第13話
「美味し……」
思わず口にしてしまった言葉、それは僕がカレーを食べた素直な感想だった。なにより、具材が柔らかいのだ。噛む間もなく崩れて溶けていく具材。本当に出来立てと変わらない。温まったというより出来立てに戻ったみたいな感じだ。
「美味しいよね~」
「あ、はい……出来立てみたいですごく美味しいです」
「不思議だよね、できたのはちょっと前なのにレンジでチンするだけで出来立てみたいになるの」
紙の上でペンを走らせながら僕に声を掛けるゆかりさん。ちらりとそっちを見てもゆかりさんは手もとに視線を落としていて集中しているのが見るだけで分かってしまう。
きっと僕が独り言を呟いてしまったから、その集中を少し解いて僕に声を掛けてくれたのかもしれない。申し訳ないなと思いながらカレーを口に運んでいく。
「ただいま」
階段の上から聞こえてきた男性の声。それに遅れてついてきた冷気がそわりと、背中を撫でてくる。
「ん、ああ。新しい人か」
「あ、その……初めまして」
「あ、お帰り、灰さん。この子は涼君。篠原さんがよくしてやってくれだって」
カレーを食べる手を止めて階段の傍を見るとひとりの男性が立っていた。目を覆うように伸びた前髪に、しっかり整えられた後ろ髪。黒く綺麗な髪をした男性だ。
少年少女が目立っていたここに成人男性がいることに驚いてしまう。そのせいで口を上手く動かせなかった僕をフォローするように後ろのゆかりさんが僕の紹介を端的に伝えてくれる。それに合わせて、灰さんと呼ばれた男性に会釈をすると、その灰さんは会釈を返してくれる。
「
「えっと、居心地は……よかったです。部屋の整理であんまり、ここに居ませんでしたけど」
「そうか、まぁ、ここには大人が少ない。なにかあったら俺を頼るといいさ」
「あ、ありがとうございます」
僕の頷きを確認した灰継時さんは冷蔵庫の方へ向かって行った。そして、冷蔵庫の中を見て、肩を落としていた。「俺の分はねぇのか……」なんて呟きながら。
「ん、それじゃ私は部屋で作業してくるよ」
がたっ。と椅子を引く音を鳴らして、ゆかりさんが立ち上がった。人が集まってきて作業に集中できなくなったのだろうか。
「ん、わりぃ。騒がしくしすぎたか?」
「いや、ちょうど終わったところ。今から綴じなきゃいけないからさ」
「そうか、お疲れさん。ちゃんと寝なよ」
胸の内で反省していた僕をよそに、灰継時さんはゆかりさんに謝罪の意を込めた言葉をかけていた。大人との差を見せつけられた気分だ。きっとここにいる理由も、僕みたいな現実から逃げるためなんかじゃないだろう。僕はそう思った。
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