第7話

「美味しかったなぁ」


 思わず口から零れる感想。それに行き場はなく言葉の響きは消えていった。


 それよりも何をしようか。なにもすることがない。どうせなら気になっていたこの島の全貌を見に行くもの悪くない。


 外へ出るため玄関に向かう途中、佐藤さんが「散歩行くのか?」と聞いてくれる。

「はい、ここのこともっと知りたくて」と答えれば「気を付けて」と微笑んで手を振ってくれた。


 扉を開こうと僕が扉に触れようとするが先に扉が開いた。誰か帰って来たのかと思い少し後ろに下がれば、大きな袋を持った金髪の少女が姿を見せた。


「あれ、アンタ、誰? 新しく来た人?」


 金髪少女は僕の顔を見るなり首を傾げた。背丈からして小学生のようだが、その口調は外見に見合わず大人らしさを感じさせるものだった。

 それに、彼女が持っている袋はひとつではないようで、扉を開けるためか地面に置かれた袋を合わせると少女の体格を上回っていそうだ。


「え、あ。うん、今日からここに住むことになったんだ」


「あ。そう。私、アリス・カーネル。宜しく。それで、アンタは?」


「えっと秋月 涼だよ。宜しくね」


 思わずため口がこぼれ出る。敬語に直した方がいいかと考えたが、自分よりいくつも幼い少女に畏まるのは変な話に思えてきてそのまま会話を続行することにした。


「そか、今からどっか行くの?」


「うん。ちょっと散歩でも行こうかなって」


「じゃあ、私が案内してあげる。もう少し買っておきたいのもあるし」


 袋いっぱいに買ってまだ買うんだ。なんて考えながら袋に視線を向ける。その視線に気が付いたのかアリスさんはどこか慌てたような顔を見せた。


「あ、ごめん! これ置いてくるから待ってて!」


 片手にひとつずつ。僕でもひとつしか持てなさそうな袋をふたつも持って、ぱたぱたと急ぎ足でキッチンへ向かうアリスさん。

 

「ごめん! これ片付けといて!」とアリスさんの声。きっと氷華さんに言っているのだろう。


 少しして駆け足と共に「待たせてごめんね」とこちらに戻ってきた。


「大丈夫ですよ」


 そう言うとアリスさんは「よかった」と微笑み、歩き出す。

 僕はそれに付いて行き扉の外に出ていく。心地よい風が吹いて、僕らの髪を揺らした。冬の風は冷えるというのにここの風は秋風のように程よい涼しさを保っていた。


「何か買いたいものあったの?」


 流し目に僕を見上げるアリスさん。視線の合い方や距離感が完全に小さな妹といるようだが、その話し方や佇まいはやはり年下と思わせないものがあった。


「特にないかな」


「そっか、ほんとに散歩だけなんだ」


「ここのこと何も知らないから、知っておこうかなって」


 僕がそう言うとアリスさんは興味が薄れたかのように視線を前に戻していった。


「ここ、何もないよ? ちっちゃいお店があるだけ」


「なんのお店があるんですか?」

 

「スーパーみたいなのかな。店自体は小さいけど」


 山の中腹にある霞之月荘からそのお店までは僕がここに来る時に通った道とは反対側にあるらしく、自然色が強い道をアリスさんとの雑談混じりに僕らは緩やかな坂を下りていった。


「ここだよ」


「思ったより小さいですね」


「言ったでしょ。店自体は小さいって」


 僕らがやってきたのは一軒の平屋。家にしては大きいけど、店というには小さすぎる。今ではあんまり見ない駄菓子屋を彷彿とさせるものだった。


「いらっしゃーい。って、なぁんだアリス君か。と、見ない人だね。アリス君の知り合いかい?」


「秋月涼って子。新しく霞之月荘で住むことになったんだって」


 お店の中に居たのはひとりの男性だった。背が高く、手足は細く、天邪さんと同じような和服に丸眼鏡。長い髪を編んでいて、遠目に見れば女性にも見えそうだ。

 仰いでいた扇子を閉じ、僕を見るその目はサングラスのような丸眼鏡に遮られ、どんな目で見ているのかわからない。ただ、口元が笑顔の形だ。


「やだなぁ、僕聞いてないんだけど。そっちじゃ周知されてるのかな。改めて、僕はディース。売人だよ」


「いつの間にかここで店を構えてた変なおじさんだよ」


「あっは、おじさんって酷いなぁ。僕はまだ26。お兄さんだよ」


 けらけらと笑うディースさんは肘を僕らを隔てているカウンターに肘をついて僕の方へ視線を向けた。目は見えないが、しっかりと僕を捉えているのがわかる。


「僕はあの篠原さんにちょっとだけお世話になってね。だからここで物を安価に売っているのさ。何から何まで売ってるよ。そう、例えば涼君が求めているものも全部ね」


 取り込まれそうになるような空気感の中、アリスさんがため息を吐いたことで空気が元に戻っていくように感じた。


「涼。こいつの話は聞かない方がいいよ。ろくでもない奴って翔太郎も言ってたし。ほら、私が頼んだもの持って来てよ」


「ははっ、ほんと酷いな。まぁいいさ、クッキーの材料だね。持ってくるよ」


 くるりと振り返ってディーズさんは暖簾を通って裏の方へ消えていった。それを見送ったアリスさんはカウンターに背を預け、僕の方を見た。


「結構なんでも売ってくれるけど、欲望を見せ過ぎないようにね」


「わ、わかりました」


「お待たせ、アリス君。今後とも御贔屓に」


 頼んでいたと言っていたクッキーの材料を貰ったアリスさんと店を出た僕はアリスさんに僕は気になることを聞いてみた。


「あの人ってそんなに信じれないんですか?」


「あ~。あの人ね、ちょっと前にユキさんから大金騙し取ったから。もう返して貰ったけど」


 確かに道端であの人から物を買わないか。と言われたら僕だって十分に警戒して丁重に断ってしまうかもしれない。

 それにしても、ユキさんはどうして騙されてしまったのだろうか。


「あの人、存在しない名前の苺をユキさんに売りつけたの。持ってる財布と交換してきたって嬉しそうにユキさんが帰ってきた時はびっくりしたよ」


 眉を下げたアリスさんはまたため息を漏らした。もしかしたら苦労人なのかもしれない。

 

 霞之月荘に戻ってきた僕らはそこで解散した。アリスさんは中に戻っていって、僕は初めてここに来た時に通った道を歩いていった。

 しばらく歩くと、海が見えてきた。水平線に沈みそうな夕焼けが僕の影を強めていった。

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