st.4 ムードメーカーと柔和な少女
「おっ! いらっしゃ〜い‼」
扉を開けると部屋の奥から涼しい風と共に元気で大きな声が聞こえてくる。その声の先に居たのは栗色の髪をしたお兄さん。どこにでも居そうな青年というイメージのズボンにシャツ。平凡といってしまえばそうなのかもしれないが、皆が注目しそうな明るさを持つ人だという印象だ。
その向かいには純白の長い髪をお姉さんがいた。青色のパーカーにピンクのスカート、可愛らしい色合いもさながらなんというか、人の目を惹きつける魅力がある。
そんな二人はテーブルを挟んで座っていて、なにか話しをしていた最中かもしれない。
他にも何人か見えるが僕に興味がないのか、こちらを気にする様子がない。
「こっちに来な~? 靴は脱がなくていいよ! 泥だけ落としてくれたらいいから‼」
ぶんぶんと手を振って、入り口で立ちすくむ僕を呼んでくれる。 言われた通りに靴の泥を入り口に敷かれたマットで落とし、僕は家の中に入っていく。家の中に土足で入るのは少し違和感があるけれど、慣れておかないといけないかな。
リビングを通り過ぎる最中、少し鋭い視線が僕に当てられた。その先にいたのは和装に身を包んだ男の人だ。
ただ、その服装はこの国というより別の国の、それも貴族が着るような服装だ。その服装のイメージ通り、窓から入る陽光を浴びながら本を読む姿はどこか厳かにも見える。
「は、初めまして」
挨拶をしたけど、和服のお兄さんは本に視線を戻してしまった。なにか悪い事をしたかな。なんて考えてしまい、小声で謝罪をしてそのまま通り過ぎると、後ろで衣擦れの音が聞こえ、遠くへ向かう足音が続いた。
「あ~、ごめんな。あの人、人見知りなんだよ」
フォローするように話した黒髪のお兄さん。僕が近づけば、座りなよ。と向かいの席を指差していた。
白い髪のお姉さんは僕が座るように促された椅子の隣からどこか慌てた様子で立ち上がり、どこに行けば悩んでいるようだ。
「ユキさん。隣来ればどうだ?」
「あ、そうしますっ」
そんなお姉さんに隣へ座るように促していた。お姉さんが発した声は鈴を転がしたように綺麗で透っていた。
僕はソファーに腰を下ろす。先ほどまでお姉さんが座っていたからだろうか。少しだけぬくい。荷物を隣に下ろし、正面に座るお兄さんに視線を向けた。
「えっと、涼くん。だよな」
「あ、はい。そうです」
きっと港にいた白髪のお兄さんから聞いたのか、黒髪のお兄さんは僕の名前を確認する。
「それじゃ、自己紹介しなきゃだな。俺は
「え、あ。わかります」
「俺はその翔太郎とここを管理してるんだ。と言ってもほとんど翔太郎に任せっきりだけどさ」
聞きそびれたお兄さんのことを教えてくれる佐藤さん。
言動から人柄の良さが溢れているし、きっと人気者なんだろうと初対面でも伝わってくる。
「んで。隣にいるのが――」
「菜の河ユキです」
ぺこ。と会釈にしては深く頭を下げた菜の河ユキと名乗った女の子。
「えっと、菜の河さんと、佐藤さん。よろしくお願いします」
「あ、ユキって呼んでくれると嬉しいです。その、私にはキョウカっていう妹がいて、紛らわしいと思うので」
あはは。とまだ眉を下げたまま苦笑する。毛先を指でいじり視線を僅かに逸らす姿は愛らしく見える。
初めて見た時は可愛げがありながらしっかりとした人に見えていたが、実際にこう言葉を交わすと見た目より幾つも幼く感じる。話し方とかは大人っぽいのにそう思うのはなんでだろう。
「そ、それと、呼び捨てでいいですよ。呼びやすい形で呼んでもらってかまいませんし、堅苦しくしてもらわなくても」
「えっと、ユキさん。ですね」
「はい」
僕が名前を呼ぶと嬉しそうに表情を緩めたユキさん。きっと彼女が獣人種なら尻尾を振っているだろう。
「それで、だ。ここに入るための条件なんだが」
そう言って佐藤さんは体勢を変えた。大げさに足を組み、両肘をテーブルについて、手を組んでいる。まるで、大物が話をするようなポーズだ。
息を呑む僕。組んだ手で表情を隠している佐藤さん。一、二分経ってもなかなか佐藤さんは話し出さない。
「さ、佐藤さん?」
僕が不安になって声をかけようとしたタイミングでユキさんが声をかけていた。
佐藤さんはちらっと横目でユキさんを見て、「今いい感じに間を開けてるの」と囁いていた。周りが静かだから僕にも聞こえているけど。
「ふっふっふ、そう。代価はたった1つ。俺と友達になることだ」
ごほん。と一度咳をして、大きく手を広げ後ろにのけ反った佐藤さんはそう高らかに言った。
僕とユキさんは言葉を発せず、しーん。とした空気が流れた。
ユキさんは何かフォローを入れようとしているのか、何か言おうかと口をもにょもにょさせているが、何も言えなさそうで。
佐藤さんはポーズをとったまま停止している。ただ、プルプル震えている。辛いのかな。
「――早く反応してくれないかな⁉」
痺れを切らした佐藤さんは羞恥からか顔を赤くしながらぎゃん。と叫んだ。
◆
「まったく。とりあえず、条件はそれだけだ。少なくとも俺とは仲良くしてもらわないと」
