【幕間】内政問題にて謁見せし_Ⅰ
ボクは病室の天井を見ていた。ボクは、ボクらは惨敗したのだ。幸か不幸か、ボクらが失ったのは一人の先輩だけだった。他は誰一人、重い怪我もなく、入院とまではいかない程度に収まっていた。
ボクの頭によぎったのは手加減の三文字。たった三文字で収まるはずのそれにボクは悩まされた。前任である菜の河ユキより有望だともてはやされていたけれど、実際はしっかり足止めさせられて、完全敗北に繋がってしまった。
「ああ、最悪だ」
ボクは自分の部屋でひとり呟いた。白楽先輩は、ボクの想像通り、
長官曰く、負けてしまったボクらへの罰らしい。ボクらが負けたから、先輩のご遺体は失われてしまった。悔しさにボクが枕を濡らしていると、突然、扉がノックされた。負けたボクへの処罰か。重たい体を起こして、扉を開けに行った。
「ッ、嘘」
扉の前に立った時、気づいてしまった。その扉の先に誰がいらっしゃるのかを。
扉越しに感じられたのは僕と近しい魔力。つまり、世に属すには強すぎる力。ボクより大きくその力を持っているのは、この国の王様だけだ。
国王様の前に出るのであれば、きちんとした身なりになるべきではあるが、ここは病室。身なりを整えることができない。国王様を待たせる方が不敬だと思考を切り替えて、扉を開く。
「私に、何か御用でしょうか。国王様」
扉の先に居たのはやはり、国王様。その後ろには長官。やはり浮かない顔をしている。ボクらの独断作戦のせいで人員を一人消費してしまったことへの処罰がより現実となってきた。
「怯えなくていいんだよ。アスター君。少し、話し合いの場所を設けたから来て欲しいんだよ」
「……承知、致しました」
たった数回の応答でボクの心は酷く疲弊してしまった。
国王様の服装は一般人のようにスーツ姿だけれど、その溢れ出る力は権威の大きさを示している。
国王様がおっしゃる話し合いの場所が何であれ、ボクは良い気になれなかった。
◆
「――なんだし、まだ緊張するって! 翔太郎はくつろぎ過ぎなんだって!」
ボクと長官は国王様と共に王宮へと足を運んでいた。
国王様に導かれるまま、王宮を歩いていたのだが、その最中に王宮にそぐわない絶叫に似た声がした。
その声は篠原の名を呼んでいる。先日相対した相手がどうして此処に。そう思いながら国王様の反応をちらりと確認させていただけば、国王様は笑顔であられた。
「失礼するよ」
ノックせず入室なさった国王様に続き、ボクは万が一を考えていつでも戦えるようにしながら部屋に入る。
室内には緊張してか姿勢を正したまま硬直しているような栗色の髪をした青年と大きく欠伸をしながら深く一人掛けソファーに座る篠原の姿がそこにあった。
「あ~、いえいえそんなぁ。こ、こらっ。翔太郎。そんな睨むなって‼ この人、いや、このお方の指1つで俺らの首なんて飛ぶんだからな⁉」
「ふふ、和明君。そんなに張りつめなくていいよ。翔太郎君と同じようにリラックスしてくれていいからね」
「え? はは。わかりましたぁ……ははは」
「さて、本題に入るとしましょうか。光平君は隣においで。アスター君は、申し訳ないね。後ろに立っていて貰えるかな?」
ボクは頷く。長官は国王様の隣に座って、ボクはその後ろに立つ。壁と三人掛けソファーの間に立たされるとなんというか、疎外感を感じてしまう。
「まずは、こちらから謝罪だ。部下の勝手な行動によって君の生活を侵害した件と、君の友人を傷つけた件について、深く謝罪をしよう」
「っ、国王様ッ⁉」
突然頭を下げだした国王様。前代未聞だ。世界規模で見ても王を名乗ることを許されているたった三人の内の一人であるボク達の国王様が、頭を下げた。それも化け物に。長官も頭を下げてそのまま静止している。まるで相手からの許しを待つように。
「え? ちょっ、頭上げてくださいよッ⁉」
栗色の髪をした青年、和明さんも状況を理解していないようだ。篠原に助けを求めていた。正直ボクもこの状況がすぐに終わるのなら篠原にも助けを求めたい気分になる。
「――ッ‼」
篠原が左手を動かした瞬間、ボクは
『翔太郎君が左手を動かしたら迷わず攻撃するんだよ。右から首を狙うのがいいみたいだ』
