴られても、あのスキルもあるし一回なら守れるはずだ。
待てよ。
こいつと同じようにスキルを欲した奴がいた。奪えたなら与える事も出来るのでは。あれは危険だが、スキルはイメージだ。上手く分離しつつ与えれば可能なのでは。
最悪の場合はまた戻せば良いし。
「【
「【鑑定】」
『宇野恭弥 17歳
所持スキル
【
種火があればそれを爆発させる。
【
ファイアー系の魔法が使える。HPの損傷が激しい時、残りHPを45秒間保持する。 』
よし、成功だ。
悔しいが、俺の青春は常に恭弥と一緒だった。一度は絶交を考えたが、切り捨てられる関係ではないし、切り捨てたら誰もいなくなる。
美優を好きになり、春奈さんのパーティーや千尋と出会い。モンスター達と命のやり取りをして、俺は少し生きる為に前向きになった。
そしたら、恭弥の事もこのままじゃいけないと思った。俺が知らない恭弥の一面があるのかもしれない。案の定、それはあった。ちゃんと知ろうとしなかった俺も悪い。
許し許された先に、俺たちの本当の未来があるとしたら、そこまで歩いて行きたいと思った。
「って感じだな。それで問題があったらメッセージしろ。」
「ありがとな。これで完璧かな?」
「馬鹿か。それで頑張って砕けて来いって言ってんだ。あんな美女とのデートなんて、俺でも経験値が足りねーよ。」
「ぷぷ。なんかお前、口が悪くなったな。そっちの方が嫌いじゃない。……それと凄く残念だけど、お前も覚醒してんぞ。覚醒すれば対等なんだろ? 」
「嘘だろ。……お前……一体なに――」
「――またな悪友。これでお前も堂々と授業サボれるぞ。」
―― 冒険者総合デパート
入り口付近にあるベンチで、美人二人が楽しそうに話し込んでいる。新宿の駅近くにある元家電量販店が、今では冒険者の為の道具を取り揃えている。
冒険者御用達のお店だけあって、外にいる人も店内も普通の洋服を着ている人はほぼいない。そういう俺もインベントリに登録していた冒険者装備に着替えている。
「お待たせ。無事に退学届けを提出してきたよ。」
「やったー。叔父さん達も了承してくれたみたいだし、あとは、うちで姉……美玲と直接話すだけね。」
「うん。それと美優には、この前お金を取り立てて貰ったろ。分け前はいらないって言われたけど、それじゃ、俺の気持ちが納得出来ないから一緒に装備を探そう。ごちそうもしたいしね。」
美優が首を傾げて考えごとをはじめた。
「うーん。それは嬉しいけど、私の装備を買うとなると、あの金額じゃ足りないわよ? だから今は、ダーリンと千尋の装備を揃えた方が良いと思う。」
「そうなのっ!? それってランクいくつなんだよ。俺って恐ろしいことをしようとしてたんだね。でも、せめて半分は美優に使いたいんだけどな。」
「秘密ー。あれは正当な報酬なんだから、私にお金を使うとかはいらないよ。 ……どうしても、気になるなら普通に洋服とか、お揃いの指輪とかお揃いの指輪でも良いのよ。」
なぜ指輪を二回言った。流石にそれはまだ早いのは分かる。
「じゃあ。ここで決めないで、中で欲しい物を探そうか。」
「私のよりも、ダーリンと千尋のを優先して選ぶからね。私のはお姉が用意してくれたけど、二人が心配なのよ。最初に3階から6階のどこかに行きましょう。ねっ千尋。」
「うん。美優姉さん。大好き。」
「ありがとう。」
二人は昨日からずっと一緒にいてかなり仲良しになったな。
本当に良かった。
エレベーターに乗ると、各フロアの混雑具合が表示されている。美優は一番人の少ない4階のボタンを押した。
エレベーターは4階で止まり、俺たちはフロアに出る。
「4階……ってなんだコレ。ソファとか椅子やテーブルもあるけど、大きな鏡が並べられているだけだよ? どうして装備品が店頭に並んでいないんだ?」