ユキさんの必死なフォローが入り、佐藤さんがわざとらしく大きなため息を吐いた。
足を組み、頭の後ろで手も組んで、背もたれに深くもたれてりる佐藤さん。まるで僕にリラックスしていいと言うように、わざと姿勢を崩しているように見えるのは気のせいだろう。
「わ、わかりました」
「で、できれば、私とも仲良くして欲しいですけど……」
あはは。なんて苦笑をしながら僕の方を横目で僕を見てくるユキさん。その笑い方は耳に心地よく、緊張さえなければ顔が緩んでしまいそうだ。
「もちろんですよ」
「っ、はい。よろしくお願いいたしますね」
「じゃあ、これからよろしくな」
佐藤さんの手が、僕の方へ伸びてくる。差し出された手が握手を求めていたのはなんとなく理解でき、僕はその手をしっかりとその手を握った。
「よ、よろしくお願いします。佐藤さん」
「っしゃ! これで俺たち友達だな」
しっかりと手を握って、佐藤さんから貰った言葉に心が満たされる。友達ってこうも簡単に作れるものだったのか。
僕みたいな人には友人なんて作れないと思っていた。でも、こうやって簡単にできるんだ。
「あ、あの、私とも……」
おずおずと近寄ってきたユキさんの両手。佐藤さんの手が離れて視線でユキさんの手に触れなよ。と促してくる。
「えっと、はい」
僕はユキさんの方へ手を向ける。こっちから握っていいのか分からずそこで手を止めてしまった。
ユキさんも僕と同じなんだろう。お互い手を出した状態で止まってしまっている。
それを見かねたのか佐藤さんが立ち上がって、僕の傍までやってきて、耳打ちをした。
「おいおい、このチャンス逃していいのか? あんな可愛い子の手を握れる機会はねえぞ?」
「聞こえてますよ。佐藤さん」
こほん。と咳き込んだユキさん。佐藤さんはすまんすまん。と謝りながら先いた席に戻っていく。そんな佐藤さんに笑いをもらしていると、掌にぬくもりが満ちてきた。
視線を手元に向けると、左手を握られていた。僕の手より小さくて可愛らしい手だった。ユキさんの方に目を向けとくすくすと楽しそうに笑っていた。
「こういうのも、いいですね」
そっと、握手している手にもう反対の手が添えられる。だが、少し違和感があった。手の甲に添えられた右手は少しだけ皮が厚い気がする。言ってしまえば失礼な気がして黙ることにしたが、もしかしたら僕と同じでテニスか何かをしていたのかもしれない。
「んじゃ、他の人たちの紹介もしなきゃだよな」
うんうん。と1人頷く佐藤さん。僕は頷くしかなくて、ひとつ頷きで返せば、佐藤さんも満足そうにまた頷いた。
「まずはさっき居たのは
さっきの人だろう。僕に少し強めな視線を向けていた人。あの服装、この国の和服に似ているけど、なんだか違う気がする。なのにどこの和服だったかわからない。
「あと、ここからじゃ見えにくいけど、庭にまっちゃん……あ、
そう言われて僕は佐藤さんとユキさんの後ろから見える窓に目を向けた。庭に続いてるであろう窓の奥に動物の耳を模したようなパーカーが見える。それを着ている人が猫街さんだろうか。
「見え……ますよ」
曖昧な返事を返すと佐藤さんは小さく笑った。
「敬語じゃなくていいよ。俺たち友達だからさ」
当たり前のようにかけられたその言葉が僕の心に響いてくる。
今まで家族以外で関わる時は学校のグループワークか、部活の時が殆どだった。友達。そうハッキリ言ってくれたのは蓮くん以外には
「うん……わかった」
「わ、私にも敬語じゃなくてかまいませんからね?」
ぎゅう。と強めに握られた手。星のようにキラキラした鮮緑色の瞳が僕の事を見ていた。
「えっと、そう、する」
正直、タメ口っていうのは慣れない。けれど、それでいいって言ってくれるのはすごく嬉しかった。ユキさんもニコニコと嬉しそうにしているから悪い気はしない。
「あっはは、無理やり敬語にはしなくていいからな」
「わ、わかった」
こくりと僕が頷けば佐藤さんは辺りを見渡し、1つ頷く。
「今はここに居ないけど、狐耳と尻尾が特徴的なゆかりさん。後、ユキさんの妹の菜の河 キョウカ。赤い目と黒い髪が特徴だな。他にも色んな人が――あ、いや。ちゃんと紹介した方がいいか?」
ぴたりと言葉を止めて、わかりやすく悩んだような仕草を見せた。
「いや、色んな人と話すのはRPGの醍醐味だ。自分で色んな人に話しかけてみな」
にしし。と楽しげに紹介する佐藤さんは、あっと声を上げて、階段の方へ指を指した。
僕が身体をそっちへ向けようとすれば、ユキさんの手が離れていく。ぬくもりが離れていくのは少し寂しい感じがするけど。
「言い忘れてたけど、2階が俺たちの住む部屋になってるから行ってきな。翔太郎が準備してくれてると思うぞ。あ、あとリビングのものは自由に使っていいからな」
「わかりました」
「そんじゃ、行ってらっしゃい!!」
「ありがとうございます、佐藤さん」
この時、僕は久しぶりに心から感謝の気持ちを伝えられた気がした。手を振ってくれたユキさんと佐藤さんにお辞儀をして、階段の方へ向かって行った。
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