第21話
「ごめんなさい。怖い思いをさせてしまって」
そう言って僕に頭を下げたユキさん。
僕の意識がはっきりしていたのは、頭上に輪っかを浮かべた女の人が僕の近くに来たところまでで、自分の部屋で目を覚ましたのはその次の日だった。
どうなったのか確認するために自分の部屋から降りてみたらユキさんに見つかって、今に至る。
「あ、いえ……大丈夫、ですよ」
言葉が詰まってしまった。僕の頭にフラッシュバックしたのは角の生えた女の人の頭がはじけ飛んだところだ。
そのシーンを脳が勝手にスロー再生にしてくる。幸か不幸か。目玉が飛び散るみたいなスプラッター映画らしい感じではなくて水風船みたいな、全部が赤い血に変わったように見えたのがまだよかった。
それでも吐き気はしっかり襲ってくるようで、息詰まった。
「っ、ごめんなさい。私がしっかりしていたら……」
ユキさんの手が僕の背中をさすった。僕より小さいのに温かくて安心する手だった。ユキさんはあくまで自分が悪いというが僕がそもそもここに来なかったらこんなことにはならなかったかもしれない。なんて考えてしまう。
「いやほんっとに‼ 怖かったんだけど‼」
そこで大きな声が僕の耳に届いた。
「顔と下半身とのギャップ。割と笑えたよ。顔は真剣なのに脚はがたがた震えてんの」
「うっさぁい。お前だって棚にぶっ飛ばされたじゃん」
「そん時のお前の悲鳴、忘れてねぇから」
篠原さんと佐藤さんが談笑しながら、破られてたはずのドアを開いて帰ってきた。
「あ、涼じゃん。体調大丈夫?」
「え、っと。だい、じょうぶです」
「あー嘘ついてる。ユキさんに背中さすってもらってるじゃん」
僕の背中からユキさんの手が逃げた。ちらっとユキさんの方を見ると自分の手を体の後ろに隠して、明後日の方を向いていた。
「俺らの関係に隠し事はなしってわけ。辛かったらちゃんと言うんだぞ?」
佐藤さんは僕の傍に来るとほんの少しだけしゃがみ込んで、少し下の方から僕を見上げている。
下を向いても、佐藤さんと目が合ってしまうから僕は視線を泳がすことしかできない。
「わ、わかりました」
「それでよし。翔太郎、本題入ってやろうぜ」
キッチンへ行った篠原さんに佐藤さんは声をかけた。なんの話なのか思考を巡らせている間に、篠原さんはペットボトル片手に僕の方へやってくる。
「いい知らせか、悪い知らせ。どっちから聞きたいってやつだ。ユキ。お前は一旦部屋に戻ってな」
「えっと……はい。わかりました」
口調こそ明るかったものの真剣な面持ちで篠原さんは言った。ユキさんは僕の方をちらりと見た後に、大人しく二階へと向かって行った。何か言いたげにしていたが意図を理解してか、何も言うことはなかった。
「どっちか、ですか?」
「どっちでもいい。物事の重さで言うなら悪い方の方重いかもな」
ペットボトルの中の水を飲み干した篠原さんは面倒くさそうに言っている。さっきの真剣さはほんのりと消えていて、ユキさんを部屋に行かせるために真剣さを出していたのかもしれない。そのせいでいまいち物事の重大さを理解していなかった。
「えっと、じゃあ悪い方、から」
「ん。佐藤」
「はいよ」
いい話か、悪い話、どちらを先に聞くか。その問いに僕は悪い話を聞くことを選んだ。どれだけ重い事かが理解できていないのと、そもそも嫌な事を先にしたい性格だからだ。
僕の答えに1つ頷いた篠原さんは佐藤さんに目配せをし、佐藤さんは持っていた鞄から封筒を、封筒の中から右端がホッチキスで留められた書類を取り出して僕に渡した。
「秋月涼。お前はお前を殺す権利がある」
それが、篠原さんが言った悪い話の内容だった。要約してしまえば帰るか帰らないかという選択権を国から貰えた。という話だ。そして、帰らないという選択肢を取った場合、秋月涼という男は死ななくてはいけない。ということだった。
