第16話

「ただいま戻りました~」


 篠原さんに色んな魔術を見せてもらっていた最中、スカートではなくズボンを履いた菜の河さんが玄関から帰ってきた。

 運動をしてきたのだろうか、その額には前髪が汗で張り付いていて、籠った熱を逃がすように襟をぱたぱたとしていた。


「お疲れ」


「ん。ありがとうございます」


 篠原さんは菜の河さんにペットボトルを投げて渡した。さっきまで魔術を使った遊びに使ったものをだ。


「……ぬるいですね」


 満足するまで飲んだ菜の河さんはどこか不機嫌そうに呟いた。


「にしても、体力つけろって急すぎませんか?」


「最近なまってきてるだろ? それに近々、ユキの力を借りる時がくるだろうからな」


「ふぅん。ま、そういうことなあら頑張りますけれど~」


 篠原さんの言葉に乗せられたのか菜の河さんはどこか嬉しそうな表情でやる気に満ちているようだった。きっと、こうやって何度も乗せられていたのだろう。

 

「今日中にある程度、勘を取り戻しておけよ」


「今日中ですかっ!?」


「それと明日から此処に居ろよ。外出禁止」


「法外ですよ法外! 監禁ですか!?」


 にこやかな笑顔から頬を膨らませて抗議をする菜の河さん。でも、篠原さんは知らん顔。菜の河さんがどれだけ講義しても聞く気はないようだ。

 

「涼、お前もだ。しばらく外出はするな」


「ぼ、僕もですか」


「安全の確保ってやつだ。理解してくれ」


 菜の河さんの時と違って僕にはある程度の理由は話してくれる。その差に菜の河さんも気が付いたのか不機嫌さが増しているように見える。


「さて、と。他の奴にはしばらく来ねぇようにしてもらわねぇとな。ユキ、冷蔵庫に苺あるから食べていいぞ」

 

 口にしたことからして皆に連絡でもするのだろうか、篠原さんは立ち上がって僕が来るまで座っていたソファーに向かっていった。

 その際に菜の河さんに言葉を投げかけていたのだが、名前を呼ばれても聞きたくないと言わんばかりに菜の河さんは顔を背けていた。

 これが菜の河さんなりの抗議なのだろうが、苺という単語を篠原さんが発した時には目の色を変えて振り返り、冷蔵庫の方へ駆けていった。そんなに苺が好きなんだろうか。

 篠原さんが菜の河さんに適当で、無茶なことを言うのはこれが原因なのだろう。あまりにも釣られやすいのではないかとあまり関わっていない僕ですら心配になってしまう。


「あ、あの涼さん。涼さんもひとつ、食べますか?」


 自分だけ食べるのは忍びないと思ったのか、菜の河さんは僕の元に来て苺を分けてくれた。僕は感謝の一言を告げ、ヘタが切られた苺をひとつ、口の中に放り込んだ。

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