第23話
「秋月涼。お前はお前を殺す権利がある」
いい話か、悪い話、どちらを先に聞くか。僕は悪い話を聞くことを選んだ。
悪い話。それは帰らないという選択肢を取った場合、秋月涼という男は死ななくてはいけない。ということだった。そして、僕はそれを決めなくてはならないらしい。
「警察はさ、涼の行方を親御さんに伝えないといけないんだ。行方不明で死亡判定か、涼が見つかったので、家に帰します。の二択ってわけ」
「お前の親に、離れたがっているなんて伝えるのはだめだってのは向こうもわかってるらしい。加えて向こうの奴も施設に入れるよりかはここでいいだろうって見解だ。その選択肢をわざわざお前に与えてくれたんだよ」
佐藤さんが篠原さんの言葉に補足をいれて、詳しく教えてくれる。そして篠原さんが更にわかりやすく。
僕の目の前に置かれた紙のまとまり。その一枚目には有名人中の有名人。この国の王様の名前が記されて、王様だけが使うという噂がある国印の判子がその横に押されていた。
正真正銘、王様からの書類だ。
「この書類、涼に預けるから決まったら全部書いてくれよ? 早めに書かないと友人たちが涼を心配する時間が増えると思ってくれな」
渡されたのはたった数枚の紙なのに佐藤さんの真剣な表情と、王様の印がことの大きさを理解させてくる。
まるで鉄板を持たされている気分だ。
「わ、わかりました」
「じっくり考えろよ。これでお前の明日が決まるんだ」
冷たく、重く、鋭い言葉。そう聞こえたのは僕がそれだけ重いものを与えられてしまったからだろう。きっと僕じゃないだれかの命運を手にしたら、きっとその子を思った決断を下せただろうけど生憎、僕は僕のことは深く考えられない。どうしても自分以外に起きる影響を考えてしまう。だから、口をつぐんで手に持った書類を眺めることしかできない。
「よし! じゃあ、いいニュースにしよう!」
暗く沈みそうになった空気を破るように佐藤さんは手を叩いて、声を少しだけ張り上げた。
顔を上げると、膨らんでいる封筒を持って笑顔を見せている佐藤さんが居た。
「いいニュースはなんと、王様から大金を頂きましたぁ! 今晩は焼肉だぁ‼」
「焼肉っ! 待ってましたぁ‼」
「うおっ――まっちゃん⁉」
いつからそこに居たのだろうか、猫街さんが佐藤さんの持つ封筒目掛けて飛んで行った。
さっと篠原さんによって、佐藤さんの手から持っていかれた封筒。猫街さんは目標を失って地面に落ちていった。
「その封筒すごく厚くない? ぎちぎちだけど、いくら入ってるの?」
「帯1つ」
篠原さんがぶっきらぼうに言った単語をあまり理解できなくて僕は首を傾げた。猫街さんもそうだったようで同じように首をかしげていた。佐藤さんだけはわかっているようで苦笑いをしていたけど。
「ええと、100万だったっけな」
「「ひゃくっ――!?」」
僕と猫街さんの声が重なった。
「ねぇ、翔太郎。私ね、ずっと前から凄い人だと思ってたんだ」
「媚びんな。ひっつくな。お前に渡すと変なの買ってくるだろうが」
篠原さんに張り付いて手に持っている封筒を取ろうとしている猫街さん。身長差もあり、頭を押さえられている猫街さんはなす術がないようだ。
「今晩、食いに行くってよ。翔太郎がいい店を教えてくれたんだ」
戯れる篠原さんと猫街さんを横目に佐藤さんが僕に教えてくれた。焼肉なんてあまり行かないし、その記憶すらいいものとは言い難いものだった。けれどここの皆と行ける。たったそれだけのことで単純な僕のテンションは上がっていく。
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