第14話

「あれれ、僕の知らない人がいるね」

 

 カレーを食べ終わって片付けをしようと思ったその時、階段から聞えてきた声と足音。まだ聞いたことのない声だった。声の主を探すために声がした方向へ視線を向ける。しかし、その先には誰も居なかった。

 

「あはは、こっちだよこっち」

 

 急に耳元で声がして、僕は驚いて体が跳ねてしまう。


「驚かせちゃったかな、初めまして。僕はダリア・アルバート、ここの住人だよ」


「あっ、僕は秋月――」


「言わなくてもいいさ、斎藤から聞いているからね。涼くん」


 自分の名前を発そうとした唇を人差し指で抑えられる。

 くすりと笑ったこの人は僕が今まで見てきた中で1番長身なのだろう、かがんでいないダリアさんを見上げ続けると首を痛めそうだ。


「まぁ、そんなに緊張しなくていいよ。僕らはこれから同じ屋根の下、一緒に暮らすことになるんだからね。おっと、ありがとう燐夜くん」


「ああ、気にしないでくれ。涼くんもブラックでも構わないか?」

 

「ぼ、僕も大丈夫ですよ」


 灰景時さんは僕の食べ終わった皿を片付けてくれて、僕らにコーヒーまで出してくれるようだ。


 灰景時さんは手際よくコーヒーを三人分用意してくれた。背景時さんはキッチンにいたまま、ダリアさんはぼくの隣で、各々コーヒーの味を味わっていた。昼頃に飲んだ氷華さんが、淹れてくれたコーヒーとは違うものなのか、少しまろやかに感じた。


「ところで、涼くん。今日は面白いものが見られると思うよ。少し刺激が強いかもしれないしれないけれどね」


「面白いものですか?」


「ああ、そうだよ。ほら、まずは主役の一人が帰ってくるよ」


 ダリアさんの指が僕の視線を誘導してきて、玄関の方を向かせてくる。そこから入ってきた長身の男性だった。篠原さんやユキさんと同じような白髪だったが、篠原さんのように赤みがかかったわけでも、ユキさんのように透き通るような白でもなく、海のような青みがかかったものだった。


「彼は月夜見つくよみ 七桜ななお。知る人ぞ知る有名人だよ。まぁ、ここにいる人のほとんどがそうだけれど」


「月夜見……さん」


「凄い名前だろう? 神の名前を語るなんて」


 こそっと耳打ちをしてきたダリアさん。確かに聞くことがなかった名字だが、それより驚いたのはその背の高さだった。ダリアさんと同じぐらいだろうか。

 月夜見さんは僕を一瞥し、庭の方へ向かっていった。静かな瞳は篠原さんのと違って感情が読み取れない鋭いものだった。

 

「涼くん。許してやってくれ、ただ彼は口下手なだけなんだよ」


「だ、大丈夫ですよ」


「さて、彼はこれから何をすると思う?」


 僕の返答によし。と言いたげな頷きを見せたダリアさんは僕に質問を投げかけてきた。その答えを考えても初めて会った人のルーティンを当てられるわけがない。

 きっとダリアさんは僕の困った顔が見たかったのだろう。実際、ダリアさんは僕の顔を見て楽しそうな笑顔を見せているのだから。


「トレーニングだよ。彼は自分の体を武器にしているから、トレーニングは欠かせないんだよ。ただ、少々ストイック過ぎると思うけれど」


「トレーニングですか」


「ああ、そうだよ。筋トレみたいなものさ。彼の場合、素振りだったり試射だったりするんだけど……ま、派手なものさ」


 その言葉を待っていたかのように破裂音が鳴り響いた。


「あれって、実銃なんですか?」


「ん? そうだと思うよ。彼のメインウェポンだからね」


 発砲音が実銃にしては静かすぎる。クラッカーと同じぐらいにしか聞こえない。少しだけ、実感がわかないけど。窓越しに月夜見さんの背中を見ていると背後から足音が聞こえてきた。

 

「こんな時間に何しているんだ? もう日は沈み切ってるぞ」

 

「ふふ、来ると思ったよ。翔太郎くん」


「こっちのセリフだ。どうせいると思っていたよ」


 振り返れば篠原さんがいた。眠たげに欠伸をしている篠原さんにダリアさんは楽しそうに話しかけていた。話の内容からして、今から何をするのかダリアさんはしっかり見抜いていて、それがいつも通りだというのだろう。


「凉、飯は食ったのか?」


「あ、はい。美味しかったです」


「ならよかった」


 灰継時さんの方に挨拶をした後に篠原さんは僕にご飯の感想を聞いてくる。素直に答えると、口だけを笑みの形に変えて僕の横を通っていった。


「まぁ、せっかくだ。見ていきな」


 庭に出た篠原さんは月夜見さんのところへ近づいていった。僕は灰継時さんが持ってきてくれた椅子に座ってダリアさんとその光景を見ることにした。


「おやすみ、先に寝させてもらうよ」


「おやすみなさい。コーヒー、美味しかったです」


 椅子を持って来てくれた灰継時さんにおやすみの挨拶をしていると、ダリアさんが肩を叩いてきた。


「始まったよ」


 そう言われて見たのが組手だった。と言ってもスポーツでいう組手とはかけ離れたものだったが。

 僕が真っ先に驚いたのはふたりの身体能力の高さだった。月夜見さんは目立つ移動していなかったが、篠原さんはその姿を捉えるのに目の動きだけでは間に合わず、首を振って追いかけなくてはいけないほど速かった。

 月夜見さんの周りを移動しているようだったけど、旋回の瞬間が見えない。

 いつの間にか月夜見さんの後ろに移動していて、蹴りをしている。篠原さんをしっかりと確認できるのは、月夜見さんが篠原さんの蹴りを防いだ瞬間ぐらいだった。


「きっと君の悩みは杞憂さ」

 

 篠原さんの周りに見える光の球は、線に変わって先ほどまで月夜見さんが居た場所を通って地面に刺さる。攻撃の為の魔法だってことは初めて見る僕でも分かった。

 遠くからなんでもできる魔法と、遠くから簡単に死を撃ち込める銃器。昔の戦争と変わって今ではどんな戦いや争いでも遠距離からの制圧。防犯グッズも近づかれる前に相手を止めるものがメインとなっている。弱い魔法ぐらいなら止められる傘があるぐらいだ。

 それなのに篠原さんと月夜見さんの組手は近距離メインだった。近距離から放たれる避けることを許さない攻撃。どれでも互いに攻撃を避け続けていた。

 たまに見る異種族格闘技もこんな感じだった。自分の身体的特徴を利用した素早い戦い。少なくとも人間には難しい芸当が目の前で繰り広げられている。


 ◆


「ふふ、少し気分転換にはなったかい?」


 一時間ほどして篠原さんと月夜見さんの組手(?)が終わり、ダリアさんが僕に聞いてきた。


「えっと、はい」


「ここはね、君が思っているより簡単にどうにかなる所じゃないさ。強い人が多いのさ、精神的にも、肉体的にもね。君が考えていることで君を疎ましく思うようになることはないさ」


 全部を見通すような眼。僕はそれに視線を合わすことができなかった。

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