第21話

「その子を返してもらいます」


「この子は親元に帰すんだよ」


 菜の河ユキは存外しぶとかった。簡単に頭を斬り崩せたのは不意打ちもあったが、実力差が大きくあるからだと勝手に思っていたけど。どうやら不意打ちという要因が何より多かったのかもしれない。現状ボクの放った魔法は全部菜の河ユキの体を掠めるので精いっぱいだった。


 速い。というか、消えてる。消えて、ボクの背後に何度も現れやがる。どんな速さだってボクの目で追えないわけがない。なら、これは瞬間移動の類。魔法がギリギリ掠めているのは反応速度がボクの攻撃速度に追いついていないからだろう。でも、でもっ。鬱陶しい。


 「いいから、そこ通せッ‼」


 ボクの魔法は菜の河ユキがいた場所を通り去って、振り返れば目の前にナイフの煌めきが迫っている。それを躱したと思ったらまた消えて背後にいる。両手が塞がっていると、近接戦闘は足だけに制限されてしまう。それに腕の中の少年が傷つかないよう守らなくてはならない。それが、ボクにとって枷になりすぎている。


「その子を置いてくださるのなら」


「それは無理な相談だよ――《刺し込む天光ピアス・サン》ッ‼」


 周囲の光が菜の河ユキに牙をむく。

 また菜の河ユキはボクの前から消えたけど、宙を舞っている血の量が明らかに増えていた。

 やっぱり、初見の技には対応が遅れる。それが魔法となればなおさらだろう。


「っ、ボクら、きっと似たもの同士だ」


「私には侮辱に聞こえます」


「そんな、こと、ないと思うんだけど‼」


 ボクらは無駄な攻防戦を続ける。菜の河ユキは執拗に目を狙ってくるし、ボクは二種類の魔法を使って少しずつ菜の河ユキの体力を削っていく。つもりではあるけど、実際どうかはわからない。ダメージ程度で揺らぐのはボクらの間ではありえないからだ。ボクは、いえばボクの前任だった菜の河ユキも、痛みに耐えるための訓練。言い換えれば拷問まがいのものを受けてきたからだ。

 だけど、ボクが少しばかり有利だ。ボクは危なく回避しきれているが、菜の河ユキは少なからず傷を負っている。ボクの力でさ再生能力は落ちて、その分体力もこぼしていっているのだろうから。


「もう、かまってられないので、終わりにしましょうね、先輩ッ‼」


 ボクは菜の河ユキを蹴り飛ばして空に飛ぶ。蹴られた菜の河ユキは地に足をつけ、ボクを無表情で見上げている。どれだけ再生能力が優れていても体全部吹き飛ばされちゃ再生は出来ないでしょ?


「――彼方の天星、久遠の光流よ……」


 詠唱。それは魔法を扱うために覚えるべきものだが、戦闘中に行うものではない。詠唱必須の魔法なんて存在しない。無詠唱で使うための練習で使うものだし、こんな魔法を使いますよってわざわざ詠唱して教える意味なんてない。しかし詠唱には大きな効果がある。魔法は外の魔力性質と自身が持つ魔力の素質がかみ合ったとき最大限の力を扱えるのだが、詠唱はそれを手助けし、最大限に近い効果を発揮させることができる。

 この島の魔力はこの国に似つかわしくない程に濃いが、ボクに合わない。魔力を純化できる天使の特質でカバーできているが、菜の河ユキを仕留めるにはそれだけじゃ足りないのだ。もっと強く、一撃で倒せるぐらいの力で。


「我が前に道を切り開き、我が敵を打ち破れ! 《裁きのジャッジメン》――ッ⁉」


 詠唱が終わるまでほんの少し、ボクの背中に激痛が襲ってくる。


 銃弾を撃ち込まれても耐えられるはずなのに、ボクは痛みに負けてしまった。詠唱を止めてしまったのだ。

 不発した魔法っていうのは使用者の体力を削ってくる。僕が使おうとした魔法は上級と言われるものと比にならない程強い魔法だった。それを詠唱で効果を高めていた。その反動は決して無視できるものではなかった。


「うそ……でしょ」


 背中、ぱっくり開いてるのがわかる。傷、深すぎる。篠原だ。きっとあいつだ。私にここまでのダメージを与えられるのはあいつぐらいだ。

 でもどうして。郷羅先輩が負けたっていうんだろうのか。せっかく先輩が時間を稼いでくれていたのに。篠原にここまでの時間稼げていたのなら大金星といわれてもいいはずなのに、菜の河ユキひとりにボクはこんなにも手間取ってしまった。

 

「ッ゛⁉」


 突然、ふ。と元からなにも見えなかったかのようにボクの目の前は真っ暗になり、目のあたりから生暖かいなにかが、垂れていってボクの口に触れた。目をやられた。動かなかったのはこの瞬間を待っていたからか。

 そして、腕の中にあった重みは無くなって、少年が盗られたのを理解する。


「最悪ッ」


 ボクが視界を取り戻した頃には、人の姿はなかった。

 

 ――逃げられた。

 

 ボクは最高速度で逃げた道を引き返していく。

 

 ひとり分の人影が見えてきた。


 「篠原‼」


 人影の主は篠原翔太郎だった。その両肩に二人、背負って。

 片方は、郷羅先輩で、もう片方は長官。長官が連れて行ってくださった白楽先輩はいない。

 ボクは最高速を維持したまま剣を生み出す。ボクの力を濃縮した剣は《天昇・滅光》に匹敵、いやそれ以上の威力がある。篠原と言えど致命傷を与えるには十分なはずだ。


「焦り過ぎだ」


 ボクの突きは当然のように避けられてお腹に鈍痛が響く。避け際にお腹を蹴られた。ボクは、力無く失速して篠原という肉の壁に止められてしまった。


「白楽先輩を、どこにやった」


 ボクは喉から声を振り絞って聞いた。まさか遺体に手を出したわけじゃないだろう。だけど、ボクが聞いたこいつは悪逆非道の化け物。人の皮を被った悪魔だと。だから、もしかしたら。と。

 

「ん? ああ。美味しかったよ」


 それ以上の言葉は必要なかった。ボクは声を上げようと、煮えくりかえるような怒りを声に出そうと体に力を入れたとたんに、重たい衝撃が襲ってきてボクは意識を失った。

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