st.1 もみじく日常
「1117年、今の
僕はペンを走らせる。先生が口にした一言一句逃さないよう耳を傾け、板書の必要な情報を抜き取ってノートに書き写していく。
周りから全く話が聞こえないわけじゃなく、
授業に関係ない話で教室が埋まる中でも、先生は淡々と授業について話し続けている。一番前の列に座る僕は、その要らない話より目の前に居る先生の話がよく耳に入るのが救いだが。
「なぁなぁ、しゅーづき」
「っ、あ。待って……うん。どうしたの、蓮くん」
僕の隣に座る友人、
「ん。悪ぃな、涼ってどうやって内容、頭に入れてんだろうなって。桜人史って頭入んなくてよ」
「えっと、家でちょっと復習するだけでも結構変わると思うよ? 教科書って結構洗練されているから。でも見づらかったりするしノートにまとめるといいかも」
どんどん進んでいく授業に板書。ノートの見やすさは後で直せばいい。板書の内容だけをメモ程度に書きながら蓮くんに僕が思う勉強方法を教えてあげる。と言っても勉強ができる人なら誰でもやってそうなことだけど。
「うはぁ。大変だな、さすが学年上位。俺は家じゃゲームしかしてねぇよ」
「僕はそっちの方がうらやましいけどなぁ」
僕は娯楽と少し離れた生活を送っていて、僕の家にある娯楽と言えば純文学の本ぐらいだ。ゲームは知っていてもすることはまずなかった。
誰にも気づかれないようにため息を吐き、落ち込みかけた気持ちを改めて授業に向きあうようにする。
「ずーっと、勉強。部活。だもんな。お母さんが厳しいんだよな」
「……蓮くん。手が止まってるよ。桜人史、点数危ないんだよね?」
「うげ、それは言わない約束だろって」
あまり家族の話とかを話したくなかった。授業中だし、そんな中するような話でもない。暗くなるかもしれないからね。
僕がいじわるに注意をすると蓮くんはペンを一生懸命走らせる。でも、その頑張りは長く続かなかったようで気づいた頃には机に伏していた。
「それじゃあ、休憩だ」
チャイムが鳴って休憩時間。この時間を過ごす術も相手も持ち合わせていない僕は、ノートをより綺麗に直す時間に使っている。蓮くんは僕以外の友達と喋っていることが多くて、教室内には楽しそうな声が満ちていた。色んな友達がいるのは少し羨ましい。僕にはそんな友達いないから。
◆
「っは~、疲れたなぁ、涼」
「うん。でも、蓮くんは体力凄いよ。僕は途中でばてそうだったから」
僕らは更衣室で談笑をしていた。テニス部に所属している僕らは、ペアとして練習をしているのだけれど強豪として有名なところだけに練習も中々ハードだ。
蓮くんは体力が凄くあり練習も着々とこなしているが、僕は体力が少ない方で、蓮くんの隣に立てるほどまで頑張っている僕に賞賛をしてあげたい。
「いいや、涼こそ凄いだろ。なんたってうちの“エース”、だもんな」
「もう、やめてよ。先生が勝手にそう言ってるだけだって」
赤いユニフォームを脱ぎながら連くんは僕をからってくる。別にからかいの意図はないのかもしれないけれど、蓮くんに言われると嫌味に聞こえてしまう。
「公式戦で一番得点出しているのは涼だろ?」
「蓮くんがきめやすいようにしてくれてるだけだよ。活躍で見たら蓮くんの方が凄いじゃん」
「ははっ、そりゃどうも。俺は点取るのが苦手だからな。涼が居てくれるから点取って勝てるんだよ」
そこまで広くない更衣室で着替える僕らはけらけらと笑った。
こうした褒め合いは僕にとってやる気を出させてくれる。こうやって心良く褒めてくれるのは蓮くんだけだ。
「さって。そろそろ帰るか」
首回りを汗拭きシートで拭きながら蓮くんは僕に言った。
蓮くんは着替えも早い。いつの間にか準備をすませていて、僕が慌てて準備を終わらせる。いつもの構図だ。
「う、うん。わかった。行こう」
「あ、悪い。忘れもんした」
「取りに行く?」
◆
「それにしても、涼は凄いよな」
「そう、かな」
「ああ。成績優秀、スポーツもできる。生徒会役員で、エースの座も持ってる。普通なのは顔と背丈だけなんてな」
「それ、ギリギリ悪口じゃないかな」
蓮くんの忘れものを取りに教室へ向かっている最中、蓮くんはそんなことを言い出した。確かに、背は真ん中らへんだし、顔も……蓮くんにはどうあがいても勝てない気がする。
「取ってくるからちょっと待っててくれ」
「うん。わかった」
僕らの教室がある階まで登ったところで蓮くんは一人で教室に向かった。待っている間、暇な僕は階段の先にある貼り紙に視線を向けた。この学校には僕と蓮くんの普通科。そしてもう1つ、芸術科というのがあって、そこの生徒の作品がよくここに飾られている。
もう1つ上の階に芸術科の教室があるし、普通科の人も見られるようにということだろう。そのうちの1つ、目を引くものがあった。一枚の絵。紅葉に彩られたどこかの道の絵だ。
タイトルは『紅葉の道』。絵の隣には描いた学生のコメントが載っていて、『たくさんの想い出を貰った場所を描いた』と要約すればそんなことが綴られていた。
「凄いなぁ」
僕は絵はそこまで上手くない。人並みには書けると思うけど、それこそ誰かの目を惹けるようなものじゃない。だからこそ、こんな人の目を惹くようないい絵を描ける人は凄いと思うし、その努力に尊敬すら覚えてしまう。
「んあ、何見てんだ?」
「おかえり。ちょっと絵を見てただけ」
「あ~。芸術科の~、
思ったより早く戻ってきた蓮くんは、僕の隣に立って作者の名前を口にした。
教室が離れていることもあり、芸術科の生徒と会うことはまずない。たまにある集会で見るかどうかだ。表彰されて名前を知ってもそれが誰かまでわかることはない。けれど、僕は一度見たことがあった。
この絵が受賞したのがそこそこ大きい賞だったらしく、最近の全校集会で表彰されていた。
生徒会に所属している僕は、その時にこの人の名前を読んだし、しっかりは見ていないけど顔も見た。ゆっくり作品を見る時間がなくて、気になっていたからいい機会だった。
「うん。その人。凄いよね」
「俺達にはできねぇな。――んじゃ、帰るか」
「うん。そうしよっか」
僕としてもそんなに見るつもりはなかったし、蓮くんの声に振り返って階段を下りて行く。
帰る最中の話はいつも通り部活のことだった。どうしたらいいのか、どうすれば今日より上手くいくだろうか。そんな会話だが僕にとってはとても楽しい時間だ。
家に帰るよりもこうやって練習とその振り返りの時間が続けばいいのに。なんて考えながら――。
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