挿話 ‐ 僕の新しい住処
階段を上って2階へ。そこに広がっていたのは長い廊下と左右に8つずつ、計16の扉。左奥の扉の前に人影が見えた。きっと翔太郎さんだ。あそこが僕の部屋なのだろうか。僕は駆け足気味に翔太郎さんの傍に近付く。
「ごめんなさいっ、遅くなってしまって」
「遅かったな」
謝罪の言葉を口にすると、翔太郎さんは僕の方を横目で見てどこか不機嫌そうに発せられた言葉。けれどこれが普通なんだろう。翔太郎さんからは怒っている雰囲気はない。
「涼。招待状、あるだろ。出しな」
扉から離れ壁にもたれる翔太郎さん。
僕は言われた通りに鞄の中から封筒を、その封筒の中から招待状と冠されたカードを取り出す。
翔太郎さんがここに来るまでの船上でこの招待状は無くすなよと言っていたし、特別な役割があるんだろう。
「えっと」
「それを持っていればお前だけの部屋へ行ける。持ってるだけでいいが、失くさないようにな」
「わ、わかりました」
「開けてみな」
僕は緊張しながらドアを開けた。その中に入ると新築の匂いが鼻をくすぐってくる。全くの別空間に来たようだ。
扉の先には玄関があった。家の中に玄関があるというのは驚いたが、ホテルを考えれば別にそうでもないかもしれない。
「招待状はそこに刺しておけ。失くさないようにな」
翔太郎さんが指差したのは、電気を点けるためのスイッチの隣、ホテルでカードキーを刺すところと全く同じようなものだった。
そこに招待状を差し込めばパチリ。と軽く鋭い音と共に電灯が光る。
「ほら、入りな」
そう言われ僕は靴を脱いで更に奥へと進んでいく。そのには広い空間が広がっていて、家の中にマンションがあるようだ。
「今日からここがお前の家だ。ある程度のものは揃ってる。模様替えとか他に欲しいものがあるなら俺に言え」
確かに一室を覗けばベッドもあったし風呂場にはシャンプーとかも。電化製品はある程度揃ってる。
「一軒家、みたいですね」
「狭い一室よりいいだろ」
率直な感想を思わず口に出すと翔太郎さんはさぞ当たり前のように答える。ここだけで生活出来るぐらいの設備と広さがあり、下に降りなくてもいいぐらいには充実している。
「んじゃ、荷物は置いてけ。一旦部屋出るぞ」
踵を返し玄関の方へ向かう翔太郎さん。僕は急いで荷物を置いて翔太郎さんの背中を追う。
「出る時も招待状は持っていけよ、入れなくなる」
靴を履きながらそう言って扉を開ける翔太郎さん。僕も靴を履いて外に出ればすぐに違和感があった。階段が左側にあるのだ。
階段を上って左の部屋に入った。なら部屋から出ると階段は右側にあるはずなのに左側にある。それに僕は奥の部屋じゃなくて階段に近い扉から出てきてる。
「あの……」
言葉は出てこなかっかが思わず翔太郎さんの方を向いてしまう。
「そーいうもんだ。慣れな」
そう言えば翔太郎さんは階段の手すりに手をかける。
「あ、あとっ」
「ん? どうした」
「名前、ちゃんと聞いてなかったな、って」
階段を降りようとした翔太郎さんに慌てて声をかける。翔太郎という名前は教えてもらったが、まだ名前で呼ぶほど親しくない仲だ。
そんな仲なのに名前を呼ぶのは失礼な気がして、今の内に名前を聞いておかないといけない。そんな気がしたのだ。
「篠原 翔太郎。好きに呼びな」
「あ、ありがとうございます、篠原さん。今日から、お世話になります」
聞きたいことが解決したのを悟ってか、足を止めていた篠原さんはひらひらと手を振って階段を下りていった。
篠原さんの足音を聞きながら出てきた扉から扉を開けると、部屋が広がっていて。その奥には僕が置いているのが見える。
多分、招待状を持っていればどの扉から入っても自分の部屋に帰れるのだろう。僕は部屋に入れば、さっきと同じように招待状を差し込んだ。
とても不思議な家だ。家の中に家がある。どの扉からでも決まった部屋に入られる。常識が通用しない。凄くワクワクする。
「凄いなぁ……」
思わず呟いた言葉が部屋に反響する。何もない部屋に響いた僕の声。それは新たな生活を知らせる鐘の音のよう。これから始まるんだ。新しい僕の生活が。
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