挿話 ‐ 「魔力と魔法」について学ぼう

 朝が来た。カーテンを締めなかった窓から眩しい日差しが入り込んで、僕の寝室を光に包む。眩しさに起こされた朝というのは極楽か最悪かの二極化だと思う。僕は後者の人間だった。

 学校に行かなくちゃいけないなんて考えてしまう頭が嫌になる。もう行かなくてもいいのに、それから逃げ出すために来たのに、まだ僕はそれに囚われている気がして仕方ない。備え付けられていた遮光カーテンを閉めても二度寝をできる気がしない。


「嫌だなぁ」


 そんな言葉をこぼして、仕方なく起き上がる。なんだかんだ言って朝日を浴びながら体を動かせば目覚めはすっきりするものだった。


 ◆

 

「おはようございます」


「おはよう。ずいぶん遅いんだな」


 挨拶を返してくれたのは篠原さんだった。自分の部屋を出てリビングに降りたのだが、そこに居たのがソファーに座る篠原さんだけで他の人はいなかった。

 壁にかけられた時計に目を向ければ短針は真上を向く手前だった。平日のお昼前。こんな時間に家にいる人の方が少ないだろう。


「いつも、この時間は一人なんですか?」


「いや。普段はもう一人か二人はいる」


 手招きをされて僕は篠原さんの方に近づいていく。篠原さんが座る横には何かの箱が置いてあって、それを僕に差し出した。


「えっと、これは?」


「スマホ。無いと不便だろ?」


 僕の手の上で勝手に解体されていく包装。箱の中から出てきたのは青色のスマートフォンだった。


「いいんですか?」


「用意するって言ったろ。もう全員の連絡先は入っている。好きに使え」


 ソファーに座っていた篠原さんは立ち上がった。ぐっ。と伸びをして篠原さんは歩いて行った。その行く先を目で追っていくとキッチンに向かって行くようだった。

 

「涼。お前、苦手なものは?」


「ない、ですよ」


「ならなんだっていいな」

 

 お昼ご飯を作ってくれるのだろうか、篠原さんは冷蔵庫を漁っていた。

 僕は貰ったスマホを箱に仕舞い、ソファー前のテーブルに置いておく。手に持っておいて落としたりしたら大変だから。


「ご飯、作ってくれるんですか?」


 僕はキッチンに入るにも、カウンター前に座るにも、どっちつかずな位置で篠原さんに問いかける。

 お昼時にはまだ早めの時間かもしれない。それにこういう共同生活ってご飯とかは自分で作るというのがイメージとしてある。

 

「要らねぇのか?」


 冷蔵庫の扉を閉めながら、篠原さんは僕に口角を上げた表情を見せる。

 要らないわけがないことを見据えてのことだろう。


「い、いえ。要ります。その、手伝います」


「お前はまだ客人だ。座って待ってろ」


 篠原さんにしっし。とあっちいけってされる。僕はカウンター前に大人しく座り、篠原さんの作るご飯を想像する。

 昨日食べたカレーを作ったのも篠原さんだったはずだ。あれがレトルトだったのかそうじゃないかは分からないけど、とにかく美味しかった。少し期待してしまう。


「さて、何もないし暇だろ。質問、聞いてやる。ここのことでも、ほかの事でも」


 キッチンから声をかけられる。暇を持て余してしまう僕を気遣ってくれたのだろうか。料理の音は止まることはなく、作業のついでに話をしてくれるらしい。

 

「じゃあ、昨日の話を」


 僕が今、一番気になることとすれば昨日の夜に見た篠原さんと月夜見さんのあの組手だ。特に篠原さんが使っていた魔法らしきもの。


「昨日の? ああ。七桜とのか?」


「は、はい。その、篠原さんが使っていたのは、魔法……ですよね」


「そうだが、厳密には違う」


 明らかに物理現象を越えた攻撃。あれは魔法としか形容できないものだったはずだ。でもそれは包丁がまな板を叩く音と共に否定された。

 

