第9話

 猫街さんと片づけを終えて、解散した僕はソファに座り、猫街さんの言葉を頭の中で噛みしめていた。


 警察が僕の家出ルートを割り出せないわけがない。つまり遅かれ早かれ警察はここにくるかもしれない。やっぱり、僕がここにいたら迷惑だろう。

 

 なんて悩んでいるとき、また階段の方から足音が聞こえ、誰かが帰って来たのかと階段の方を見ると制服に身を包み、少し大きなサイズのカーディガンを着た茶髪の少女と目が合った。

 

 僕は目を丸くした。その人が身に纏っているその制服に見覚えがあったからだ。いや、見覚えなんてものじゃない。だって、その制服は僕が通っていた制服と全く同じだからだ。

 極めつけは、制服には腕にラインが入っていて、その色が僕が持っているものと同じ色。同学年であることを示しているのだ。

 

 幸か不幸か、違うのは僕とは違う学科ということだ。服についているリボンの柄が違う。芸術科の人がつけるリボンの柄だから、少なくとも僕のことをよく見る人ではないということだ。


「ど、どうも」


 ペコッと頭を下げれば相手も頭を下げてくれる。

 僕は極力、視線を合わせないことを意識した。なぜなら相手の顔に見覚えがあり、顔を合わせたことが一度ある相手だったからだ。


「あの……」


 そう口を開いたのは相手の方だった。何か言いたげに声を上げたのだ。


「えっと、どうしましたか?」


「その、生徒会の人……ですよね」


 ソファ前まで来た彼女の質問に、僕は答えられず、少しの静寂が生まれる。この人、知っている人だ。絶対、互いに相手が誰なのか知っている状況なんだ。

 僕は大事にならないための答えを探すのに必死で、相手はやってしまったと思ったのかどうすればいいのかわからないといった状態で、ただただ気まずい空気だけが流れていく。


「ただいま~」

 

 僕らの間に流れる空気を入れ替えるように、開かれることが殆どなかった扉が開かれ、静寂を切り裂くように、声が聞こえてきた。

 開いた扉の先にいたのはまたもや女の子。朝比奈さんとは違う制服を身に着けていた。

 きっちりとした恰好だが、人にはあるはずのないが腰の部分から伸びていて、それは羽ばたいてはいないのに少女は、明らか宙に浮いていた。


「あれ? 新しい人?」


 何度目かわからない程にされて、少し困るようになった反応になんだか救われたような気がした。


「あ、朝比奈さん。挨拶していたところ?」


「あ、うん。そんな、ところ」


 助かったと感じていたのは彼女、朝比奈さんも同じようで、新しく入ってきた人の方へ体を向けている。ほんのちょっとだけ、僕から離れていったのはなんとも言えない気持ちになったけど。


「ここに来てるってことは何かあったんでしょ? 大変だったね」


「あ、ありがとうございます」


 やっぱり、ここに来る人達はなにかあった子だと再確認させられるが、となると気になることが出てきた。朝比奈さんも何かあってここに来たのか。ということ。

 少なくとも、学校内で行方不明者が出たというなら、どうしても噂は出てくるだろうし、そんな噂が耳に入ったこともない。

 だとするなら、学校からかなり離れたこの場所にどうしてこの人は居るのだろうか。


「あ~。ごめん、自己紹介がまだだったね。私は暁 銃華あかつき じゅうか。何度も皆に言ってると思うけど、名前教えてくれないかな?」


「秋月涼です」


「秋月君ね、これからよろしく」


 差し伸べられた手を僕は握る。少し冷たい手の平に思わず驚いて手を引いてしまう。


「あはは、驚かせちゃった? 私、吸血鬼なんだよね。だから体温が低くて」


 吸血鬼。お話でしか聞かないような生物がこんな当たり前にいるんだ。神秘的なような、恐ろしいような。


「ああ、怯えなくていいよ。私、別に血を吸ったりしてないし、誰かに危害を加えようとしてるわけじゃないからさ」


 そう言って彼女は笑って見せた。


「朝比奈さんは挨拶したの?」


「まだ、できてない」


 確かに、僕と朝比奈さんは自己紹介なんてできていないけれど、僕は出来るだけしたくなかった。名前になんだか既視感があるからだ。どこかで聞いた、というより知った名前のような気がする。


「でも、学校は同じ。だと思います」


「あれ、そうなの? 秋月くん」


 うわ。視線が痛いよ。興味を隠しきれていない瞳が僕を捉える。もう名前は言ってしまったし、うやむやに隠すことはできないだろう。諦めて僕は口を開くことにした。


「そ、そうだと。思います」


「やっぱり」


 朝比奈さんは満足したようにそう言った。疑問を解消されたからだろう。かなりすっきりしているように見えた。


「私は朝比奈 薫。表彰されたときに、名前読んでくれてたよね」


「そ、そうだよね」


「覚えていてくれたんだ」


 それはこっちのセリフ。だなんて言いたくなるけど、僕の名前はなんだかんだ先生がよく言ってるし、知られるのも無理がない気がしたし、口を閉じたけど。


「うん、凄く印象に残ってたから」


「へぇ~。知り合いだったんだね」


 暁さんは僕の隣に座りこんだ。羽は邪魔にならないようにか、暁さんのお腹辺りまで回されて小さく収まっている。

 

「知り合い、というよりも学校行事でちょっとだけというか」


「――飲み物、持ってきたよ。あと、朝比奈さん。お弁当箱、貰っていくね」


 僕らの会話を隙を縫って、氷華さんがやってきた。手に持ったトレーの上に、三人分のミルクと、幾つかのチョコレートが置かれていた。


 朝比奈さんはずっと手に持っていた鞄から、ランチバッグらしきものを取って氷華さんに渡していた。


 「えっと、私、戻りますね」


「ん~。じゃあ、私も戻ろうかな。ここに居てもすることないしね」


 朝比奈さんはお弁当を渡しに来ただけなのか、受け取ってキッチンに戻っていった氷華さんの背中を見送って言った。それに乗じてか、暁さんも戻っていくようだ。


 淹れて貰ったミルクを一気に飲んでしまった二人は幾つかチョコレートを持って、階段の方へ向かって行ってしまった。


 最後に手を振ってくれた朝比奈さん。ちょっとだけ多く持っていったの、ちゃんと見てましたからね。

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