「またー。フィッティングミラーでのバーチャル試着はもはや当たり前でしょ。冒険者装備は高額なんだから、店舗に並べたら大変。……私たちは三人だから、ソファーでゆっくり決めましょう。操作は空中画面へのタッチだから、驚かないでね。」
商品がないから、混雑具合でフロアを変えるのか。
美優が千尋をスマホで撮影すると、ソファーの真ん中に座った。テーブルを叩くと、画面が斜めに飛び出してきた。
スマホを操作した後、画面に千尋が写っている。
「達也くんも千尋に何か買うの? 私は千尋に防御力の高い服系の装備を一式買うように言われたから、それは除外して考えてね。」
「待った。誰に言われたの?」
「今日の朝、うちに泊まった千尋を見て、美玲姉さんにそうするように言われたの。達也くんと千尋への入学祝いだって。もちろん、達也くんの分も買うわ。」
なんだこれは。話が変わってくるぞ。何か美玲さんという人に外堀を埋められているような嫌な予感がする。恭弥にいろいろとデートプランを教えて貰って、美優にお礼のプレゼントをと考えていたのに、完全に美優のペースに逆転している。
いや。そういう事じゃない。今、お礼をしなかったら、もう出来ないんじゃないかってくらいに焦ってきた。俺が美優に何かをしたいんだ。
「ちょっと待った。千尋の分は千尋の事なので何も言わない。でも、自分の事は自分でするよ。」
「達也くんにとってもお姉ちゃんなんだから、甘えちゃっても良いのに。……でも達也くんがそうしたいなら。」
俺は会った事ないし、姉というのは絶対に違うけどね。それに今ならまだ間に合う。なるべく早く止めなければ。
「……ここで買うのやめない?」
「え?……なんで。ごめん。気分悪く――」
「違う違うよ。ごめん。説明が足りてなかったね。俺【鑑定】スキルが使えるんだ。ここで買うよりも、1・2階のフロアで現品を見た方が、掘り出し物が見つかるかもしれないって事だよ。」
「ダーリン。……そんな冒険者協会の魔道具みたいなスキルは聞いたことがないわ。」
「デート前に言っておくべきだったよね。」
「やっぱり達也くんは本当に凄いのねっ。そうと決まれば早く行きましょう。ダーリンのスキルが早く見た……デート。」
顔を真っ赤にした美優が腕を絡ませてきた。反対側にそれを真似した千尋がいる。
フロアにいた店員を含む男性たちが、俺を睨んでくる。
店内は一気に殺伐とした雰囲気に変わった。聴覚が良くなったせいか、フロア中の悪口が聞こえてくる。
「あのガキ。あんな美女を二人も。」「見せつけやがって、気に入らねえ。」「きっと兄妹だ。そうに決まってる。」
嘘でしょ。公衆の面前ではまずい。恥ずかしいどころの話じゃないよ。これが美優じゃなかったら暴走して拒絶するレベルだ。殺されるぞ。嬉しさよりも危機感が圧倒的に勝る。
「分からせてやるか?」「放っておけ、女の方の装備が普通じゃない。高ランクだ。」
落ち着け、ちゃんと恭弥の話を思い出すんだ。
いくら思い出しても、こんな展開は想定されていなかった。
くそ、経験値が足りないとはこういう意味だったのか。
千尋もいるけど、デートというものが、こんなにも過酷な試練だったなんて。
まだ何も買えていない。つまりデートは始まってもいないのだ。
思えば、ただ美優にお礼がしたかっただけなのに、最初からずっと難しすぎる。
ここはダンジョンよりも、もっと恐ろしい場所。
ショッピングという怪物への恐怖と少々の歩きづらさを感じながら、俺たちは、安い商品や洋服も扱っている1・2階のフロアに移動する事にした。
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