「俺が使っているのは魔術。魔法とは少し違うものだが、授業では聞かねぇのか?」


「一応は習いました。魔道具に使われているもの。と」

 

 物理現象じゃ説明できないものは大体魔法だと習ったが、これはそれではないらしい。魔術について聞いた話は魔法と科学の中間にあり、科学と似たような仕組みで自然現象を生み出し、自然を超えるもの。それが魔術だ。


「なら、軽く教えてやるよ」


 調理の音が止まり、篠原さんがキッチンから僕の隣にやってくる。カウンターの上に指を乗せ、縦に一本線を描いた。指が通った跡は赤黒い液体で示されている。鉄臭くはないが、液体の色でそれが血液であるのはなんとなく分かった。


「魔術ってのは、魔法と違って術式を書いて発動させるものだ」


 この説明の為だけに指を切ったのだろうかと心配するがそんな僕を気にすること無く、篠原さんは解説を進めていった。

 篠原さんが空中で円を描くと、カウンター上の一本線だけだった血痕がひとりでに動き出し、一本線から、円に変わっていった。その円の中に見たことない記号のような文字が並んでいく。完成したのか変化が止まった血痕は教科書の隅で見た術式と呼ばれるものに似ていた。


「これが術式。魔術を使うための仕組みだな。最近の魔導具には大体これが使われている。拡張性が高く便利だからな」

 

 その術式は光り出し、そこから火花が断続的に表れ、線香花火のように火花を散らしていた。


「術式に魔力を通してやれば、術式に書かれた効果を発動できる」


「魔力を通すことができるなら誰でも使えるんですか?」


「ああ。だから魔道具は誰が買っても使えるようになっているだろ」


 確かに魔道具というのはどこでも買えるものらしいし、僕らの国この国に売っている電気で動かせる魔道具にも術式を使っているらしく、海外の人達は電気を使わなくても魔道具を扱えると聞く。

 

「術式ってのは魔力の流れを制御して使うための導線でな、魔力が通るなら何を使ってもいい。それが空気でもな」

 

 何かを媒体に事象を発生させる。どちらかと言えば都市伝説なんかで聞く呪術に近いと思うのだが、術式を組むと言うのがその境なんだろうか。

 

「なるほど。じゃあ、空気で術式を組んだら分からないものなんですか?」


「どちらかと言えば不正解だな。目では見えないが魔力の流れを見れたら分かるものだ」


 篠原さんが何もないところに指を向けると今度はそこで火花が散りだした。これが篠原さんの言う空中に作られた術式なのかな。


「僕みたいな魔力を持たない人には分からないんですね」


「大体は、な。魔力に馴染みがないから知覚できないだけで、馴染みを持たせれば分かるようになる。ほら、手を出してみろ」


「あ、はい」


 僕が両手を篠原さんの方に出すと、僕に比べて大きな篠原さんの手が僕の手を握る。


「手に意識を集中させてみろ」


 篠原さんの言う通り手に意識を向けてみると、ゾワゾワと何かが篠原さんの手から僕の体内に侵入していくるような感覚がしてくる。

 そして、今まで感じられなかった何かが僕の周りに、違う。部屋全体。いや、もっと広い範囲にある気がする。――これは、感覚が広がったような。


「分かりやすいだろ。敢えて不快感があるようにしている」


「……変な感じです。なんだか、周りに何かあるように感じれて、世界が広がったような」


「この島にある俺の魔力も一緒に知覚できているんだろうな。話が逸れたな。勉強をさせたいわけじゃないんだ」


 ため息を吐いた篠原さんは僕から手を離した。すると、手から伝わってきた何かが入り込んでくる感覚と周りの変な感じがなくなっていった。


「まぁ、長々と話したが。俺はこういった術式を使う魔術を使っていた。っていうわけだ。そろそろ飯の時間にするぞ」

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