その言葉を信じ、ボクは手元に魔力を集めて剣を作る。魔力で使った剣の良さは間合いが自由自在だと言う所。ソファーの裏なんていう動きにくく、離れた所からでも攻撃できる。
「ぎゃっ⁉」
和明さんはきっとただの善良な人だ。傷つけるのは避けながらも篠原を狙うまで。和明さんの顔スレスレに剣を振るい、篠原の喉元を狙う。
「――っ」
篠原が嫌な顔をした。それもそうだ。タイミングは篠原が攻撃をした瞬間だ。どう見ても篠原はボクを警戒していなかった。不意打ちとして刺さったその一太刀は防がれたものの篠原がしようとした一撃を止めることができた。
「アスター君。もう大丈夫だよ」
「ですがッ‼」
頭を上げた国王様がボクにそう命令した。とはいえ国王様のお言葉といえど、篠原は攻撃をしようとしていた。もう大丈夫と言われても納得できない。
「後10秒もしたら、私たちの首が落ちるとしてもかい?」
「……わかりました」
ボクは剣を消す。その隙をついて篠原が何かしないか不安になるものだが国王様のお言葉を信じ、手を出さないようにする。国王様のお言葉に間違いはないはずだから。
「翔太郎‼ おま、お、おまっ‼ 何しようとしてるんだよ‼ こわっ、怖かったぞ!? 平和的解決しに来たって言ったよなぁっ⁉」
「佐藤、うるさい。耳がイカレる」
和明さんに肩を掴まれ、揺さぶられている篠原。思っていたのと違う、その対等さに少し驚いてしまった。
「ふふ、すまなかった。少し、挑発的だったね」
「首を差し出させているように思えたよ」
「ちょっ、翔太郎ッ‼ 一回静かにしないかなぁッ⁉」
もはや涙目になっている和明さん。長官は未だに頭を下げ続けている。国王様と篠原はお互いに視線を合わせて危機が起こる寸前に思えてしまう。
「もういい」
ため息と合わせて篠原はソファーに座り直した。
「どうせ被害があの
「ああ、その通りだね。これが一番、丸く収まる方法だからね」
ボクは国王様と篠原の会話の意味が分からなかった。どう読み解いても白楽先輩が犠牲になることは決まっていたみたいだ。
「発言を、よろしいでしょうか……」
「いいかな、翔太郎君」
ボクが質問をしようとすれば、国王様が篠原に許可を求めていらっしゃる。それだけでボクとしては異質で嫌になることだけれど、今はそこに突っかかっている時じゃない。それはわかっている。篠原が好きにしろ。と言わんばかりに肩をすくめたのを見てか、国王様はボクに視線を送られた。
「国王様、先程の発言……まるで白楽の死を予見なさっていたと、感じ取れましたが――」
国王様はひとつ、『権能』と呼ばれるものを持っている。古くは三人。いまでは二人となった“王”の称号を持つことを許された者だけが持つとされる力がある。
『異能』という種族としての『特質』とは違い、個々が持つ特別な力の中でも規模感が桁外れの力。それが『権能』。
国王様の『権能』は、《過去と未来の掌握》だ。未来を見通し、過去に介入する。そんな『権能』。
未来を見通せる『権能』をもつ国王様が白楽の死を予見していない訳がない。初めは長官の独断で動いたせいで忠告が出来なかったと思っていたのだが……。
「さっきも言ったと思うけれど、白楽君の犠牲はあれど、これが一番丸く収まる未来なんだよ」
「……と、言いますと」
「私が光平君に篠原君の事を話しても今回と同じようなことは起きていたよ。その被害は今回の比じゃない。そして、神桜国の安全にも関わってくるところだった」
ぎりっ。と長官が歯を食いしばる音が聞こえてきた。
「な、なあ……翔太郎。どういう状況かだけ、教えてくれねぇか? 俺にはさっぱりなんだけど。助けて今回の主役」
「長くなるが」
「うぇ。それはやだな。小難しい話はあんまり長くされると寝ちまうなぁ」
ボクは状況把握で手一杯だっていうのに和明さんと篠原はこそこそと話しているだけ。それに気づかれたのか国王様はそちらへお向きになられ、「光平君。そろそろ頭を上げなさい。大切な説明をするから」とおっしゃった。
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