「警察はさ、涼の行方を親御さんに伝えないといけないんだ。行方不明で死亡判定か、涼が見つかったので、家に帰します。の二択ってわけ」
「お前の親に、離れたがっているなんて伝えるのはだめだってのは向こうもわかってるらしい。加えて向こうの奴も施設に入れるよりかはここでいいだろうって見解だ。その選択肢をわざわざお前に与えてくれたんだよ」
佐藤さんが篠原さんの言葉に補足をいれて、詳しく教えてくれる。そして篠原さんが更にわかりやすく。
僕の目の前に置かれた紙のまとまり。その一枚目には有名人中の有名人。この国の王様の名前が記されて、王様だけが使うという噂がある国印の判子がその横に押されていた。
正真正銘、王様からの書類だ。
「残る選択肢を取れば少なくとも親からは離れられる。が、世間から離れた生活を送らなくてはならない可能性が出てくる」
「世間から、離れた……」
「詳しいことはその書類に書いていると思う。よく考えな」
「それじゃ、この書類は涼に預けるから。困ったら俺にでも相談してくれよ。後、早めに書かないと友人たちが涼を心配する時間が増えると思ってくれよな」
佐藤さんは書類を封筒に仕舞って僕に渡した。たった数枚の紙なのに佐藤さんの真剣な表情と、王様の印がことの大きさを理解させてくる。まるで鉄板を持たされている気分だ。
「わ、わかりました」
「じっくり考えろよ。これでお前の明日が決まるんだ」
冷たく、重く、鋭い言葉。そう聞こえたのは僕がそれだけ重いものを与えられてしまったからだろう。きっと僕じゃないだれかの命運を手にしたら、きっとその子を思った決断を下せただろうけど生憎、僕は僕のことは深く考えられない。どうしても自分以外に起きる影響を考えてしまう。だから、口をつぐんで手に持った書類を眺めることしかできない。
「よし! じゃあ、いいニュースにしよう!」
暗く沈みそうになった空気を破るように佐藤さんは手を叩いて、声を少しだけ張り上げた。
顔を上げると、膨らんでいる封筒を持って笑顔を見せている佐藤さんが居た。
「いいニュースはなんと、王様から大金を頂きましたぁ! 今晩は焼肉だぁ‼」
「焼肉っ! 待ってましたぁ‼」
「うおっ――まっちゃん⁉」
いつからそこに居たのだろうか、猫街さんが佐藤さんの持つ封筒目掛けて飛んで行った。
さっと篠原さんによって、佐藤さんの手から持っていかれた封筒。猫街さんは目標を失って地面に落ちていった。
「その封筒すごく厚くない? ぎちぎちだけど、いくら入ってるの?」
「帯1つ」
篠原さんがぶっきらぼうに言った単語をあまり理解できなくて僕は首を傾げた。猫街さんもそうだったようで同じように首をかしげていた。佐藤さんだけはわかっているようで苦笑いをしていたけど。
「ええと、100万だったっけな」
「「ひゃくっ――!?」」
僕と猫街さんの声が重なった。
「ねぇ、翔太郎。私ね、ずっと前から凄い人だと思ってたんだ」
「媚びんな。ひっつくな。お前に渡すと変なの買ってくるだろうが」
篠原さんに張り付いて手に持っている封筒を取ろうとしている猫街さん。身長差もあり、頭を押さえられている猫街さんはなす術がないようだ。
「今晩、食いに行くってよ。翔太郎がいい店を教えてくれたんだ」
戯れる篠原さんと猫街さんを横目に佐藤さんが僕に教えてくれた。焼肉なんてあまり行かないし、その記憶すらいいものとは言い難いものだった。けれどここの皆と行ける。たったそれだけのことで単純な僕のテンションは上がっていく。
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